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還る命
お仕事の休憩中のこと。
ブレイクエリアの窓からふと、外を見ると、駐車場のアスファルトの上で、何かが、ぱたり、ぱたりと動くのが見えました。
枯れ葉……?と思って見ていましたが、風に吹かれて飛んでいく様子もありません。少しして、私は炎天下に飛び出していきました。
灼熱のアスファルトの上でぱたぱたしていたのは、翅の破れた蝶だったのです。アゲハチョウ、かなり大きな子です。
私がそっと手を差し出すと、蝶は指につかまってよろめきながら登ってきました。
さすがに館内に連れて入ることはできないので、植え込みのある木陰に連れていき、キンキンに冷えた水のペットボトルの近くに降ろしました。すでにペットボトルは結露でびっしょりと汗をかき、水滴が流れるほどになっています。飲むかな……と思ってしばらく観察していたんですけれども、蝶は時折触覚を動かしながらじっとしているだけです。美しかったであろう翅は汚れ、破れて、片方の下半分がなくなり、おなかの部分も傷ついています。鳥に襲われたのか。あの火傷するほど熱いアスファルトの上に、どれくらいの時間横たわっていたのか。
もう、命が尽きようとしている。そんな感じを受けました。
残念ながら、休憩時間が終わろうとしていました。私は風を避けられ、暑さから逃れられるところにこの子を移動させることにして、再び蝶の目の前に手を差し出しました。反応が無いので指を頭の下に潜り込ませると。全部の脚でしっかりとつかまってくれました。降ろしてあげたのは光の当たらない木の幹、風下側。ちょうど木のうろというかひだになっているようなところで、地上からは30㎝くらいです。自然に手から木の肌に移れるように手をスライドさせていき、蝶は幹につかまって翅を動かしました。(もう飛べる状態ではありませんでした)
余計なことをしたのかもしれませんけれど、死の運命からは逃れられないにしろ、あのまま焼かれて死ぬよりは、と思ったのです。
2回目の休憩に戻ってきた時には、もう、蝶は動くことはありませんでした。
私が降ろした場所から動くことなく、木につかまったまま、命を終えていました。
風が吹き、葉が揺れます。
蝶の翅も、周りでざわめく葉っぱと同じように、ふるふる、ふるふると、揺れます。
それを見た私は、美しい、と思いました。
命を失った身体が、かつて抗って飛んだであろう風に逆らうこともなく、まわりといっしょに揺れている。
食餌や生殖、闘争や逃亡といった生命の本能に突き動かされることもなく、おだやかに、あるがままを受け入れている。
深緑や若葉を通した夏の木漏れ日が、蝶の体を、木の幹を、ゆらゆらと、優しくも鮮烈に彩ります。
ただ、ただ、美しい。
こんなに心安んじる死とは。
心の凪に、静かな感動というさざなみを起こす死とは。
命は、還る。
私たちも、いずれ、還る。
行き着く先がこんなに平穏なら、こんなに安心できることはない。そう思いました。
その日が来るのを楽しみにしていよう。
今がどれほど苛烈な日々でも、そう思えば、まだまだ戦えます。
願わくば、すべての命に、美しく、おだやかな終わりが訪れますように。
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