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「衣服は身につけるだけのものではない」着るものまで奪われた女性たちから学んだこととは【アウシュヴィッツのお針子】ルーシー・アドリントン著 宇丹貴代実訳

「衣服は単に身につけるだけのものではない」
そう感じずにいられませんでした。

著者はルーシー・アドリントンです。
イギリス在住、服飾史を研究しています。
文献調査の過程で、アウシュヴィッツと高級サロンというミスマッチな組み合わせの事実を知りました。興味を持った著者は、当事者の証言や文書、アーカイブ調査をしました。

唯一の生存者であるミセス・コフート
(ブラーハ・コフート)に取材をしました。

「あと10年早く来るべきでした」と言われました。
他の当事者は既に亡くなっています。

※2021.2.14にミセス・コフート逝去。


・日本と変わらないプロパガンダ

女性がみずみずしく魅力的であることの目的はただひとつ。健康なアーリア人男性を惹きつけて、結婚し、赤ん坊を産むことだ。

アウシュヴィッツのお針子 p54

ナチス政権はパリの粋なスタイル、ハリウッド女優がドイツの女性を堕落させていると主張をしました。
この主張を見て感じたのは「当時の日本とあまり変わらない」ということです。
同時期の日本では「産めよ殖やせよ」政策でした。

遠く離れたドイツでも
あまり変わらなくて驚きました。

日本と違うのは、ファッション産業にイメージを形成する力があると認識していたことです。
被服産業の力を支配したがっていました。

この当時の日本といえば「贅沢は敵」ぐらいで、
当時の写真を見ると
モンペ姿や軍服を来てる人たちぐらいです。
政府や軍部の人間が高級な服装を身につけて
贅沢してる印象がありません。

・薄気味悪さがまとわりついた

まずはユダヤ人が経営してる会社を取り上げ、
徐々に家や土地、物品を奪いました。
強制収容所に入れられた後は言葉の通り、
着てる洋服まで奪われることになりました。

薄気味悪さを感じたのは、
ユダヤ人から奪ったものは
ドイツ人に還元されたことです。

その証拠にこんなことを言ってた人がいました。

ドイツ人のあいだでは、戦争に勝たないとまずいことになる、ユダヤ人が戻ってきて、持ち物を返せと言うからだとささやかれていた。

アウシュヴィッツのお針子 p112

個人差あれど、人様から奪ったもので生活していると自覚していた人もいたことが伺えました。

これは強制収容所でも反映されていて、
ナチ政権の幹部やその家族は、
信じられないほど贅沢な生活をしていました。

アウシュヴィッツの中に高級サロンができたのは、
当時の所長の妻であったヘートヴィヒ・ヘスの命令です。
ユダヤ人から奪った洋服で
贅沢三昧をする幹部の妻たちのために作りました。

「人様から奪ったもので贅沢三昧していて、
言いようのない気持ち悪さがまとわりついてくる」
というのが率直な感想です。

・いかに伝えるか知恵を絞る

アウシュビッツ収容所に入ってる人が
一時的に家族にハガキを出せました。

ただし、ナチ政権の検閲が入るので
収容所の過酷な生活については書けません。

そこでみんな知恵を絞って、
いかにして状況を伝えるかに腐心しました。

2人の女性が実際に書いた内容が公開されました。

・マルタ・フフス(ハンガリー出身)
「ミセス・ヴィジャーズを招待するように」
※ヴィジャーズはハンガリー語で「気をつけて」

・イレーネ・ライヒェンベルク(スロヴァキア出身)
「3人姉妹はお母さんと一緒にプリンチェキーという町を旅している」と父親へ送りました。
※母親は収容所に入れられる4年前の1938年死亡。
※プリンはスロヴァキア語で「ガス」 実際に妹はガス室に入れられました。

一見わからないけど、何とかして状況を伝えようとしてるのが伺えました。
このエピソードは他の書籍でも触れられてました。

ヨーロッパ中のユダヤ人がいて、
バラバラの言語だったから、
こういうことができたかもしれません。
日本みたいに単一の言語だったら難しそうです。

・感想

アウシュビッツ収容所でお針子になった彼女たちは、他の場所にいる人たちに比べて比較的恵まれていたようです。

生きるためとはいえ
自分たちと同じユダヤ人から奪った衣服で、
幹部の妻のために洋服を作ることに
葛藤があってもおかしくありません。

前項で出てきたマルタ・フフスは、
スロヴァキアの首都であるプラスチラヴァで
ファッションサロンを経営してました。
収容所内のサロンのリーダーは彼女です。

できるだけ多くの人が助かるように
引き入れていました。

収容所の人の粗末な服装と、
手入れされた衣服を身につける親衛隊。
支配者と非支配者の対比を見せつけられました。

ワンピースを手に入れてから、
尊厳が回復されたという一文に、
衣服の力を感じました。

たかが衣服、されど衣服。
快適に過ごすためだけでなく、
着ている人の尊厳にも関わることを実感しました。

以上、ちえでした。
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