世界に飯をおごり方
1話
「おじいちゃんは大きくなったら何になりたい?」
「世界に飯をおごりたい」
小さかった頃のぼくとおじいちゃんの何気ない会話を思い出した。
これは、その10年後のお話。
ある日、ぼくのふるさとで大きなニュースが流れた。とある銀行で、千円札をもってこい!ってナイフを持ったおじいちゃんがいたって。頭がおかしいからってこの国で有名になった。すごくすごく有名なったけど、ぼくのおじいちゃんもちろん刑務所入ったよ。
おじいちゃん刑務所暮らし慣れたころかな?
ぼくに一通のお手紙届いたよ。
世界に飯をおごり方 その1
わしはまず銀行強盗しようかの。
しかも千円札の銀行強盗はどうじゃ?
とてもユニークじゃろう?
そんでもってその犯人なんと老人じゃ!
こんなおもしろい大事件、わしは今頃この国で有名になったろう?
おじいちゃんとは縁を切ろう。
その時のぼくは本気で思った。
2話
ぼくが空っぽの毎日を過ごしたら、いつの間にか有名だったおじいちゃん、昔の話になったよ。
みんなもうおじいちゃんのこと忘れたかな?
そんなこと考え始めてからだね。
おじいちゃんまた大きな事件起こしたの。
ある日、おじいちゃん牢屋の中で倒れたんだって。
おまわりさんびっくりして病院に連れて行ったんだ。それで、お医者さんに診てもらったきり、
チクタクチクタク、チクタクチクタク。
あれ?おじいちゃん戻ってこない。
おまわりさん不思議に思って病院の中たくさん探したんだけど、おじいちゃんどこにもいなかったみたい。おじいちゃん刑務所から逃げたんだって。
この国はじめての、たった千円の銀行強盗、この国はじめての、おじいちゃんの脱獄劇。忘れられたおじいちゃん、また有名になったよ。
おじいちゃん、かくれんぼ暮らし慣れた頃かな?
ぼくに一通のお手紙届いたよ。
世界に飯をおごり方 その2
わしがすぐ忘れられるのは百も承知じゃ。
それなら千円札で銀行強盗したわしが、今度は脱獄してみてはどうだろう?これもまた実におもしろい。わしはまた有名になるじゃろう。
何がしたいかと?
教えてやろう、世界に飯をおごるのじゃ!
100回くらい考えた。おじいちゃんの世界に飯をおごり方。101回目くらいに、頭おかしいなって考えるのやめた。
3話
あれから何年か経った。ぼくも大人になったよ。
仕事もしてる。彼女はいたりいなかったり、あいもかわらず、空っぽな毎日を過ごしてます。
おじいちゃん?うん、捕まってないよ。多分どこかで元気にやってるんじゃないかな?謎だらけのおじいちゃんだけど、ある意味すごいおじいちゃんだったなって、今ではそう思うよ。
空っぽな毎日におじいちゃん探す日もあったけど、時間が経てば経つほどおじいちゃんから意識が遠ざかる自分がいる。それでいいんだ。おじいちゃんはいつもそう、忘れた頃にやってくるから。
ある日、ぼくの家におまわりさん来たよ。
あなたのおじいちゃんが見つかりました。天国でおじいちゃんを見つけました。
ずっと会ってなかったから、悲しみはあんまりなかったけど、あの時は心の中がもっと空っぽなったんだ。
最後におまわりさんぼくにお手紙くれたんだ。
うん、きっとそうだね。最後のお手紙かな。
天国に行ったおじいちゃん最後にまた有名なったよ。千円札で銀行強盗して刑務所から脱獄したおじいちゃん、天国で見つかりました。
たくさんテレビでやってたよ。
「世界に飯をおごりたい」
大きな夢を持った、とってもユニークなおじいちゃんの人生は、ここで終わったよ。
おわり。
あ、ごめん。おじいちゃんの人生はね?
ぼくのお話しはもう少し続くんだ。
おじいちゃんからのお手紙、こんなこと書いてあったよ。
世界に飯をおごり方 その3
「おじいちゃんは大きくなったら何になりたい?」
愛する孫が教えてくれました。
いつだって夢は叶うと。
今日はなんて悩みのない青空だろう。
太陽はこれでもかと照らしてくださる。
人生に悔いはない。わしの夢もまた実におもしろい。死ぬことで夢が叶うならば、わしはこの命いくらでも差し出すわい。
わしは死ぬ間際大きく笑って死ぬからのう。悲しむ必要などないぞ?
ほれ、こんなに快晴、素晴らしい青空、今日は死ぬにはもってこいの日和じゃ。
これがおじいちゃんからの最後のお手紙。何万回も考えたけど、おじいちゃんの世界に飯をおごり方、さっぱりわからないよ。
4話
最後のお手紙もらってから何年か経ったよ。
ある日、とある銀行がテレビでやってた。千円札と一緒にお手紙が置いてあったらしい。おじいちゃんかな?って思ったけど、おじいちゃんはもうこの世にいない。
世界に飯をおごり方 その4
私はここで銀行強盗をした。まず、その償いとしてここにお金をお返しします。
それとひとつ、頼んでも良いだろうか?
みなはもう私のことを知っておるだろう。
たった千円札で銀行強盗したのは、世間に私を知ってもらうために。
刑務所を脱獄したのも、世間が私のことを忘れてしまわぬように。
そして私は自ら命を捨てました。
人に物を頼むには、ましてや見知らぬ人の頼みを聞いてもらうには、それが大切なお金の頼みでは、命を捧げるくらいの覚悟が必要だと思うからです。
私から最後の願いです。少しでいい。ほんの少しの募金で良い。貧しい人々に、温かなご飯をおごってみませんか?
私の命をきっかけに、遠いどこかの貧しい国に、幸せをおごってみませんか?
どうか私の遺書があなた方の心に届くように。
おじいちゃんの遺書は国中に広まったよ。たくさんの人がおじいちゃんの覚悟に胸を打たれたって。たくさんの人が、募金活動をしよう言ってくれたよ。でもたくさんの人がこれはイタズラだって言ってたよ。たくさんの人が、罪を犯したから叶わない言ってたよ。たくさんの人が、おじいちゃんは悪人だと言ってたよ。
5話
時間が経つといつもそう。
こうして、またたくさんの人がおじいちゃんの想いを忘れていく。世間から忘れられた時、ぼくははじめておじいちゃんが死んだと実感したよ。
もう、おじいちゃんはこの世にいない。
いないのに、もういないのに、おじいちゃんはいっつもそう。忘れた頃にやってくる。
ぼくの家に一通のお手紙が届いた。
差出人が書いてないから、誰から来たのかすぐわかった。
世界に飯をおごり方 その5
先に言っておくがわしはしつこいぞ?
この悲しい国に理解してもらうには、何度死んでもしぶとく戦わねばならん。
何度でも伝えよう。少しの募金で良い。
貧しい人々に、温かなご飯をおごってみなさい。貧しい子供たちに笑顔を与え、生きる希望を与えなさい。
死んでもおじいちゃんらしいお手紙で嬉しかった。
おじいちゃん忘れたころにまたテレビに出て有名なったよ。国中おじいちゃんのことで大騒ぎだよ。
だって今度はたくさんの家にこのお手紙届いてたんだよ?この国の王様もびっくり。どう死んだらこんなことが出来るのか。
おじいちゃんの友達の仕業なら、おじいちゃんのわがまま付き合ってくれてありがとう。
ねえ、早くみんなで募金してご飯をおごろうよ。ぼくのおじいちゃん、いつ天国に行かせてくれるんだよ。
たくさんの人が募金をしようと言ってくれるのに、
たくさんの人がダメだと言う。
世間が守る法律とおじいちゃん、ぼくはどっちが正義かわからないよ。
6話
あれから、今の今までおじいちゃんの夢は叶ってない。でも、おじいちゃんの夢を叶えてくれそうな人ぼく見つけたよ。もう、空っぽな毎日とはおさらばさ。そうそう、おじいちゃんの夢叶ったら、ぼく彼女と結婚しよう思うんだ。世界に飯をおごれたら、おじいちゃんもやっと天国いけるからさ。
知ってる?去年は南の国、今年は北の国、おじいちゃんのお手紙、今度は海を越えて届いてるんだ。
どうやって届けるかって?
ぼくがおじいちゃんのお話を絵本にして届けるんだよ。
「おじいちゃんは大きくなったら何になりたい?」
ぼくの一言が動かした、おじいちゃんの夢だから。
世界に飯をおごり方 その6
世界に届け、ぼくとおじいちゃんの絵本。
貧しい人々よ、ぼくらがみんなで世界に飯をおごれる日を待っててください。
「おじいちゃんは大きくなったら何になりたい?」
「世界に飯をおごりたい」
「どうやって?」
「よく聞きなさい。こんな絵本を描いてみなさい」
小さかった頃のぼくとおじいちゃんの、
何気ない会話を思い出した。