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なぜトランプは勝ち、カマラハリスは負けたのか?(長文)

 筆者も注目していたアメリカ大統領選挙だが、最近いそがしく、十分に記事を書くことができなかった。ちょっと遅くなってしまったが、今回の大統領選挙やその背景にある事情、さらにハリス敗北の原因について考察を書いてみたいと思う。

 筆者は以前も何度か2024年の選挙については記事を書いている。

 今回のアメリカ大統領選挙は過去数十年でおそらく最も議論が巻き起こった選挙であり、今後もその余波は続くだろう。嵐はまだ始まったばかりである。そして、そういった騒動の背景にはアメリカ合衆国の抱える根深い社会病理があるのだ。

二大政党制の変容

 政治学にはディヴェルジェの法則というものがある。一人が選出される選挙区では必ず二人の候補者で選挙が争われるというものだ。これは二大政党制が効率的と言われる理由にもなっている。第一党・第二党・第三党があった時に、第一党の政策に反対する人は票割れする第三党に投票するよりも第二党に投票した方が効果があるし、第一党を指示する人は第一党に投票するだろうから、第三党に有権者が投票する合理的理由はなくなっていくのである。二大政党制の場合、どちらかが右に寄り過ぎたら左に修正され、左により過ぎたら右に修正され、とうまく中道で均衡するようになっている。さしずめ長い棒を両手の上に乗せて、真ん中に手を近づけると重心に行き着く物理で有名なアレに近いだろう。

 アメリカの政党制において最も重要なファクターは特定の政党や政策ではなく、「2」という数字である。イデオロギーや民族構成が変わっても、二大政党制が存在し、どちらかが社会の片側の利害を反映するという構図は変わっっていない。しかし、その内容は決定的に変わっているのである。

 現在では想像もつかないかもしれないが、19世紀において民主党は南部の奴隷所有者の政党で、共和党は北部のリベラル政党だった。現在とは地理的分布が全く逆だったのだ。南北戦争でリンカーン率いる北部が勝利した結果、民主党は冬の時代を迎え、劣勢の時代が長い間続いた。これが第二次世界大戦以前の状況である。一応は民主党が勝利した回もあったのだが、どちらかと言うと共和党に対する批判票という側面が強く、軸足は不安定だった。

 ここに世界恐慌が襲ってきたことで自体は一変する。共和党のフーバーは全く社会不安を解消できず、強い批判にさらされた。共和党の政権ではダメと国民が確信した結果、民主党のルーズベルトが当選することになった。ルーズベルトはニューディール政策を中心とする社会主義的政策でアメリカを安定させようとしたが、効果は部分的に留まった。最終的に不況を解決したのは戦争だった。ルーズベルトは戦時大統領として異例の4期を務め、1944年の選挙では圧勝した。

 対する共和党は再び政策転換を図る。アイゼンハワーは共和党選出の大統領だったが、この人物は純粋な軍人で、政治的な二項対立には疎く、人気投票という点が強かった。共和党の政策転換が露骨になるのは1960年代である。ニューディール政策によってルーズベルトの民主党が黒人の心をつかんだため、共和党は南部の白人(まだ黒人嫌いが多かった)にアプローチした。この時期に共和党は南部に地盤を固め、19世紀とは逆に南部の政党となった。こんな例は珍しい。アメリカ政治において重要なのは二大政党制で、政党の綱領や対立の内容は副次的な要素なのである。この時期に裕福な大企業や保守層を基盤とする共和党と、貧困層やマイノリティを基盤とする民主党という構図が完成した。

 この構図が再び変化しつつあるのではないかという指摘がある。民主党はいつの間にかエリート政党になった。民主党が強いカリフォルニアやニュヨークは全て裕福な州である。そこまで豊かでない庶民層、特に白人労働者階級はエリートに対する反感を共和党、というよりトランプに託すようになった。共和党と民主党の対立軸はちょうど変化を迎えていて、そこに運良く現れたのがトランプだったのである。

 実はこのような変容はアメリカだけの現象ではなく、ポスト冷戦期にいくつかの地域で見られた現象だ。特に社会主義勢力が衰退した東欧や中東に露骨だった。例えばトルコでは、2000年頃から二大政党制が貧しい保守的な庶民層を基盤とするイスラム主義の公正発展党と、イスタンブールの世俗主義エリートを基盤とするケマリズムの共和人民党によって構成されている。それまで二大政党制のもう片方だった民主党系の勢力は共和人民党の勢力に吸収されてしまった。調べてもらえば分かるが、ポーランドとかハンガリーと言った国でも同様の二大勢力が存在している。東欧の極右勢力や中東のジハード主義者は右派ポピュリズムの過激な形態と考えれば納得がいく。

 アメリカ合衆国の政党制は18世紀の終わりにジェファーソンによって構築された。それから80年後にリンカーンが国家を再統一し、共和党の優位が続いた。それから80年後に民主党のルーズベルトが経済左派政策を推進し、新たな二大政党制を定着させた。それから80年が経過した2020年代、アメリカ合衆国では新たな時代が始まっている。その火付け役となったのはトランプである。ジェファーソン時代、リンカーン時代、ルーズベルト時代に次ぐ、第4の時代が始まっているのだろう。

アメリカ社会の抱える不安定

 それにしても、この対立を引き起こしているのは一体全体どのような要因なのだろうか。筆者は政治というものをかなりメタ的に見ており、政治的なイデオロギーの背景にはその思想が受け入れられる心理的・社会的な背景が存在しているのではないかと常に考えている。

 世界の政治的な争いはその背景には腐敗問題や失業問題といった現状への不満があることが多い。現状に不満を持つ勢力は、現政権の良くない点を見つけ出し、それを破壊すれば良い時代が訪れると考える。そして、その思想の内容はしばしば変わる。幕末の尊王攘夷派はいつの間にか近代化論者へと姿を替えた。彼らにとって重要だったのは「江戸幕府がダメだ」という一点であり、攘夷やら欧化やらは手段だったのである。

 アメリカ合衆国が問題を抱えているということは、株式市場や経済統計を見ても明らかにはならない。むしろ、アメリカの経済は絶好調だ。特に2020年代になってからは一人勝ちの様相を強めている。アメリカの一人当たりGDPは8万ドルを超え、日本の2倍以上となっている。他の主要先進国と比べても圧倒的に高い数値である。ここまでアメリカ経済が一人勝ちの様相を呈すのは1950年代以来ではないだろうか。

 しかし、その背景には闇もあった。主要先進国のうち、一人当たりGDPに注目すると日本が最低であり、アメリカが最高である。しかし、別の指標に注目すると見え方は変わってくる。アメリカの格差は非常に大きく、下半分の市民の生活水準は日本より低い可能性が高い。ただし、それを客観的に示すのは思いの外に大変だ。格差を定量的に計測するのはかなり難しいのである。指標が複雑になればなるほど、政治勢力が自分の主張を強化する題材も無限に作成できるのだ。

 もっと客観的な指標を見つけるとすれば、人間の生き死にに関わる指標を使えば良い。アメリカの乳児死亡率・平均寿命・殺人事件発生率は主要先進国の中では最悪で、上位の中所得国に近い。特に殺人事件発生率に至ってはフィリピンよりも上になってしまった。これらの指標はいずれも社会の下半分にフォーカスした指標である。ちなみに日本はこれらの数値が主要先進国の中でも最高だ。実は日本とアメリカは先進国の中では対照的な社会だったのである。経済は停滞しているが、社会基盤は底堅い日本と、経済は浮揚しているが、莫大な貧困層を抱えるアメリカという対比である。アメリカの富裕層は世界一豊かだが、日本の貧困層もまた世界一豊かなのである。

 アメリカ経済の示す特徴は、先進国というよりも、一部の発展途上国、特に産油国に近い。実のところ、アメリカ経済が二重経済になっているのではないかという指摘も存在する。二重経済とは外国から収益が還流するような生産性の高い産業と、伝統的で生産性の低い産業が一つの国の中に共存している状態である。こうした状況が一番露骨なのは産油国だ。油田は莫大な富を外国から呼び寄せるが、それらは地元住民の雇用や教育とは全く関係がなく、彼らは彼らで伝統的な生産性の低い産業に従事し続ける。石油収入が国家の経済成長に寄与しないのも、これらの産業が草の根的な経済成長に影響を与えないからなのだ。タックスヘイブンもまた同様の傾向がある。

 石油と対照的なのが自動車産業である。自動車産業は多方面に渡るネットワークと大量の労働者を必要とする。トヨタ一社で数百万人の雇用を生み出すと言われる。「古き良きアメリカ」を支えていたのも、こうした産業だった。しかし、GMとデトロイトの衰退に象徴されるように、現在この部門は低迷している。代わってアメリカの主要産業となったGAFAは労働者をさほど必要としない。IT産業は大規模な雇用を作り出さないため、経済成長の土台としては弱いのだ。GAFAは確かにアメリカ合衆国のイノベーションの産物なのだが、性質としては油田に近いのではないかとも思う。同様に、アメリカ合衆国が他の先進国よりも頭一つ豊かな理由は基軸通貨ドルの力によって世界中から資金が還流することだが、これも性質としてはタックスヘイブンに近いだろう。

 アメリカ経済は産油国ほど極端ではなくても、ちょっとした二重経済となりつつある。日本ではしばしば「GAFAで年収一億円」といった話が語られるが、その背景には多数の貧しい労働者階級の苦難が控えているのだ。カリフォルニアはその他の地域で治安が崩壊していて非常に住みにくくなっているという話は日本にも伝わっているだろう。アメリカの景気は浮揚しているが、それが下半分には全く波及しておらず、むしろ物価高の直撃を受けている。これがアメリカ人の抱える現状への不満である。

労働者階級の気持ちが分からないリベラルエリート

 こうした社会問題が存在する一方、民主党は彼らの苦労とは異なった方向で政策を推進しようとしているようだ。彼らの思考回路は前世紀のマルクス主義者に近いところがあり、抱えている弱みも近いところがある。

 従来の共和党と民主党の対立においては経済的な左右軸が取り沙汰されていたが、この軸は最近はどうにも地味になっているようである。オバマケアは完全には実現しないまでも、ある程度の成功を治めているという事情があるようである。トランプも社会保障の削減については否定していたし、彼の訴える保護貿易は経済左派そのものである。理由は色々考えられるが、とにかく経済的な左右はそれほど争点にならなかった。これは貧困層=民主党、富裕層=共和党という構図が崩れている原因でもあり、結果でもあるだろう。

 民主党内では以前は完全なおかしなやつという扱いだったサンダースがかなり復権しているようだ。しかし、アメリカ国家の伝統を考えると、サンダースが主流になることはないだろう。今後のアメリカでは共和党と民主党で経済政策の距離が少なくなり、経済的左右軸はマイナーになっていく可能性がある。

 アメリカ合衆国という国がどうしてここまで自由主義的・経済右派的なのか?という点は幾度となく議論されてきた。アメリカの世論は連邦政府による介入を嫌い、基本的に政府に不審を向けているようだ。例えば銃規制反対が良い例である。これほどまでに問題がありながら、未だに銃器が野放しになっているのは、連邦政府の「刀狩り」に対する不信があるだろう。とはいえ、第二次世界大戦がきっかけで連邦政府の権限は飛躍的に強化されたし、現在も連邦政府は肥大化している。そしてその肥大化した連邦政府はアメリカ社会の問題を解決できていない。であれば、連邦政府とそれを牛耳るエリートは無能か邪悪である。こうした思いが白人労働者階級を共和党支持に駆り立てている。弱者の味方だった民主党はどこに行ったのだろうか。

 民主党はルーズベルト以降の体制では貧困層のための党であり、マイノリティのための党である。いわば弱者保護を座右の銘としてきた左派政党だ。このような左派エリートの脳内には「3つの確信」が存在している。それは自分たちが弱者と共にあるという確信、弱者は利益拡大のために自分たちを支持するだろうという確信、そして弱者は人数が多いので多数決になれば自分たちが勝つだろうという確信だ。これらは絶対的な真理ではないのだが、彼らはこれらの確信を疑うことはなく、なぜ自分たちが思うように支持されないのか頭を悩ませているようである。

 経済的左右軸の減衰に伴い、弱者の味方であると自負する民主党が新たな対立軸として見出したのは、いわゆるポリコレである。彼らに言わせれば、黒人は人種差別の被害者であり、彼らにアファーマティブ・アクションを与えることによって社会的な不正義を是正するとのことである。ここに女性やLGBTの問題が加わり、アメリカ社会はポリコレ一色となった。

 これらの構図はかつてのマルクス主義者との共通点が多く、ポリコレが反感を買う理由もここにあるのだろう。マルクス主義者は先程述べた3つの確信を強烈に抱いていた。彼らの持っていた確信は、共産党が労働者階級の利益を代表し、労働者階級は「正しい」情報さえ与えられれば共産党を支持するはずであり、数で圧倒的な労働者階級は支配階級を打ち倒すだろう、というものである。これらの確信は多分に欺瞞を含んでいた。共産主義者は労働者の味方だと主張していたが、その正体は社会の主流派になれなかったインテリであり、立場の弱い労働者階級を味方につければ自分たちの権力が強化されるはずだという打算があった。一方の労働者階級は共産党に自分たちの代表を頼んだ覚えはないし、勝手に代表するなという話になる。そして、共産党の階級闘争的な世界観は国民を分断するため、選挙で勝つことができない。ムッソリーニが共産主義を批判したのもこの点だった。ムッソリーニは国民を階級で分断して争わせるのではなく、国民は1つに結束するべきだと説いた。そして事実としてファシズムは共産主義を打ち破って選挙に勝利したのである。

 現在ではポリコレが同様の性質を持っている。カマラ・ハリスの主張は属性の話がやたらと多い。女性は民主党に投票するべきだとか、黒人は被害者だからもっと優遇すべきだという感じのノリが延々と続いている。ハリスに限らず。現在の民主党支持者の言説を見ていると、経済格差の問題にやたらと人種やジェンダーの話題が挿入される。「そこ関係あるか?」と突っ込みたくなるくらいに頻繁だ。

 この手の思想の問題点は、本質的に国民を分断することである。同じ貧困層でも白人と黒人は扱いが違うことになるが、その理由は白人が加害者側の民族であるというものだ。これでは人種融和は広がらない。民主党のリベラルは国民を人種や性別によって分断し、それぞれにアイデンティティ・ポリティクスを押し付け、その結果として自分たちの影響力が拡大すると思っている。マルクス主義者と全く同じである。民主党のエリートの主張によれば、ヒスパニックは白人に排斥されるマイノリティなので、リベラル政党の味方になるべきらしい。ヒスパニックはかつてのイタリア移民がそうだったように、「白人」に順調に同化吸収されていっていると思われるが、そういった動きはリベラルにとっては不都合である。ポリコレ問題で常に取り上げられるのは白人男性貧困層のような「特権が与えられない属性」の不遇さだが、どの属性が優遇されるかは本質的な問題ではなく、国民が細分化され、無制限の弱者認定競争が行われることが問題なのである。

 この点、トランプは「〇〇属性だから自分に投票すべき」といった主張はしない。あくまでMAKE AMERICA GREAT AGAIN、である。どちらが国民の一体感を高めるだろうか。トランプの政治運動が国民を分断していったのは事実だが、それはあくまで結果論であり、トランプ支持者のナラティブに本質的に分断があるわけではない。不満を抱えた白人労働者階級がトランプ支持に傾くのは当然だった。そして、白人労働者階級以外の支持者が排除されているわけでもないのである。

 一応弁護しておくと、リベラルは白人労働者階級を敵視していたわけではないだろう。単純に彼らは白人労働者階級が不満を抱えていることに気が付かなかった。彼らのフレームワークでは白人労働者階級の気持ちに寄り添うことは不可能だろう。仮に試みたとしても、新たな属性が生み出され、無限に国民を細分化していくだけである。

トランプとハリス

 今まではアメリカ社会が抱えていた、根深い社会的分断について考えた。ここでトランプとハリスの具体的な振る舞いを見てみよう。

 2016年の大統領選挙にトランプが登場した時、人々は驚いた。あまりにもトランプの振る舞いが既成の政治家からかけ離れていたからだ。ふざけているのだろうか?と思った人も多いだろう。しかし、フタを開けるとトランプは勝利し、トランプ支持者はますます増えている。先述のように白人労働者階級は既成の政治家では自分たちのニーズが無視されるだろうと感じていた。彼らの支持を勝ち取れたのは既成の政治家以外のマージナルな存在だった。その存在がトランプだったのは歴史的な偶然だろう。少なくともトランプがこのことを計算していたとは思えない。

 トランプの登場した当初はしばしばヒトラーに例えられた。確かにドイツ国民がヒトラーを待望した背景には既成政治家への失望があり、トランプと良くにていた。しかし、ヒトラーとトランプは人間的にも思想的にもかなりのギャップがあり、ナチス・ドイツへの批判を持ってトランプを解釈するのはあまりにも論点がずれすぎている。2016年の選挙でアメリカ人がトランプに期待したものは、2019年の選挙でウクライナ人がゼレンスキーに期待したものと同じだった。既成政治家への不信感がある時、時に政治経験が「ない」ことを売りにする人物が支持を勝ち得ることがある。トランプの「リーダーにふさわしくない」言動や行動はむしろ政治に失望していた民衆にとっては希望となったのである。

 一方のハリスはどうだろうか。ハリスは政治経験が長いとはいえず、2017年の政治家になったばかりだった。この点はトランプと同じだが、ハリスはポリコレ旋風によって引き上げられた人間であるため、トランプのようなカリスマ性を持ち合わせておらず、単なる経験不足の新米政治家に過ぎなかった。

 特に驚くことではないが、ハリスはありがちな民主党エリートである。ハリスはジャマイカ人経済学者とインド人医学研究者との間に生まれ、前職は検察官だった。インド系アメリカ人は貧困層どころか、アメリカ社会で最も社会的成功度の高い一群である。ハリスは黒人移民の子供でもあるが、大方のイメージとは裏腹に、黒人移民はさほど問題を抱えていない。以前の記事でも書いたが、アメリカの黒人問題とは本質的に奴隷問題であり、黒人移民は肌の黒い(とアメリカ人が勝手に判断した)移民にすぎない。ハリスは人種差別と戦ったキング牧師の子孫というよりも、むしろカトリック移民から成功したJFKのほうが共通点が多いはずだ。

 というわけで、ハリスは人種差別の被害者として差別主義者と戦ってきた訳では無い。単なる経験不足のエリートだ。そして、ハリスやその他の民主党エリートの掲げるナラティブがマイノリティにとって必ずしも人気というわけではない。そもそも属性によって投票することのほうが人種分断とも言えるのではないか。これではやり方が腐敗選挙区と変わらない。ハリスの演説は属性の話とトランプの批判ばかりであり、彼女自身がどのような価値をアメリカにもたらせるのか、今ひとつ釈然としなかった。それが最大の弱みであろう。

 ハリスの敗北は「ポリコレ枠は勝てない」という一般原則を表している。日本で人気の女性政治家である小池百合子や高市早苗はポリコレで出世した訳では無いし、属性を押し出しているわけでもない。ポリコレ枠で台頭した人間は、本来の力で勝ってきたわけではないので、いざ自分がトップに立とうとすると実力不足を痛感することになる。アファーマティブ・アクションで実際に力を手にするのは彼らを引き立てたリーダー自身である。基盤が脆弱なポリコレ議員はリーダーの権力に依存するからだ。だからこそ、古今東西の権力を握りたい野心家は、弱者の庇護者として振る舞いたがるのである。

バイデンの弱さ

 アメリカ大統領選挙では対外政策はあまり重要度が高くないとも言われる。しかし、昨今の紛糾を見ていると、やはり対外政策の話を無視することはできないだろう。

 バイデンが政権の座に就いてから、バイデンは三度対外政策で弱みを見せている。2021年8月15日、タリバンの攻勢により首都カブールが陥落し、アメリカは20年間続いたアフガニスタンでの戦争で敗北した。カブールから逃げ出すアメリカ軍の姿は1975年のサイゴンを彷彿とさせるものだった。これはバイデンの弱さを示す最初の兆候だった。

 続いて起きたのは2022年2月24日のウクライナ侵攻である。アメリカはこの侵攻を察知していたが、事前に止めることはできなかった。プーチンの目論見が失敗したのはアメリカの働きが原因ではなかった。ウクライナの政権が崩壊せず、国民が奮闘したのが誤算だった。戦争勃発から3年が経過しようとしているが、バイデンはロシアに罰を与えることもできなければ、戦争を終わらせることもできていない。

 この2つの戦争はバイデンだけの責任で起きたわけではなく、1つ1つを見れば仕方のない点も多いだろう。しかし、合わせるとどことなくバイデンの弱さを示すようにも思えた。そして決定打となったのは2023年10月7日に勃発したガザ戦争である。一連の顛末から、バイデンはイスラエルの右派政権をコントロールすることができないことが明るみになった。ネタニヤフは完全にバイデンの足元を見ており、アメリカの助言や勧告を全て無視している。バイデンはイスラエルの行動に表面上は苦言を呈しながら、渋々支持を与えることしかできなかった。

 アメリカがイスラエルを支持するのはユダヤロビーの陰謀ではなく、地政学的な必然性からである。このような国家間の同盟関係は長期の友好関係や地理的な必然性に基づくものが多く、時の政権の意向でそう簡単に変えられるものではない。民主党だろうが、共和党だろうが、イスラエルとの同盟関係を急に断ち切ることはあり得ないだろう。鳩山政権が普天間基地を廃止できなかったのと同じである。民主党支持者は左派的な考え方をする人間が多く、パレスチナ支持の積極的な活動を行うものもいる。しかし、バイデンとハリスはイスラエルへの支持を欠かすことは無かった。1つはそちらのほうが選挙戦略上も重要だからである。なにしろパレスチナ支持者がトランプに投票することはないのだから、イスラエルに融和的な態度を取ったほうがトランプの票田を崩せるだろう。

 イスラエルへの同盟を堅持しながら、民主党内のパレスチナ支持者に気兼ねするというバイデンの優柔不断な態度は、ますますバイデンの弱さを印象付けた。お陰で政治スタンスよりも影響力の低さのほうが目立ってしまった。ウクライナやイスラエルの問題をどうにかしたいと思っている人間から見ると、何もできないバイデンよりも、行動が予測不能でも行動力のあるトランプのほうが期待できると映るかもしれない。事実、アラブ系の中にもトランプに期待する人間は多かったという報道がある。

 ハリスの不人気の原因の1つはハリスがバイデン政権の延長線上と認識されたことだろう。ここに彼女自身の経験不足が重なったことで、国民を惹きつけるようなリーダーシップが発揮できなかった。かなり個人的な憶測になってしまうが、7月のバイデンの大統領選の撤退は失敗だったと思う。民主党政権が自ら混乱と弱みを認めたも同然だったからだ。ハリスの準備期間はあまりにも短かった。仮に準備期間が十分だったとしても、勝てたかは分からない。バイデンの売りは「トランプではない」普通の政治家であることであり、彼がいくら高齢であってもこの性質は変わらないはずだった。別に82歳が出馬したって良いではないか。米議会襲撃事件を受けてもトランプは厚顔無恥だった。バイデンも強気に出ていれば、もう少し善戦していた可能性もある。

 この点、トランプは遥かに強さを見せつけていた。4年間にわたって精力的に全国を飛び回り、70代後半とは思えない驚異的なバイタリティを見せつけた。ゼレンスキーと会談するような行為はまさにトランプが国家元首と対等な人間かのように見せる良いパフォーマンスとなった。しかし、なにより宣伝になったのは7月14日の暗殺未遂事件だろう。トランプは数センチの差で銃弾を交わし、九死に一生を得た。本当にこの人は持っている。

銃弾は外れたが、写真はベストショットである。

第二次トランプ政権はどうなる

 こうして勝利を収めたトランプ政権だが、嵐はまだ始まったばかりである。トランプが政権を奪還したことはこの国の政治の根深い混乱の現れであり、トランプが大統領に就任したからといって、その問題が解決するわけではない。第二次トランプ政権が前回よりも穏健になる保証はなく、むしろ不安定化する危険性は多いにあるだろう。

 政治は二項対立であり、第三の勢力は衰退するという旨を述べたが、現在衰退のさなかにあるのは共和党の伝統的な良識派である。現在の共和党はトランプ派によって席巻されており、以前の共和党とは別物へと作り変えられつつある。ワシントンによって建国され、リンカーンとルーズベルトによって変貌したアメリカの政治は、トランプ時代とも呼べる新たな構造へと変化している。こうしてリベラルエリートの民主党と右派ポピュリズムの共和党が二大政党として君臨するのではないかと思われる。これは現在の東欧や中東に見られる二大勢力の軸である。トランプの政治的スタンスはハンガリーのオルバーンやトルコのエルドアンを参照すれば多少は予測が付くかもしれない。

 トランプの共和党の支持基盤を考えると、経済左派の方向に向かうのは間違いないだろう。したがって民主党との経済政策の差異は減少し、経済的左右軸は衰退するはずだ。トランプ政権の政策を巡って市場は活発に動いているが、実のところ大統領が最も影響力を行使しにくいのは経済である。無意味な介入で経済を混乱させることはできても、景気循環を変更したり、産業構造を変えることはできない。ましてや国の状態を「古き良き時代」に戻すこともできない。したがって、第二次トランプ政権が民衆の期待に答えられるという保証はどこにもない。経済政策に関しては、表向き民衆の期待に答えるようなパフォーマンスを見せつつ、実態は専門家に丸投げという可能性が一番可能性が高いのではないか。ただし、経済政策が円滑に行くとは限らない。トランプ政権がポピュリズムに走り、無理筋の経済政策に走れば、トルコで起きたようなインフレが発生しないとも限らない。現にトランプはインフレ誘発的な指針を打ち出している。

 筆者の見解の弱みはアメリカでの景気後退が今のところ見られないことだ。アメリカ状態はバブル状態であり、明らかにGDPは過大評価されているはずだが、マーケットにそれを予期させる動きは今のところ見られていない。このあたりは以前の記事で論じたのだが、今のところ当てはまっていないようだ。

 アメリカ社会の分断は全く解消されず、むしろ激しさを増すだろう。トランプ政権が大荒れになることは確実で、アメリカ中が左右に分かれて政治対立を続けるに違いない。場合によってはテロも起こるかもしれない。2020年代を通してアメリカの政治は不安定であり、世界は二度三度と振り回されるだろう。

 第二次トランプ政権の最大の脅威は2021年のアメリカ議会襲撃事件に見られるような法律軽視の姿勢が強まることである。トランプは刑事訴追もどこ吹く風であり、議会襲撃事件の犯人を釈放する可能性が示唆されている。それどころか、「盗まれた選挙」という主張を固持し、前政権の関係者を罰しようとするかもしれない。この場合はかなり深刻な事態となる。アメリカの民主主義は前例のない危機に陥る。

 全く予測不能なのは対外関係だ。これに関しては長くなるので別の機会に論じてみたい。

まとめ

 まだまだ論じたい項目は無数にあるが、あまりにも記事が長くなるので、この辺に留めたい。トランプ旋風に関して一番重要なことはアメリカの政治が再び構造転換を迎えており、トランプ以後の共和党は以前とは全く違う右派ポピュリズム政党であるということである。アメリカ合衆国の政治的二項対立はジェファーソンによって生み出され、リンカーンとルーズベルトによって再び再構築された。これらのサイクルは80年おきに更新されていった。次の80年はトランプによって生み出された第4の時代となるかもしれない。

 トランプ当選と一連の政治的混乱は民主党がエリート政党と化し、もはや弱者の意見を代弁しているとは言えなくなっていることである。民主党はポリコレを中心とする政策を推し進めているが、どこか説教臭く、現実遊離的だ。このような姿勢はインテリが陥りがちな罠であり、大多数の庶民層にとって魅力的と言えなくなっている。漠然と不満を抱えている庶民層の心を掴むのは、過去の歴史的不正義に関するお説教と、数十ページに渡る約款ではない。

 ここに近年のアメリカ社会の構造転換が進んでいて、国内の格差が拡大しているという事情が加わる。GMやフォードで働いていた白人労働者階級はGAFAには相手にされず、社会的地位の喪失という問題に直面している。彼らはリベラルエリートの目には旧態依然とした人種差別主義者に映るが、実際のアメリカ社会の庶民層の現状をかなり反映した集団でもあり、マイノリティにもトランプの支持者は増えている。

 2020年代のアメリカが右派ポピュリズム運動によって混乱するのは必至だが、バイデンとハリスは指導力を発揮できず、結果を残せなかった。ここにいくつかの対外的な危機も加わり、彼らは「トランプではない」ということしかアピールするポイントが無くなってしまった。世論調査では接戦が伝えられていたものの、彼らの命運はトランプが暗殺者の銃弾を躱したその時に決まっていたのかもしれない。

 第二次トランプ政権は波乱が続くだろう。国が抱える不安定は以前として解消されていないからである。トランプがこうした不満に応えることを支持者は期待しているのだろうが、むしろ混乱を悪化させる可能性のほうが高いのではないか。ここで読めないのが対外関係で、トランプ政権の命運を左右するワイルドカードとなるに違いない。

 トランプのような現象は、別にアメリカに限ったことではなく、世界の様々な国で起こり得ることだ。しかし、トランプを飛び抜けて重要な人物にしているのはアメリカ合衆国が世界覇権国であるという事実である。アメリカの不安定は世界の全ての国に影響する。ヨーロッパ・中東・東南アジア、もちろん日本だ。2020年代の混乱はまだ始まったばかりであり、世界は幾度となく新政権によって振り回されるだろう。


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