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チーズケーキを食べていたら、初老というものが、ぼんやりわかってきた

吉祥寺にある多奈加亭のチーズケーキが好きだ。

重くもなく軽くもなくしっとりと程よく甘く、
レモンの効いた味わいで、
どこにでもあるようで
なぜか懐かしく、

やはり厳密に言うと
ほかにはないチーズケーキなのである。

夏の終わりの涼しい晩に、
リビングの灯りを落として
台所の電灯はそのままで、
食べるケーキは
甘酸っぱく、しっとりと甘い。

昼間、あれほどまでに暑かった事は嘘のように、
カーテンを揺らす風が心地よい。

遠くでシンシンと鳴く秋虫が、
しんみりとした秋の晩を演出してくれる。

初老になると、
こんなふうに見える景色が変化してくる。

自分のいる場所は気づかないうちに薄暗くなり、
隣の部屋はとても明るく、
まばゆいばかりの白い空間が広がっている。


明るい世界がやがて遠のき、
距離を感じ、
やがてひとつの黒い点になった時、
人は次の世界に旅立って行くのかもしれない。

甘くて、ほのかにレモンの効いた、
懐かしい楽しかった事や、
悲しかった事、
熱く煮えたぎっていたあの頃を
噛みしめながら
少しずつまわりの喧騒が小さくなって、
秋虫の遠慮がちな声を聞きながら。

夏の終わりのチーズケーキは
ややもすると、
こんな幻想まで見せてくれる。

それほど美味しくて、
楽しみなケーキだが、

本日の分は完売でも
決してほかのケーキは買わず、
縁がなかったものとして
帰る。

また今度
と心の中でつぶやいて
いつ訪れるかわからない時に思いを馳せる。

賑やかなこと、華々しいこと、
欲しかったけど縁のなかったことを、

後追いせずに、
諦めるともなしに忘れてしまう穏やかさを
ここ数年で見つけた。


そこに少しの風と、
時々訪れる
甘くてレモンの効いたチーズケーキを
味わう時間を
わたしは愛してやまない。

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