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トランプ暗殺未遂事件を考察する

 7月14日、またもや衝撃的なニュースが飛び込んできた。なんと選挙活動真っ只中のドナルド・トランプが銃撃されたとのことである。場所はパンシルベニア州の田舎町で、支持者の集会にいつものように登壇したところ、銃弾がトランプの耳をかすめ、出血を招いた。トランプは相変わらずの凄まじい強運の持ち主であり、数センチの差でヘッドショットを免れている。代わりに観客の1人が銃弾に当たり、命を落としている。

 この事件は全米を震撼させた。本当に全米が震撼するのは珍しい。まだまだ情報が未確定ではあるが、一応の考察を行いたいと思う。

多発する暗殺事件

 トランプ暗殺未遂事件を受けて多くの日本人は安倍晋三暗殺事件が脳裏に浮かんだのではないか。筆者もつい先日このような記事を執筆している。

 先進国において首脳の暗殺事件はそうそう起こらないものなので、そういった点では今回の事件は再びの衝撃を与えた。2024年になってからもスロバキアの首相が撃たれて死線を彷徨っていたばかりであり、2020年代に入ってからどうにも国際情勢は不穏になりつつあるように思える。

 ところで、今回のような暗殺事件は過去どのように起こっているのだろうか。筆者は今回の事件にもっともシチュエーションが近いと思うのこの事件である。

 1974年、北朝鮮に感化された在日朝鮮人の男が大阪で警察官から拳銃を強奪し、韓国に渡航して朴正煕大統領を暗殺しようと目論んだ事件である。銃撃事件の際の朴正煕の動きはトランプよりも更に早く演壇の影に伏せ、銃弾を交わしている。ここはさすがプロフェッショナルの軍人である。代わりに銃弾を受けたのは大統領夫人の陸英修だった。朴正煕は事件直後は何食わぬ顔で演説を続けたものの、病院に駆けつけるや否や泣き崩れたと言われる。人前に立つからには強き者であらねばならない、というリーダーとしての規範を感じさせる。この点は拳を突き上げたトランプも同様であろう。朴正煕はこの5年後に部下の逆恨みで殺害されている。朴槿恵はなかなか不憫である。

 トランプに注目が集まっているため、死亡した観客に関する情報はあまり伝わっていない。おそらくトランプ支持者の誰かなのではないかとは思う。

犯行の経緯

 今回の事件の興味深いところは犯行にライフルが使用されたことだ。映画の描写とは裏腹に、実際の暗殺事件でライフルによる狙撃が用いられることは稀だ。それこそケネディ暗殺くらいなのではないか。暗殺事件の多くはピストルで近くまで近寄って打ち込むというパターンである。伊藤博文も浜口雄幸もそうだった。安倍晋三も拳銃ではないが、近い犯行様態だ。他にも爆弾を投げつけたり、包丁で刺したりというケースも多いが、いずれも近接犯行である。

 今回の事件では犯人は近くの工場の建物に登り、そこから120Mほど離れた集会場に銃撃を行った。まず3発発砲し、続けて5発発砲している。トランプをかすめたのは最初の一発と思われる。最初の銃撃からわずか15秒後にシークレットサービスが狙撃を行い犯人を射殺している。一発で仕留めている。やはりプロの狙撃手は遥かに腕前が良い。

 犯行に使われた銃はAR15との話だ。またコレである。AR15は軍用アサルトライフルを民生化したバージョンで、数々の銃乱射事件に使用されてきた。51人が殺害されたニュージーランドの銃乱射事件や49人が殺害されたオーランド銃乱射事件などが被害が大きかったが、他にも同様の事件はいくらでもある。というか、銃乱射事件が日常化しているアメリカは一体どうなっているんだ??自衛のためには明らかに過剰スペックに思われるAR15が未だに禁止されない理由も謎である。

 今回の事件で問題となるのは、不審な動きをする犯人の様子が近くの人間からモロ見えだったということだ。中には「銃を持った怪しいヤツがいる」警察に伝えた人もいるらしい。しかし、忙しかったのか、間に合わなかったのか、犯人は発砲を初めてしまった。今回の事件では容疑者の発砲する様子もしっかり撮影されている。

 犯人の姿が認識されていたのに犯行が阻止出来なかった理由の一つに近年アメリカ大統領に対する襲撃が起こっていなかったこともあるだろう。警察も観衆も「警戒度」が足りなかったのだ。

 実際、衝撃的なテロ事件が起きた時は「二番煎じ」はうまく行かないことが多い。岸田首相暗殺未遂事件を考えても犯人は即座に観衆に取り押さえられている。911テロ以降に航空機テロが難しくなったのも、警備体制の強化に加えて乗客がテロリストを警戒するようになったからだ。現に911テロも4機目は乗客の反乱で失敗している。もし大統領暗殺事件が直近に起こっていたら犯人は確実に聴衆に騒がれて逮捕されていただろう。

犯人の正体

 犯人は20歳のトーマス・クルックスであるという報道がされている。まだ未確定ではあるが、反トランプ的な思想を持っていたらしい。風貌からはLGBT活動家や昔のヒッピーに似た雰囲気を感じるが、実際にどうなのかはわからない。少なくともアウトロー的な外見ではない。下手にファッションに目覚めたチー牛という感じがする。

 今のところ背後に組織的な存在があるとは報道されていないので、おそらく今回の事件は個人テロリズムであると思われる。近年の暗殺事件によく見られる特徴である。暗殺事件を行うならしっかりとした組織の方が成功率が高いように思えるが、実際に暗殺作戦を行う能力のある組織はまさにその理由で暗殺を行うことはない。

 以前の記事でも書いたが、テロリズムは基本的に弱さから生まれる。強力な政治勢力であればテロよりもマシな手段に訴えることができるからだ。守るべきものも多くなる。「強力なテロ組織」という概念は根源的に矛盾しているのである。

 したがって一定程度大きくなった政治勢力が暗殺という手段に出ることは無かった。日本国政府を武力で打倒することを試みる、日本共産党や極左暴力集団であれば総理の暗殺など造作もないことだろうが、これらの集団は暗殺よりもマシな政治戦術を取る余裕があるので、暗殺には乗り出さない。暗殺したところで自勢力の権力が増大するとは思えないし、警察に本気を出させるだけだ。既に手に入れた利権を失うのみである。

 むしろ実際の暗殺事件は個人テロどころか、テロですらないケースが多かった。例えばロナルド・レーガン暗殺未遂事件の動機は「ジョディ・フォスターへの求愛」という意味不明なものだった。他の暗殺事件も似たようなものだ。どちらかと言うと暗殺事件の多くは山上徹也というより青葉真司に近いのである。

 ところで、暗殺事件というものは基本的にほぼ自爆テロである。暗殺に成功した犯人がその場から逃走に成功する確立は絶望的と言っても良い。基本的には射殺されるか逮捕である。したがって犯人は失うものはなにもない、「無敵の人」とならねばならない。

 クルックス容疑者は地元の人間らしい。ここも山上徹也と似ている。スポーツのホームアウェイの優劣と同じで、地元でテロを仕掛けるのは易しく、遠隔地でテロを仕掛けるのは難しいという傾向性が見て取れる。米同時多発テロのような大陸をまたぐようなテロ作戦は極めて難易度が高く、国際テロは思われているほど簡単ではない。911以降、アメリカ本土でほとんど国際テロが起こっていないのが顕著な例である。日本でテロを起こす場合は武器を搬入するにも協力者を確保するのも一苦労だ。

アメリカ社会への影響

 筆者はトランプが襲撃されない方がおかしいくらいに考えていたが、やはり暗殺未遂は起こってしまった。これはアメリカという国家が不安定化している根深い兆候の現れの一つだろう。

 2020年代のアメリカは政治サイクルの転換点にあり、不安定化は避けられないという見方もある。世界大恐慌や1960年代の暴動に似た情勢である。中にはアメリカが内戦に陥るのではないかという見解もある。

 いずれにせよ、アメリカの政情が不安定なる可能性を否定するわけには行かないだろう。レーガン暗殺未遂事件では事件で重症を負った警護官に因んで「ブレイディ法」という銃規制法案が通ったが、今回の事件でブレイディ法に相当する動きは無いだろうと言われている。共和党の支持層は銃規制に基本的に反対しているからだ。トランプもこの層から反感を買いたくはない。

 皮肉なことだが、今回の暗殺未遂事件の遠因となったのは2021年の襲撃事件かもしれない。この事件によってアメリカ社会は政治的暴力の次元を一つ上げてしまったからだ。政治的争いというとどちらが正しいどちらが悪いという点がクローズアップされるが、同じくらい大事なのは「争いにおいてどこまでが許されるか」という点である。民主主義国では合法的な選挙になるし、戦時中には暴力になる。その暴力も戦争によってどこまで許されるかという「相場」は異なる。議会襲撃事件はその「相場」を変えてしまったといえるかもしれない。

 2024年の大統領選挙が前例のない大荒れになることは間違いない。重要な争点が裁判になるという点も、80前後の超高齢候補同士の戦いという点も、アメリカ社会が不安定化しているという点もいずれも特徴的だ。

 今回の大統領選挙はますますトランプに有利になっている。今回の一件でトランプは力強いリーダーというイメージを打ち立て、バイデンの頼りなさに対して差を付けることができた。民主党陣営はバイデン下ろしが起きるなど、候補者の選定すら危なっかしい。代わりになりうるカマラ・ハリスは今ひとつ人気がなく、大穴と言われるミシェル・オバマも今回の選挙には間に合わないだろう。おそらく民主党の候補はトランプのような勢いもカリスマ性も無いと考えられる可能性が高い。

 撃たれたのに生き残ったトランプと、撃たれてないのに死にそうなバイデン、どちらが争いを制するのかは見ものである。



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