古典ギリシア語学習のテクストについて
古典ギリシア語を学んでいる方はいつかプラトンを読んでみたい、新約聖書を読んでみたいといったモチベーションを胸に抱いていることと思う。現在はタフツ大学が公開しているウェブサイトのペルセウスをはじめ、iPhoneユーザーであればシカゴ大学が公開しているLogeionという強力な辞書ツールやオフラインでホメロスやプラトンの主要著作の原文と語形分析を含むattikosというアプリもある。iPhoneユーザーでなくとも、新約聖書についてのアプリは豊富に用意されており、いつか読んでみたいと思う読者にとって充実し過ぎているといっても良いほどであろう。しかし、実際にギリシア語を読みたいと思った時に、スマホの画面だけでテクストに取り組むのは正直つらいのではないだろうか。現在では版権の切れた、今でも現役の信頼のおける校訂本が数多く公開されている。それらのテクストについて簡単に紹介しておきたい。
このあと次々にプラトン、アリストテレス、それから新約聖書のテクストを紹介していきますが、ただで読めるからと青空文庫をキンドルに入れたはいいけど全く読まないのに似た状態になってしまってはもったいないので、印刷して読むに値するおすすめのテクストを紹介したいと思います。初歩文法を覚えて声に出して読めるようになったらぜひ読んでみていただきたいのは、プラトンのクリトンと新約聖書のルカ福音書です。プラトンの国家や弁明、それから美文として誉れの高い饗宴などにチャレンジしたいと思う読者もいるかもしれないが、対話の文章の長さや文法の難易度、それからテクスト全体の分量からしてもクリトンをおすすめしたい。新約聖書は福音記者によってギリシア語の表現に違いが見られ、それぞれの特色に応じて読者の好みも分かれるであろう。しかしギリシア語を学ぶ上では分詞の用い方など、水谷智洋『古典ギリシア語初歩』の練習問題にも豊富に取り上げられているように、ルカ福音書では教科書のようなギリシア語に触れられる。また、クリトンやアリストテレスのニコマコス倫理学は邦訳も多いので、原文を調べたい人にとっては、ニコマコス倫理学も挑戦し甲斐があるのではないでしょうか。それでは、実際にテキストを紹介していきたいと思います。
まずはプラトン全集。現在では新版が随時刊行されておりその役目を終えたかにも思われがちなバーネットの校訂本がほぼ完全な形で公開されています。版権の都合かどうかはわからないがポリテイアのテクストを欠いているのが玉に瑕ではあるものの、以下のサイトからダウンロードすることができます。2000頁越えで、テクストが探しにくいのが難点ですが、ページを指定してプリントアウトして読むのならこのファイルをお勧めします。
どのプラトン全集もがテクストの参照に用いているステファヌス版も公開されています。
おそらく国家篇を読みたい人もいると思われますが、内山勝利『プラトン『国家』』において現在も参照価値のある原典として言及されている、アダムのテクストが公開されています。
次はアリストテレス全集。すべてのアリストテレス著作のレファレンス元であるベッカー版が公開されています。
おそらくアリストテレスのテクストで最もニーズがあると思われるのは『ニコマコス倫理学』ですが、現在でも標準とされるバイウォーターの校訂本が公開されています(少しスキャンの解像度が低いのが残念)。
そして最後に、新約聖書の批判的校訂本を一つ紹介します。大方の研究者にとって標準となっているのはUBSないしNestle-Alandtの最新版といったところでしょうか。ネスレ=アラントに関しては一つ前の27版が好みの読者も多いようです。評者は専門的な本文批評の世界には踏み入っていないので、ここでは純粋にギリシア語に親しむことを趣旨に、手に入れやすくて読みやすい批判版のSBL版を紹介しておきたいと思います。
本文批評に関してはご自身で詳しく調べていただきたいのですが、ページを見てみると本文の読みとは関係ない不思議な括弧が付けられている箇所が見出され、その節の番号に何やら暗号のようなものがあります。この暗号のようなものが、さまざまなテクストを突き合わせて、どの写本がどの読みを取っているかを記したものです。本文批評の方針もその都度の校訂者、版によって変わっていくもので、専門的に本文批評に取り組もうとする方はUBSないしNA28などのご購入を検討ください。
校訂本に関してはここまでにしておきますが、現在でも参照され、神崎繁訳のニコマコス倫理学が底本としているズースミル版や、デ・アニマのテクスト、それからディールス・クランツなどもアーカイブやグーグル上で公開されています。いくつものテクストが公開されていて、印刷が不鮮明だったり、テクストが傷んでいたりすることもあるので、簡単にではありますが、参考までに公開されているテクストのいくつかを紹介しました。ここから先は各々の関心に合わせて調べていただければと思います。評者もいつの日かギリシア語をそのまま読める日を祈念して学習を続けていきたいと思います。