梅香る南関東をゆく:青梅市 吉野梅郷 その③ 14 酎 愛零(ちゅう あいれい) 2024年3月25日 18:39 吉野梅郷つづき。起伏に富んだ吉野梅郷を残らず味わいつくす野望を抱く酎愛零は、いったんふもとまで下りて再度上り始める…… 下りる途中で出会ったのは紅梅の二大巨頭「鹿児島紅(かごしまこう)」と…… 「紅千鳥(べにちどり)」。こうして並んで立っていると、微妙な違いであってもはっきりわかるものですね。 さて、戻ってまいりました。最初の、池から上がってきて、「月宮殿」や「武蔵野」を見た所ですわね。実はそこから道が分岐していたのです 今回はしばらく谷間のルートになりそうですわ。ゆるりとまいりましょうか。 一重の小輪、「織姫」。実生の梅で、小梅の梅干しが有名ですね。花も小さくて可憐! 太鼓橋のある所まで来ましたら、ゆめうめちゃんのアイコンが。ではこのあたりに...... あっ、ありました。なになに、「伐採前の写真看板が園内の4ヶ所に設置してあります」と。 みなさまは、これまでの風景からお気づきになりましたでしょうか。「吉野梅郷」という名前の割に、梅の木がまばらであることに。そして若木ばかりであることに 老木はひとつもなく、あるのは切り株ばかり...... そう、青梅の梅は、一度、滅んだのです かつて吉野梅郷は、雲海と見まごうほど梅の花が咲き乱れる、さながら梅版の桃花源とも呼べる場所でした 開催される梅祭りでは、露店商はもちろん近隣の民家もお店を出し、とても賑わっていたといいます しかし、そんな夢のような花の世界を、突如おそろしい衰亡が見舞います それが、「プラムポックスウイルス」。ウメ輪紋ウイルスです プラムポックスウイルスはサクラ属の樹木に感染するウイルスで、これに感染すると、葉や花弁、外果皮に班紋が現れるとともに早期落果が起こり、収穫量が激減します。このため海外の農家では、プラム、モモ、スモモ、アンズ、ネクタリン、チェリーなどに甚大な被害が出ました 1915年にブルガリアで発見されて以来、世界中で発生が確認されるようになったプラムポックスウイルスが日本で初めて確認されたのは2009年のこと。それは、ここ青梅市の吉野梅郷でした その後、日本各地の梅の感染木を調べたところ、ウイルスのRNAの型に一致が見られました ここが、感染源だったのです プラムポックスウイルスはアブラムシなどに媒介される他、感染した苗木が流通することでも範囲を広げます。現在でも各都道府県で緊急防除措置の取られる感染症として対策が通達されています 今のところプラムポックスウイルスには、予防法や治療薬はありません。感染防止対策しかないのです。 感染防止対策とは、アブラムシの駆除、苗木、切り枝、切り花の持ち出し禁止措置、そして...... 感染した樹の伐採...... この光景をごらんください。かつてここには、森のような梅の園が広がっていたのです。 伐採されたその数は約1700本にもなり、伐採措置は民家の庭にある梅の木にまで及びました。 梅とともに歩んできた青梅の民にとっては、耐えがたい苦悶......断腸の思いであったでしょう しかし、ここからウイルスを広げるわけにはいかない。ここで封じ込めるしかない。まるでウイルスを道連れにするかのように、青梅の梅の木は、姿を消したのです。 梅の木を失った青梅市の損害は深刻でした。観光業は目玉の観光スポットを失い、農業・商業では梅の実が採れなくなったため梅干しや梅酒など梅製品の生産や販売ができず、人々は苦境に立たされました 再植樹しようにも、この地からプラムポックスウイルスが根絶されたと認められなければ、それもできないのです こうして、青梅市、吉野梅郷は、長い沈黙の時代を迎えたのです...... いいなと思ったら応援しよう! サポートしていただくと私の取材頻度が上がり、行動範囲が広がります!より多彩で精度の高いクリエイションができるようになります! チップで応援する この記事が参加している募集 #休日のすごし方 58,376件 #旅のフォトアルバム 47,750件 #写真 #花 #休日のすごし方 #旅のフォトアルバム #花写真 #梅 #梅の花 #青梅市 #梅花 #吉野梅郷 #梅香る南関東をゆく 14