なぜ「中居正広事件」は史上最大のマスコミ不祥事になったのか?
最近、フジテレビの窮状が話題になっている。スポンサー150社以上が撤退し、CMはACばかりだ。かなり異常な事態だと思う。フジテレビという会社の存続すら怪しくなっているのではないか。ここまで深刻なマスコミ不祥事は例がない。KY珊瑚事件、「セシウムさん」事件、TBSビデオ事件など深刻な不祥事はあったが、スポンサーが一斉撤退するという事案は聞いたことがない。
芸能界はスキャンダルが多い。文春砲はしょっちゅう炸裂しているはずだ。純粋な関心度であればベッキーの不倫事件のほうが上だったかもしれない。テレビ局によるもみ消しも日常茶飯事である。しかし、今回のスキャンダルはテレビ局のあり方をも揺るがす史上最大のスキャンダルへと広がっている。なぜ中居正広のスキャンダルはここまで拡大したのだろうか。今回はその理由について考察していきたい。
1.男女トラブルという世間の関心を集めやすい話題
世間の関心を引いたり、怒りを掻き立てるような話題というのは決まっている。男女トラブルというのはその代表格である。一方、脱税や排気ガスの規制違反などは感情的な反応が起こりにくい。やはり世間の人は芸能人の不倫問題や恋愛トラブルにとりわけ強い関心を寄せているのだ。
最近であれば「セクシー田中さん」の原作者自殺問題も深刻度が高かったかもしれない。しかし、この手の創作関係のトラブルは一般人には伝わりにくいことが多く、中居正広案件のような関心事にはならなかった。やはり権力に物を言わせる中年男性と、若い美女という取り合わせは世間に訴えかける力が強い。高橋まつりさんの事件で働き方改革が進んだように、若い美女というのはアイコンになりやすいのである。
ここに最近流行りのジェンダーの問題が加わる。そうなると海外からの目線も厳しくなってくるだろう。単なる男女トラブルのみならず、現代社会のあるべき姿から乖離した事件と見られるようになってくるのだ。
2.ミステリアスな守秘義務
今回の事件は9000万の示談金とともに守秘義務が課せられており、当事者は実際にあったことを口外することはできない。しかし、それこそがむしろ炎上を促しているかもしれない。人間は「謎」に反応するようにできているからだ。関心度の高い過去の凶悪事件を見ていても、通り魔のようにすぐに解決する事件よりも、和歌山カレー事件のように長期にわたって疑惑や裁判が繰り広げられる事件のほうが注目度は高くなる。中居正広が何をやったのか、世間は気になってしまい、いつまで経っても騒ぎが収まらなかったのである。
ここに追い打ちをかけているのが被害女性とされている人物が意味深な投稿を以前から繰り返していたことである。2023年あたりから渡邊渚アナは闘病生活を送っていることを発信しており、すでに話題になっていた。筆者はてっきり激務で体を壊したのかと思っていたが、そんなレベルの話ではなかった。点と線が繋がったような衝撃を受けた。
こうした投稿が地ならしとなって、中居事件を更に炎上させることになった。
3.ジャニーズ事件や松本人志騒動の影響
このような不祥事が一発目であれば現在のような炎上には繋がらなかったのかもしれない。しかし、マスメディアが世間から不信の目を向けられる機会は中居案件が初めてではなかった。
特に影響力が大きかったのはジャニーズ事件だろう。ジャニー喜多川氏による半世紀以上に渡る性加害事件をマスコミがひたすら隠匿し続けたのは、大きな問題だったと言わざるを得ない。同様に、大物芸能人だった松本人志が裏でやりたい放題だったというスキャンダルもあった。これにより、中居正広も同様なことをやっているに違いないという印象が振りまかれた。中居正広がジャニーズ事務所の人間であったことや、松本人志と関係があったと言われていることも影響しただろう。
中居正広はすでに高まっていたマスコミ不信の火種に最後の燃料を投下したのである。
4.トヨタの撤退
現在、日本最大の企業といえるのはトヨタである。フォーブスの世界の影響力のランキングでもトヨタの社長は上位にランクインしている。そういった日本企業の王とも言えるトヨタが撤退を決断したのは影響が大きかった。日本企業は横並び意識が強いので、次から次へと雪崩を打つように主要企業が撤退していった。
最近は大企業はどこもコンプラが厳しくなっているので、大企業の通常の感覚から著しく逸脱したフジテレビは問題となることは間違いない。というか、社員を性接待させるような大企業があったのは驚きである。それくらい人権感覚がズレていると思われても仕方がない。
5.業界内部でのハラスメントへの反感
一見見えにくいが、世間の捉え方と同じくらい業界内部での評判は重要となってくる。もし中居正広やフジテレビがいわれなき攻撃を受けていたり、何らかのやむを得ない事情を抱えていたりすれば、もっと擁護する声が上がってくるはずだ。しかし、リスクを取ってフジテレビを守ろうという声はどうにも見かけない。青木歌音のように、むしろこれを機に告発しようという者のほうが多いようである。少なくとも、ハラスメント行為自体は業界の体質として長年蔓延していたのだろう。そして関係者の中にはそうした悪弊に不満を抱えていた人がいたに違いない。
大規模な炎上騒ぎはその事件単独で起きるというよりも、長年くすぶっていた不満に火が付くという形のほうが多い。逆に言えばスキャンダルがあったとしても、周辺の人間が擁護に回る場合は命拾いすることも多い。失言を繰り返していても未だに影響力を保つ森喜朗は典型例である。世間には一切伝わらないが、インナーサークルでは人望があるらしいのだ。
6.危機管理の失敗
この問題に対する中居正広やフジテレビの対応は適切とは言い難く、これが炎上の直接の要因と言われている。危機管理の失敗で窮地に陥った企業は多く、フジテレビもその一つとなった。フジテレビが問題の存在を全く認めなかったことがまずかったとされる。
ただ、筆者は危機管理の失敗は要因としては小さいと考えている。おそらく、問題の深刻度を考えると、社長が速やかに情報を開示したところで大問題になることは避けられなかっただろう。事件の原因が中居正広や当該プロデューサーの暴走にあるのではなく、業界の体質にあることが世間に知れ渡っているため、トカゲの尻尾切りで当事者を処分しても騒動を収めるのは難しいのではないか。
ちなみに中居本人の「芸能活動に支障はない」という宣言も失敗とされるが、個人的には中居の行動が極めて非道徳な印象を持たれている以上、どのみちバッシングは不可避だったのではないかと思う。
7.テレビ局の衰退
結局、これが一番大きいかもしれない。ネットメディアにテレビ局は押されており、明確な衰退状態だ。これまで許されていた業界の膿も次々と明かされており、斜陽産業という雰囲気がある。
以前はテレビ局と言えば高給取りの代表格だった。これはテレビ局の生産性が高いからではない。チャンネルの枠が限られているため、寡占状態になっているからだ。テレビ局の利権は油田や不動産と何ら変わらないのである。こうした独占構造が商業主義と繋がると必ずそこには腐敗が生まれる。テレビ局がコネ採用ばかりなのも、その一例である。
しかし、現在はテレビ局はネットに押されて以前のような輝きはなくなってしまった。局によっては収益の多くが不動産であるということもある。もはや地主が片手間で放送をやっている状態である。
またテレビ局の中でもフジテレビが特に衰退状況にあったことも重要である。2000年代のフジテレビは民放の中では頭一つ抜けていた状態だったが、現在はそのような地位にはない。衰退状況の組織というのは一見関係無さそうなトラブルが頻発しがちである。東京女子医大などを見てもわかる。
テレビ局という業界は明確な衰退状態にあり、国民からの信望もなくなっている。中居正広はそのような状況で事件を起こしたため、普通以上に騒ぎが拡大したと言えるだろう。
8.社会の不安定化
ややスケールの大きい話になるが、2020年代に入ってから世界全体が不安定化しているという要因もあるかもしれない。パンデミックが明けたと思えば、ウクライナ戦争やインフレなど、世界全体がここのところ物騒な印象を受ける。アメリカでトランプ大統領が再選されたことも一つの例だ。日本でもトランプ旋風に影響されてか、反権威的な動きがインターネットを中心に盛り上がりつつある。ガーシーや山上徹也は英雄視されていることもある。こうした潮流は中居正広の炎上に影響を与えているだろう。
許されたTBS、許されないフジテレビ
中居事件に匹敵するマスコミ不祥事はあるだろうか。おそらく平成最大のマスコミ不祥事は1996年のTBSビデオ事件で間違いないだろう。
TBSビデオ事件というのはTBSが1989年にオウム真理教幹部の早川紀代秀に情報を漏洩した結果、坂本弁護士一家殺害事件が発生したという事案である。TBSはこの事件をもみ消していたが、1996年に一連のオウム裁判で明るみに出たため、大問題になった。人が三人死んでいるという点では中居事件よりも遥かに深刻度は高かっただろう。TBSは全社を上げて謝罪し、ワイドショーを長年自粛していた。
しかし、フジテレビへの批判はTBSビデオ事件の時よりも深刻である。両者の違いを考えてみると、中居事件はそれ自体が問題というよりも、より大きな業界の体質への批判の呼び水になったということが特徴だろう。
ちょっと大げさかもしれないが、筆者が構造的に類似していると感じるのはアラブの春である。2010年12月にチュニジアの路上でブアジジという青年が焼身自殺した。これがきっかけでアラブ世界に蔓延していた不満が一気に火を吹き、最終的にチュニジア・エジプト・リビア・イエメン・シリアの政権が崩壊し、100万人以上が死亡する大戦争へと発展した。現在もシリアやイエメンでは不安定な情勢が続いていて、余波は収まっていない。
ブアジジ青年は特に政治に影響力を与える立場ではなく、ただの庶民だった。しかし、それはすでに存在していた不満が炎上するきっかけとなった(焼身自殺に引っ掛けているわけではない)。中居正広は確かに悪質な事件を起こしたかもしれないが、それだけでフジテレビが叩かれている訳では無い。やはり長年にわたって積もりに積もった不満や、業界自体の衰退が大きく影響していると考えるのが妥当であろう。
一度批判が許容されるようになると、燎原の火の如く批判は広まっていった。権力者は実は自分が好かれていなかったことに気づき、支持者から見放されることになった。過冷却の水が凍結するように、あるいは高温の水が突沸するように、ちょっとしたきっかけで一気に状況が変化していったのだ。不満を権力で無理やり抑え込んでも、いつか噴出する時が来る。そうなった時に状況は一気にひっくり返っていくのである。
まとめ
今回は中居事件がフジテレビに何故ここまでの打撃を与えたのかという点について論じた。
ただし、筆者はオールドメディアを全否定する意見には賛同していない。それはSNSの匿名の投稿は取材能力と責任感が欠けているからでもある。今回の事案で決定打となったのはオールドメディアの一つである週刊文春だった。半世紀前に田中角栄を引きずり下ろしたメディアが、フジテレビも失墜させることになった。
なお、以前筆者はルックスエリートの存在に懐疑的という記事を書いたが、今回の案件も関連していると思う。テレビに出たい美女というのは大勢おり、局の有力者のほうが力関係は強い。ルックスだけで成り上がろうとしても、性上納で供物にされるだけではないかと思う。ルックスエリートというとやはり筆者には厳しい世界を勝ち上がってきた銀座のキャバ嬢が思い浮かぶのだ。
いずれにしても、今回の大騒動は業界関係者や国民が内心では薄っすらと感じていたテレビ局に対する不信感が一気に解放されたことで発生したといえる。これが原因でテレビ局全体のあり方が問われることになれば、まさに「きっかけは〜フジテレビ」と言えるだろう。