【個人情報】GIGAスクール構想における教育データの帰属・管理主体など
本稿のねらい
筆者が調べたところ読売新聞のみが報じているが、2024年7月14日付けの読売新聞オンラインに次の2つの記事が掲載された(2つに分かれているが同じ題材である)(本事案)。
本事案の概要は次のとおり。
リクルートが学習用端末にインストールされたアプリ(スタディサプリ)を経由して小中学生の氏名や学習履歴等の個人情報を直接取得・管理
取得された個人情報の一部は、海外の事業者に委託されたり、一般向けに販売しているアプリの機能改善に活用されていた
スキームとしては、まずリクルートが小中学校の個人情報を取得し、次にリクルートから地方公共団体に当該個人情報が提供され、改めて地方公共団体からリクルートが個人情報の取扱いの委託を受けるというもの??
本事案は、いわゆるGIGAスクール構想におけるICT(*)教育環境整備の一環(**)で「1人1台」配布される学習者用端末を経由して収集される教育データは、一義的にどこに帰属し、どこが管理するべきか、という問題を提起している。
*Information & Communication Technology (情報通信技術)
**学校教育の情報化の推進に関する法律において、「学校教育の情報化」は、「学校の各教科等の指導等における情報通信技術の活用及び学校における情報教育(中略)の充実並びに学校事務(中略)における情報通信技術の活用をいう」とされている(同法第2条第2項)。
GIGAスクール構想における教育へのICT活用の過程で収集・取得される教育データは、[★本来であれば]学校の教職員が自ら収集・取得すべきデータであり、それをICTを活用して収集・取得しているに過ぎないと考えられ、公立学校であれば「行政文書等」であり「保有個人情報」(個人情報保護法第60条第1項)として、又は私立学校であれば「個人データ」(同法第16条第3項)として、学校を設置する主体(地方公共団体(*)又は私立学校法人等)(学校教育法第2条第1項)に帰属し(**)、かつ、当該学校設置主体が管理すべきであると思えるが、必ずしも自明ではない。
*なお、教育委員会が所管する公立学校については、当該学校を所管する教育委員会が、「地方公共団体の機関」(個人情報保護法第2条第11項第2号)に該当するとされているが(ガイドラインQA2-1-2(行政機関等編))、本論とは関係ないため踏み込まない。
**個人情報は本人に帰属するべきであるという主張やそういう思想での法体系も存在するところであるが、ここでは踏み込まない。
ここで真に問題となるのは、学校設置主体とICT教材等を提供するプロバイダー(ICT教材等提供プロバイダー)の契約関係であり、つまり学校設置主体がICT教材等提供プロバイダーに対し何らかの業務やそれに伴う保有個人情報又は個人データの取扱いの委託を行っているのか(委託契約があるのか)、又は学校設置主体がICT教材等提供プロバイダーのサービスを利用するだけなのか(利用契約があるのか)ではないか(*)。
*文部科学省「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン(令和6年1月)」においても「外部委託」と「SaaS 型パブリッククラウドサービスの利用」は区別されている。さらに、総務省「地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン(令和4年3月発表)」においても「業務委託」と「外部サービスの利用」は区別されている。
学校設置主体とICT教材等提供プロバイダーの契約関係が委託契約であれば、原則として学校設置主体が収集・取得する個人情報の利用目的の範囲内でのみICT教材等提供プロバイダーが当該個人情報又は保有個人情報を利用でき(個人情報保護法第18条第1項、同法第27条第5項第1号、同法第69条第1項)、ICT教材等提供プロバイダー独自のプライバシーポリシー上で定めている利用目的による利用はできない(ガイドラインQA7-37等参照)。
この場合、GIGAスクール構想における教育へのICT活用の過程で収集・取得される教育データは学校設置主体に帰属し、かつ、当該学校設置主体が管理すべきことになる。
他方、学校設置主体とICT教材等提供プロバイダーの契約関係が利用契約であれば、これが第三者のためにする契約(民法第537条)かどうかはともかく、学校設置主体が契約者、当該学校の教職員や児童生徒・保護者が利用者という関係になり、やり取りされる個人情報の利用目的はICT教材等提供プロバイダーが定めることになる。
この場合、GIGAスクール構想における教育へのICT活用の過程で収集・取得される教育データはICT教材等提供プロバイダーに(も)帰属し、かつ、当該ICT教材等提供プロバイダーが管理すべきことになる。
なお、この構図は必ずしも自明ではなく、利用契約だとしても、その契約の中で教育データの帰属が学校設置主体とされ、当該学校設置主体が教育データを管理すると定められる場合もあると思われるが、その場合、利用契約+教育データの提供契約となるのではないか(本事案でリクルートが採用したロジックはこれだろうか)。もちろん、教育データの提供契約については、個人本人の同意又は法定代理人等の同意が原則として必要となる(個人情報保護法第27条第1項)。
ここで一旦整理すると、本事案の論点は次のとおりとなる。
① 学校設置主体とICT教材等提供プロバイダーの契約内容
(1) 委託契約 or
(2) 利用契約
② 利用契約の場合
(1) 教育データの提供に伴う本人等の同意の有無
・代替困難なサービス利用に伴う事実上の提供強制性
・適正取得/不適正利用の論点(3年ごと見直し中間整理4-6頁)(*)
(2) 外国にある第三者への提供の有無とその適法性
(3) 目的外利用の有無
*下記意見はこの文脈で理解すべきだろう(なお、海外云々については地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン(令和4年3月発表)のことを言っているのなら理解できる)。
【文部科学省の考え方】委託契約?
この考えに基づけば、次のような意見は一定頷ける(海外委託云々はかなり違和感があるが)。
【ICT教材等提供プロバイダーの考え方】利用契約?
本稿は、文部科学省が公表している公的な文書、リクルート等ICT教材等提供プロバイダーの利用規約やプライバシーポリシーなどを参考にし、本事案を解きほぐしていくことを目的とする。
なお、GIGAスクール構想に関しては、別途利用目的の特定(個人情報保護法第61条第1項)がされていないケースもあるとのことで前途多難である。
①学校設置主体とICT教材等提供プロバイダーの契約内容
本事案について見てみると、利用されたのはおそらく「これからの社会に向けて学ぶ生徒と教育改革に向き合う先生をサポートするICT教育支援サービス」と銘打たれている、リクルートの「スタディサプリ 学校向けサービス」だと思われる。
とはいえ、「スタディサプリ」、「スタディサプリ ENGLISH」、「スタディサプリ進路」という3つのサービスのパッケージであると思われ(リクルートウェブサイト)、「スタディサプリ 学校向けサービス」という個別のサービスがあるわけではないと思われる(このウェブサイトの利用規約の改定履歴等から推測)。
そうすると、適用されるのは「スタディサプリ」の利用規約である。
スタディサプリ利用規約によれば、申込者と利用者が区別されており、前者が契約者で後者が実際にスタディサプリのサービスを利用する者である(第1章前文)。
そのうえで、スタディサプリ利用規約の重要なポイントを抜粋すると次のとおりであり、どう考えても単なる利用契約にしか見えず、委託契約ではない。
利用者が未成年の場合、スタディサプリを利用することや本規約の内容に同意することつき、親権者に事前に同意を得たうえで、スタディサプリの利用を行う(第2条第2項)
リクルートがスタディサプリで提示する、運用ルール・プライバシーポリシー・その他諸注意等が存在する場合、それらはそれぞれ利用規約の一部を構成する(同条第4項)
学校・学習塾・地方公共団体等が一括で申し込みを行った場合
リクルートと利用者が所属する学校・学習塾・地方公共団体等(学校等)との間で、利用者のスタディサプリの利用に関する契約(団体契約)が締結された場合、リクルートから学校等に対してユーザーアカウントが付与され、学校等からユーザーアカウントが利用者に付与される
利用者が団体契約に基づきコミュニケーション機能(学校等の教職員等との間で利用できる連絡・お知らせ・メッセージ等の通信機能)を利用する場合、リクルートは、その利用に関する情報について、利用規約に規定する範囲で取得し、利用することがあり、利用者はこれに同意する
なお、ベネッセコーポレーションが運営する「ミライシード」も「GIGAスクール1人1台環境に最適な「オールインワンソフト」」(ベネッセウェブサイト)と銘打たれており、この文脈に位置付けられるサービスだと思われるが、ミライシード利用規約を見る限り、スタディサプリ同様、単なる利用契約であり委託契約ではないようだが、次の点が気になる(論理的な整合性がよくわからない)。
あたかも、契約者に利用者の個人情報や学習履歴等が帰属し、それをベネッセが管理・保管しているような建付けになっている。他の条項には、利用者の個人情報や学習履歴等をベネッセが管理・保管する旨の定めはないが、このミライシード利用規約第10条から、保有個人情報又は個人データの管理・保管に関する委託契約があると考えることになるのだろうか。。(ちなみに、ベネッセのプライバシーポリシーには第三者提供を可能にする定めはない。)
文部科学省は、SaaS提供事業者(本稿でICT教材等提供プロバイダーと呼んでいる事業者)に対し「児童生徒を本人とする個人情報の取扱いを委託する」場面があると理解しているようだが、上記ベネッセのケースはかなり違和感があり、一般的ではないように思われる。
②利用契約の場合
(1) 教育データの提供に伴う本人等の同意の有無
読売新聞オンラインの記事では、何度か「プライバシーポリシーへの同意」とか「プライバシーポリシーに同意」とか出てくるが、あまり厳密ではない。事業者側から「プライバシーポリシーに同意する」というチェックボックスが設けられているケースが多いことから誤解も多いが、プライバシーポリシーは同意されるものではない。
ここで問われるのは、リクルートから学校設置主体へのスタディサプリ上の児童生徒・保護者に関する教育データの提供につき、本人や保護者の同意があったのかどうかである。
リクルートのプライバシーポリシーには次のとおり、第三者提供に関する記載があり、この内容に同意して利用を開始したのであれば、確かに第三者提供に関する同意があったと考えられる。
なお、リクルートから学校設置主体への教育データの提供は、学校設置主体からリクルートへの保有個人情報又は個人データの取扱いの委託があり、それに基づく提供であるから、本人等の同意は不要であると考える人もいるかもしれないが、それは不可である。なぜならば、この文脈でやり取りされる保有個人情報又は個人データは、本来学校設置主体に帰属するものではなく、当該学校設置主体がその取扱いを委託する権限をもたず、仮にこれができるとすれば、第三者提供の潜脱となるためである(ガイドラインQA7-41等参照)。
仮に形式的には本人等による第三者提供への同意があるとしても、上記事実上の提供強制であり真意性を欠く又は適正取得ではないとして同意が否定されるような場合はどうか。⇛この点は考えがまとまっていない
・代替困難なサービス利用に伴う事実上の提供強制性
・適正取得/不適正利用の論点(3年ごと見直し中間整理4-6頁)
【参考】GDPRにおける法的根拠(同意含む)について触れた記事
(2) 外国にある第三者への提供の有無とその適法性
外国にある第三者に個人データを提供する場合、原則として、あらかじめ外国にある第三者への個人データの提供を認める旨の本人等の同意を得る必要がある(個人情報保護法28条1項前段)。なお、国内にある第三者への提供とは異なり、委託や共同利用により提供する場合、その提供先も原則として「第三者」に該当し得る(同条項後段)。
本人等から同意を得る場合、提供先の外国の名称、当該外国の個人情報保護法制に関する情報、当該提供先が講ずる個人情報保護措置に関する情報を本人に提供しなければならない(個人情報保護法施行規則17条2項)。
本人等の同意を得ずに外国の第三者に提供できるのは次の3つの例外に該当する場合である(個人情報保護法28条1項前段)。ただし、これらの場合でも国内にある第三者への提供に関するルール(同法27条)に従う必要がある。
①いわゆる十分性認定国にある第三者への提供
我が国と同等の水準にあると認められる個人情報保護制度を有している国として規則で定める国(現時点ではEEA加盟国・英国〔平成31年告示〕)にある場合、「外国」にある第三者に該当しないことになる。
②基準適合体制を整備している第三者への提供
我が国の個人情報取扱事業者が講ずべき措置に相当する措置を継続的に講ずるために必要な体制として個人情報保護法施行規則16条で定める基準に適合する体制を整備している場合、外国にある「第三者」に該当しないことになる。(基準適合体制の詳細についてはガイドライン外国にある第三者への提供編を参照のこと)
③個人情報保護法27条1項各号に該当する場合の第三者への提供
読売新聞オンラインの記事によれば、「リクルートは、取得した子供の個人データの保管や処理などを、欧米やイスラエルなど計13か国・地域のいずれかの事業者などに委託している」とのことであり、リクルートプライバシーポリシー「6. 外国にある第三者への個人情報の提供」の「個人情報取扱業務を外部委託する場合」を参照すると、基準適合体制により規制をクリアしているようである。
なお、ベネッセは「ミライシードの利用者の個人データについては、全て日本国内のサーバに保管されます」と定めているが(ミライシード利用規約第11条第1項)、サーバが日本国内にあっても、それを運営している事業者が「外国にある第三者」である場合は個人情報保護法第28条の規制に服することになり得る点に注意が必要である(ガイドライン外国にある第三者への提供編2-2、ガイドラインQA12−4)。
【参考】総務省「地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」における留意点
業務委託
外部サービス利用
(3) 目的外利用の有無
仮に学校設置主体からICT教材等提供プロバイダーへの保有個人情報又は個人データの取扱いの委託があるケースであれば、下記のとおり、マーケティング等当該ICT教材等提供プロバイダー独自の利用目的で教育データを利用できないのは当然のことである。
他方、少なくともリクルートのスタディサプリ利用規約においては、学校設置主体からリクルートに対して教育データの取扱いの委託はされておらず、上記は当てはまらない。
なお、リクルートプライバシーポリシーにおいては、下記のとおり、「ユーザーの学習補助・学習支援のために必要な範囲でのみユーザーの個人情報を利用し、第三者に提供」とあり、仮に委託構成だとしても特段問題ない範囲だと思われる。
以上