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没男のショートコント①【神の殉教】

 人は私を神と呼んだ。人といってもこの宗教施設で共同生活を送った100人に限る。つまり現生の神だ。彼らは私が指示したわけでもないのに、滝に打たれたり瞑想したり、仏典を暗誦したりと修行に精を出していた。

 生活はフルオートで進んだ。金は信者から入った。信者は調理班や医事班、農業班などを組織し専門性を発揮した。施設は一つの村だった。

 神である私は何をしたか。何もしていない。自室にこもり、テレビを見て新聞を読んで飯を食っていた。それで終わり。

 何が私を神たらしめたか。それは上杉という男の力だった。上杉は毎朝信者を集め、説教をした。「この汚辱に、不幸に打ち勝つためには、全てを神に委ね、私たち自身が私たちに、そして教義に尽くすこと‥と神が仰っている」

上杉は私の言っていないことを毎朝繰り返した。たまに信者に私のシルエットを見せた。私は基本的に上杉としか面と向かって話さない。

 10年前、40代の私は神とは程遠い会社員だった。会社で虐げられ、家庭では妻子に媚を売った。しかし、なんてことのない占いの特技があった。相手の名前と生年月日、出身地、家族構成が分かれば、近く起こる幸不幸が予測できた。

 私は家に帰りたくなくて、退社後に繁華街で易者を始めた。易者といっても、水晶玉もくじもタロットもない。「占い」と書いたタスキをかけて道端に座っただけだ。

 泥酔した女が来た。聞いてもいないのに個人情報を晒し始めた。「あなたは離婚する」と言ったら、昨日したばかりだと泣いた。驚いた友人たちも私に占いを求めた。大概当たった。SNSで「タスキの易者」が評判になった。

 「探しましたよ」上杉と名乗る男が言った。当初、この男は全く読めず、困った。「いや、占いじゃなくて、私はあなたと仕事がしたいんです」と言った。痩せた青白い顔をした男だった。

 私は上杉の優れたマネジメントのもと、毎晩街頭に立ち、厄除けのネックレスや数珠、大きな物だと壺を売った。占いは当たるので、クレームは来なかった。私は会社にも家にも戻らなくなった。金が入れば、上杉と飲み歩いた。久々に友だちができたと思った。

そんなとき、上杉は私に「神になりましょう」と言った。もちろん、本物の神ではない。

 宗教施設は、ある田舎の山間部にあった。神聖なる私は多くの人を救った、と思っていた。金銭関係は上杉の仕事だった。

 統率のとれた施設の生活は信者に健康をもたらした。彼らの自助努力なのに、私のおかげということになった。寝る前に全員で「きょうも幸せ、あしたも幸せ!!」と唱えるようになった。

 予期はしていたが、上杉が不審な動きを始めた。施設の運営がカツカツになってきた。上杉は私の右腕ではあっても、彼らの崇拝の対象ではない。良くて預言者だ。歴史は多くの預言者が破滅するのを証明している。

 施設の警備班が上杉を尾行した。毎日酒池肉林のお祭り騒ぎだった。その挙句、周囲に「俺は神を従えている」と言い始めた。酒の席で勧誘まで始めていた。

 警備班は私に報告できない。私に会う術を知らない。上杉を通してでしか言葉を交わせないからだ。しかし私は知っていた。上杉の所業は占いに出ていた。

 私は上杉に言った。全て知っている、と。「もう、お前はここにいてはならない」
「たかが人間が偉そうな。誰のおかげで神になれたと思ってるんだ」
「私は貴様が望む神であることに、疲れた」

 私は自室を出て、信者の前で座禅を始めた。信者は神の登場に驚愕した。「やっと御顔を拝めた」「眩しくて目が潰れる」などと言って涙を流し、そろって瞑想状態に入った。

 上杉には腹心がいた。腹心にも金がきちんと流れていた。もちろん知っていた。警備班が私を狙った何人かを葬った。私は知っていた。

 昼間、機動隊が施設を包囲した。ヘリの音がうるさかった。テレビは我らの家を上空から映し出していた。ついに警察が我がカルト教団を潰しに来たらしい。すでに分かっていたことだ。

 「動揺することはない。私が出ればそれで済む。私はあなたたちを愛している。世を隔てても」

 私は蓬髪の髭面で、垢まみれの作務衣を着ていた。私一人が外に出ると、盾を構えた機動隊がじりっと引いた。太陽が眩しかった。

 私は両手を上げた。乾いた音と同時に、背中に激痛が走った。振り向くと窓越しに上杉の顔が見えた。裏切り者は口封じにかかった。

 突然の発砲に、機動隊も100倍の力で応じた。私も被弾した。なんの罪もない信者の血が流れた。「やめろ」と私は両手を上げ続けた。背後から警備班らが応戦している。

 私は両手を上げたまま膝をつき、倒れた。蟻を眺めながら、死んだ。

これもとっくに知っていた。


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