![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/158147460/rectangle_large_type_2_9698f618e3ae9f68b2066666d8c65f7b.jpg?width=1200)
没男のショートコント⑩【衆院選202×】
「衆院選がきょう公示され、27日までの12日間にわたる舌戦がスタートしました。今回は公職選挙法改正に伴う落選者指名方式が導入され初の選挙となります」
落選者指名方式‥。
つまり、有権者が支持する候補者ではなく、落としたい候補者に「クビ票」を投じ、得票率の少なさを争う新システムである。
投票率は直近で30%弱。時の政権与党・痔民党は有権者の政治参加を促すと称し、クビ票を他党にぶち撒けることで強さを誇示しようとした。
好きでもない奴に入れるなら、嫌いな奴を落とした方がいい。意思表示しよう。
改正法は大半の有権者の感覚と奇跡的に噛み合った。
愚民党新人の落下傘候補X(42)は、初めて訪れた地方都市の、朽ちた貸しビルに選挙事務所を構えていた。
Xは知人に唆され、50万円払い、なぜかここにいる。供託金も選挙費用も党でもってくれている、らしい。人的支援はなし。家族親戚友人。知人は雲隠れした。
選挙参謀は父(85)が務めた。電話を引くことすらできなかったので、慣れないiPhoneが命綱だ。地図はアナログ。ポスター掲示板の位置に×印を付けたが、とてもこの人数では貼りきれない。
せっかくポスターを作ったのに!ここ30年封印してきたとびきりの笑顔が!
第一声の朝、数名の新聞記者が訪ねてきた。若い。泡沫候補だと思って各社新人のポンコツを寄越してきたのだろう。
しかし、公示日になってもX陣営に街宣車が届かない。Xは、
「ほら、これ!妨害ですよ!書いてよ!」
Xは目を血走らせた。
「とりあえず、第一声やってもらえますか?」
Xは瓶ビールのケースを台に、愚民党が掲げる所得5倍増計画、少子高齢化殲滅作戦、衝撃の消費税−3%実現を訴えた。同じ時間に、同じく愚民党の落下傘候補は自分の知らない街で同じことを言っているはずだ。
Xは遅れてきた街宣車に乗って飛び出した。ポスター部隊も出動した。
参謀は鉛筆を手に地図と睨み合っている。マスコミから送りつけられてきたアンケートなんてやってる暇はない。
「おい、そこの記者さんたち。どう回ったら効果的かね」
「この5ルートですかね‥田舎を網羅するとなると、あと2ルート追加です」
参謀の妻(86)がペットボトルのお茶とエナジードリンクとまんじゅうとおにぎりを持ってきた。
参謀は「ありがとう。助かったよ」と笑った。記者とも言えないトロッコたちは参謀に心を奪われた。
本県3区の対抗馬は、届出順に
痔民党前職K(70)
立犬眠主党前職E(69)
凶産党新人M(58)
マジで痔民党ないわ。国民バカにしてるよ。取り巻きの態度からしてないわ。Kってあれ、カツラだろ?嘘つきじゃん。すでに。
立眠Eはなぁ。悪い人じゃないけど、Kがダメだから票が流れてる感あるよね。
凶産は‥
今回は、こうしたお茶の間談議は通用しない。
「皆さん、どうか、私に票を入れないでください!あの、立眠こそ、クビ票にふさわしい!」
「みなさま、お騒がせしております。どうぞ、投票は立眠ではなく、痔民党、痔民党でお願いします」
痔民の街宣車で大渋滞が発生。立眠、凶産が加わり「票はあっちに、こっちに、どっちに?」と大混乱を巻き起こし、市民の怒りを買った。
参謀は人生で初めてYouTube、動画作成ソフトに触れた。その方面に詳しい記者が教えた。
「これで24時間戦えますよ」
もちろん、他候補もネット戦略は立てている。ただ、年寄り候補が老人に向けたコンテンツでしかない。そもそも地方の老人はYouTubeなんて見ないので意味がなかった。
痔民Kは「おっかしいなぁ。お前ら真面目に作ってんのか?!テメェら一人消すぐらいいつでもできるんだからな!」と言い放った。
その音声がマスコミに流れた。疑惑で止まったが、マイナス、いや、得票に繋がった。
痔民、立眠、凶産いずれも各党幹部が応援演説し大いに盛り上がった。
「皆さん、私どもには入れないでください。裁きの一票を奴らに!!」
各陣営は本来得票源となる地盤をクビ票の火薬庫とし、敵陣営に打ち込まねばならなかった。浮動票は当然だがこの配分が勝敗を分ける、とも言われた。
参謀のYouTubeチャンネルはバズった。零細選挙事務所の仕事や苦労、安ビジネスホテル生活、戦いの最前線が赤裸々に映し出されていた。選挙区を飛び越え、世界中から応援のコメントが寄せられた。
参謀は記者に「ここまで助けてもらって、お茶ぐらいしか出せないとはな。寿司でもご馳走したいところだが、君らにも立場があるだろう」と言った。記者たちは、
「ええ、僕らはどこの味方もできませんから」と笑った。
候補者が得票を嫌がる異例の選挙戦が終わった。少なくともXは浸透せず、参謀の方が有名になった。
下馬評では痔民か立眠だった。
だいたい開票が始まった途端に当確が出る。
結果は、得票順に、
痔民党前職K(70)
立犬眠主党前職E(69)
凶産党新人M(58)
愚民党新人X(42)当確
調査によると、痔民は脳みそが硬直した高齢の、いつも通りの盤石な保守層から善意の票を集め、立眠に競り負けた。凶産は定位置におさまった。
そもそも知名度がなかった愚民は有権者の頭になく、浮動クビ票がほか3人に流れる結果となった。