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没男のショートコント⑥【幸福なガソダム】

 きょうも機動戦士ガソダムは道端に立ち、どこか寂しげな様子で地区の平和を見守っていました。機動戦士とは言っても、このガソダムはただの鉄でできていて、背丈は田舎のバス停ぐらいしかなく、アフロ・レイも乗っていません。

 だから、ガソダムはずっとこの道端で、田んぼと森を背に仁王立ちしていたのでした。ジモン軍の侵攻に目を光らせながら。

 ガソダムは自分が生まれたときのことを今でも覚えています。

「こりゃ子どもたちもきっと喜ぶぞ」

溶接板金に飛び散る火花、マスクを外した黒ヒゲおじさんの満足げな顔。ガソダムは寂しさを感じるたびに、自分を作ってくれたおじさんのことを思い出しました。

 おじさんは地区の文化祭にガソダムを出品しました。子どもたちはガソダム世代ではなかったので、あまり食いつきませんでした。ただ、区長さんらはえらく気に入り、今の道端に置いてくれたのでした。

 週に一度、おじさんはガソダムを磨きにきました。

「いつも俺たちを見守ってくれてありがとな」

ガソダムが生まれ1年が過ぎました。おじさんは来なくなりました。来ることができなくなったのでした。ガソダムは次第に錆が目立つようになりました。

 ガソダムは悲しくなりました。涙の代わりに雨が降りました。

「ガソダムさん、ガソダムさん。僕は旅のツバメです。シールドの下で雨宿りをさせてもらえませんか?」

ガソダムは「もちろん。敵が攻めてきたら申し訳ないが」と言いました。

 そう言いながら、全く動けない自分と、世界を飛び回っては面白いものを見聞きするツバメを比べ、一層悲しくなりました。ガソダムはジモン軍を待ち構えるだけで、宇宙はおろか空すら飛べないのです。

それでも、ガソダムはツバメの冒険譚を聞きたがり、はるか南方の美しい木々や草花、はるか上空から見渡す地上の大パノラマを思い浮かべました。

「ガソダムさんはどうしてそんなに悲しそうなのですか?」

「君のように自由に飛べないからだ。だから、あそこの家でひもじい思いをしている子どもたちを助けられない。それでは、シァアも倒せない」

「僕になにかできることはありませんか?」

「すぐ先のバス停に千円札が落ちているだろう? これをあの子たちの家の窓枠に届けてあげてほしい」

ツバメは千円札を咥え、子どもたちの家の窓をくちばしでコンコンと叩き、またガソダムのもとに戻ってきました。

「これで一晩は何とかなるだろう」

ガソダムは寂しそうに言いました。

「ああ、このビームライフルが金でできていたらなぁ‥この目がサファイアでできていたら!このシールドが、ビームサーベルが金でできていたら!

‥あの貧しい、若い男女は罪を犯さずに済んだ‥あの老夫婦は生きながらえることができた‥! あそこの、そこの子どもたちもだ!」

「飛ぶことさえできないのだ。私は機動戦士なのに」

 その深夜、何者かがビームライフルを盗んで行きました。10kgはある鉄です。ツバメは戦いましたが、相手にされませんでした。

 前の晩、ツバメはイタズラに来た人たちを追い返したばかりでした。ですがそのとき、ガソダムは黒いペンキを被りました。

「盗人は私のビームライフルで救われたのだろうか」

ガソダムは盗人の幸せを願いました。

ツバメはそろそろ旅立たなければなりませんでした。でも、優しいガソダムから離れがたくて、

「僕に何かできることはありませんか?」

としきりに聞きました。

「ビームライフルがなければ、私はまったくの無力だ」

ガソダムは嘆きました。

 早朝、ツバメはこちらに近づいてくるおばさんに気づきました。懸命にガソダムの周りを飛び回り、おばさんに異変を知らせました。

ビームライフルがない!

おばさんはすぐに区長さんや警察に連絡しました。

 報道記者やカメラマンがガソダムに集まりました。全国ニュースになりました。誰も©️の話はしなかった、ようです。

ガソダムは有名になりました。
写真を撮りに来る人が絶えませんでした。
地区は賑わいました。

 数日後、新たなビームライフルが届けられました。工業高校の生徒が作ってくれたのです。以前より軽い仕様です。

 小学生がペットボトル製のバズーカを作ってくれました。さらにいつの間にかハンマーや木製のライフルが加わりました。

 住民はガソダムの傍に兵器置き場を作り、善意の武器を格納しました。

 地区の美化活動や学校の校外学習にガソダム磨きが加わりました。ガソダムはかつての輝きを取り戻しました。

「ガソダムさん、武器も揃って、子どもからお年寄りまで、みんなあなたを大切にしています。人気者です。僕はうれしいです」

ツバメは自分のことのように喜びました。

それでもガソダムは、

「どれだけ兵器があろうと、私は鉄の塊。何もできないのだよ」

悲しく寂しそうな様子に変わりはありませんでした。

 ある日の深夜、ガソダムの向かいの家から火が出ました。ガソダムはツバメにこう言いました。

「私の最後のお願いだ。あの家の呼び鈴を鳴らしてほしい。そして、そのままここから旅立つのだ」

ツバメはサッと飛び立つと、迫り来る熱に堪えながら、住人に危険を知らせようと呼び鈴を鳴らし続けました。

ツバメは住人が逃げ出すのを見届け、ガソダムの足元に落っこちました。羽が焼けてしまい、もう飛べません。

 ツバメはガソダムの塗装が溶け、体が歪んでいくのに気づきました。

「ガソダムさん、ガソダムさん、大丈夫?」

「君には取り返しのつかないことを言った。私が無力だったばかりに。私も君の後を追い、鉄クズにでもなんにでもなろう」

ツバメはそのまま息絶えました。

火元の住人はホッとしながら、不思議に思いました。

「誰だろう、呼び鈴を鳴らしたのは」

 怪我人がひとりも出なかったのはガソダムのおかげ、と言うことになりました。

 ガソダムには賽銭箱が置かれ、しめ縄が巻かれました。ツバメの亡骸は誰かがほうきではいてしまいました。

 それでもやはりガソダムの姿はあまりにも酷く、とても人を呼べそうになかったので、初代を処分して2代目を新たに作り直すことになりました。

 ガソダムは鉄クズとなり、溶鉱炉に放り込まれました。

「どうか、神様。あの美しいツバメが、どうか天国の空を飛べますように」

ガソダムには、天使が神様に持ち帰るはずの鉛の心臓がありません。しかし、おじさんが込めてくれた魂がありました。


 ガソダムはまた道端で仁王立ちしています。見た目こそどこか寂しそうですが、心は穏やかです。ジモン軍も貧しさも、ビームライフルを盗む者も落書きする者もいません。

 ツバメがガソダムの肩に舞い降りてきました。

「ツバメさん、ツバメさん。君の大冒険を聞かせておくれ」

 飛べない機動戦士は、ツバメといるだけで幸せなのでした。

※本作はフィクションであり、実在する人物・団体等とは関係ありません。

※オスカー・ワイルド氏には儚くも美しい物語をご提供いただき感謝申し上げますとともに、謝罪いたします。

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