何故中学受験は難しいのか
以前の記事で高校受験のレベルは非常に低く、中学受験とは雲泥の差であるということを述べた。中学受験組の多くは大学受験がぬるく感じるに対して、高校受験組は大学受験のレベルの高さに打ちのめされることが多い。中学受験で偏差値50くらいの学校が高校受験では偏差値70だったりする。それほど大きなレベル差があるということである。この感覚は理系と文系の差に近いかもしれない。
この理由は何か。一つは地頭の良い人間は中学受験で抜けてしまうからだろう。確かに教育熱心な家庭は公立中に子供を通わせるのを良しとせず、中学受験で中高一貫校に通わせる傾向がある。この流れは以前よりも加速している。最近の風潮では戦前の旧制中学と高等小学校の違いに近いところがある。
しかし、見方を変えると高校受験の上位層のレベルが必ずしも低いとは言えない。どこかで見た記事によると、首都圏出身の東大生のうち、中学受験組の割合は70%程度と推算されていた。実際は実績の大半を中学受験組が稼いでいる学校も存在するだろうから、中学受験組の割合はもう少し高く、75%くらいかもしれない。これは開成高校の定員比率と同じである。基本的にこれらの難関校は高校募集の人数がかなり低いため、必ずしも簡単とは言えないのだ。中学組と高校組の進学実績をそこまで変わらないのは、募集が首都圏の学力上位層の人数比をきちんと反映した数値となっているからである。したがって地頭の良い人間が全て中学受験で抜けてしまっているから高校受験のレベルが低いというのは、必ずしも真実とは限らない。
それにもかかわらず、中学受験と高校受験の難易度格差が開いている理由はなにか。それは中学受験が競争が激しい状態で均衡しているからである。これはある種の囚人のジレンマとも言える。中学受験はライバルが頑張るので自分も頑張らないといけない。高校受験はライバルが遊んでいるので、自分も遊んでいても問題ない。こうした背景だろうと思われる。実は「大変さ」と選抜度(上位1%など)は別の概念なのだ。中学受験で上位にいた生徒があっさり高校受験組に追いつかれてしまうのも、競争の激しさが必ずしもポテンシャルの高さを意味しないからである。
それでは中学受験は何故競争が激しい状態で均衡しているのだろうか。
第一の理由は中学受験が親の受験だからである。高校受験は反抗期と重なることもあって、ある程度自分の意志が尊重される。要するに、高校受験生は大して勉強しない。一方、中学受験は競争の激しさを牽引しているのが親なので、通常の小学生にはあり得ないレベルで競争が激しくなってしまう。佐藤ママも言っていたように、中学受験のほうが自我が発達していないので、猛勉強をさせやすいとのことである。確かに中学受験は地頭勝負と言われるが、その背景には異常なまでの加熱状態があるのだ。筆者は高校受験で超進学校に合格しているが、中学受験にありがちな教育虐待めいた話は少ない。
第二の理由として、どうしてもその学校に入りたい人間は中学受験に参戦するからというものがある。関西には灘至上主義の親が存在するらしいが、そのような家庭は確実に中学受験で灘を受けるだろう。中学受験が盛んな住宅街では周囲からの見栄もある。一方、高校受験でこれらの学校に入った人間は、リベンジ組を除けばあまり学校にこだわりが無さそうである。筑駒や開成に受かった人間があっさり日比谷に進学したりする。中学受験組からすると考えられない話である。
第三の理由として、この時期の激しい受験勉強が悪影響だからというものがある。中学受験と違い、高校受験の場合は大学受験まで三年しかない。ここで競争が激しすぎると、燃え尽きるリスクが出てくる。高校受験と平行して先取り学習を勧めたい人間もいるだろう。高校受験とおそらく小学校受験は激しい競争が構造的に不安定になっていて、自然と抑制された状態で均衡するのだろう。性質としては編入試験に近いのではないかと思う。
大学受験も高校受験よりも競争が激しい。しかし、その理由は中学受験とは異なる。大学受験の「大変さ」の原因は浪人の存在だ。浪人生が溜まっていくことによって受験生の選抜度や素養は変わらないのに、合格までの大変さは上がる。浪人も含めた大学受験の実績を見ていると、高校受験よりもむしろ緩いのではないかと感じることがある。同級生を見ていても、早慶付属高校の合格ラインよりも低い層が早慶や国立医学部に進学していた。
東大ランクになってくると、中高一貫校の存在が影響してくる。彼らは一浪のようなものなので、大学受験の最上位のレベルを大きく押し上げている。このあたりの事情は1960年代から変わっていない。三年制の日比谷高校は一浪が多く、中高一貫の灘は現役が多かったのだ。東大の現役率が上昇したのは中高一貫校の増加が大きく、地方公立は未だに浪人主体である。
高校受験組であっても東大に合格することは可能だが、なかなか手が出ないのは東大理三や京大医学部である。これらの学校は一浪換算でも足りず、二浪換算でないと受かりにくい。東大理三を独占して排出している鉄緑会は2年先倒しのカリキュラムを敷いている。ただし、必ずしも灘や筑駒に入る必要はなく、無名の中高一貫校からも結構合格者が出ている。理三に入りたければ高校受験で灘に入るより、どこでもいいから中高一貫校に入って鉄緑会に通うべきである。
脱線してしまったが、とにかく中学受験は競争が激しい。中学受験経験者は高校受験で一気に10近く偏差値が上がるイメージである。中学受験で中堅校だった人間が、高校受験で開成や筑駒に合格することも珍しくない。ただし、模試の成績の割には本番失敗するタイプが多かった。逆に底堅かったのは中学受験未経験の帰国子女と国立附属中の出身者で、進学実績はかなり良かったと思う。東大理三にもチラホラ受かっている。
中学受験組の特徴は競争社会への耐性だろう。周囲を見ていても、中学受験で上位校に進学した人間は負けず嫌いで、競争社会での勝ち方を知っていることが多い。彼らは東大に入ってからも優秀層として君臨していく。学者になったり、外資コンサルに行っているのもこの層である。その点で高校受験組はどこかのんびりしていて、おとなしいタイプが多い。
また、中学受験組は突き抜けた才能を開花させる人間が多い。こうした振れ幅の大きさも中学受験組の強さである。尖った才能という点では高校受験組は一段劣る印象である。浪人して爆発的に成績を伸ばしたタイプは中学受験組のほうが多いような気がする。