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「イスラエルのトリレンマ」を考えてみる

 イスラエルの国家理念には3つの要素があり、3つが同時に満たされることはない、という興味深い現象がある。イスラエルの初代首相のベングリオンが言っていたらしい。これをイスラエルのトリレンマと呼ぼう。

 この3つは以下の通りだ。

①イスラエルはユダヤ人が多数派の国家である。
②イスラエルは民主主義国家である。
③西岸とガザはイスラエルの領土である。

 このうち、国際社会が期待している二国家解決案は①と②を取ったものだ。西岸とガザをアラブ人の国として認め、1948年時点の国境線の内側をユダヤ人がマジョリティの国家として運営するというものだ。この案をイスラエルが受け入れないのは理由がある。国家安全保障上の問題でイスラエルはどうしても西岸を手放したくないし、西岸には宗教上重要な土地が存在するからだ。既に進んでしまった入植を撤回するのも非現実的だ。

 次に代案として挙げられる一国家解決案は②と③を取ったものだ。ユダヤ人とアラブ人が1つの国に住み、民主主義国家を築く。聖地の管轄や入植地問題で揉めないので、こちらの方が良いようにも見える。しかし、イスラエルにとっては受け入れがたい。イスラエルに貧しいアラブ人の移民が流入するのは困るし、なによりイスラエルの建国の原動力だった「世界で唯一のユダヤ人国家」という理念が崩れてしまうからだ。

 最近のイスラエルで進みつつあるのは①と③を取る方法だ。西岸とガザを統治し、かつユダヤ人国家であり続けるには、民主主義を捨てるしかない。西岸の住民は、イスラエルの統治下にありながら、イスラエル人としての権利は一切認められていない。ユダヤ人のみが権利を持つ、アパルトヘイト国家の設立である。これがネタニヤフ政権の方向性ではないかと思う。

 同様の問題は入植者と現地人の両方が無視できない割合で存在する植民地で発生する問題でもある。南アフリカではマンデラの活動の結果、白人国家であることをやめ、白人と黒人が共存する国へと変わった。アルジェリアでは悲惨な戦争の結果、入植者は追放された。建国から第三次中東戦争までのイスラエルは分離の道を選んだはずだったのだが、複雑な安全保障上の事情により、多数のアラブ人を抱え込むことになった。

 より一般化して多民族国家のトリレンマを考えることも可能かもしれない。すなわち
①ナショナリズム
②民主主義
③国家の統一

が同時に併存しないというものだ。東欧の民族問題もこうしたトリレンマを反映している。EUはナショナリズムを否定することでまとまりのない多民族の連合体となった。ソ連は強大な統一帝国と少数民族の振興を両立させたが、それはこの国が独裁体制だったから可能だったことだ。旧ユーゴは民主化と同時に国家が四分五裂してしまった。

 国際金融のトリレンマになんだか似てきた。対応物はそれぞれ主体的な金融政策、資本の自由移動、為替の安定、だろうか。

 今後のイスラエルがどれか1つ犠牲にできるとしたらどれになるだろうか。多くの紛争国家はナショナリズムを犠牲にしている。多民族を基盤にしたナショナリズムも可能だが、それには共通の敵と戦うといった共有体験が必要だ。ユダヤ人とアラブ人の場合はお互いが敵同士なので、ナショナリズムの統合は不可能である。したがって両者を統合したイスパレ連邦(仮称)はレバノンのように極めて分裂した国家になるだろう。学校は民族別で、交友関係は原則交わらない。通婚は皆無となる。ラビンを除くイスラエルの歴代首相は悪人扱いだろう。それでも統合のメリットは大きい。アラブ人はイスラエルの先進的な産業で働けるし、ユダヤ人入植者も堂々と生活できる。宗教的な溝は深いが、そもそも宗教はパーソナルな行事だし、イスラエル国内でも超正統派と世俗派は全く違う暮らしをしているので、共存不可能とは思えない。ただし、レバノンがそうだったように、定期的に政情不安が起こるかもしれない。

 民主主義を捨てる場合はどうなるだろうか。パターンは2つ考えられる。1つ目はパレスチナ人に人権を認めずにいつまでも占領体制を続けるもので、これは現時点でも始まっている。自治政府は機能不全に陥り、イスラエル軍の下請けと成り果てているので、西岸は事実上のアパルトヘイト体制となっている。ガザもそうなるかもしれない。もう1つのパターンはガザと西岸をイスラエルに友好的な独裁者に任せて「藩王国」にするというものだ。プーチンがチェチェン戦争の解決のために行った方法である。イスラエルがオスロ合意で理想としていたパレスチナ像はこれだったのだろう。第三の方法としてルワンダのように両民族を強制的に和解させるという方法もあるが、この場合はイスラエルが完全な独裁国家になるか、外国の支配下に落ちることになり、不可能だ。なお、1930年代にイギリスはこの方法に失敗している。

 最後に国家の統一を捨てる場合はどうなるか。この場合は西岸とガザは独立国家となる。イスラエル入植地は撤退を余儀なくされるだろう。アラブ諸国の例を考えると、特に産業もなく、民主主義の伝統もない独立パレスチナは高確率で政情不安に陥る。現在ですらハマスとファタハの間で内乱が起きているのだ。混乱に乗じてイランやその他の敵対国が西岸とガザに進出することは充分に考えられるし、イスラエル軍の出番は下手すると増える可能性がある。イスラエルの心臓部はパレスチナ国家に食い込まれた形になるため、奇襲攻撃を受けたらひとたまりもない。もしテルアビブが陥落したらおそらく虎の子の核兵器が使用されるだろう。 そうなれば収集不能の事態だ。

 パレスチナ問題の最終的解決がどの形になるかは予測不能だが、3つのうちのどれかになることは確実だ。

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