エッセイ「夢」~北海道の鉄道を甦らせるために発想を変えて考える〜
この正月に夢を見た。夢の中で、私はどこか知らない駅の改札口にいた。
そんなに大きくはない駅だが、多くの乗客が近くにある自動改札機を次々と通り過ぎて行く。その駅の情景はごくありふれたものだったが、私がこれまで見たものとは何かが違う様に映った。それが何か最初は分からなかったが、しばらくするとその違いにやっと気づいた。
切符の券売機が近くに見当たらない。駅へ来た人は皆、真直ぐに改札口へと向かって行く。これだけ多くの人が利用する駅であれば券売機の二、三台があっても良さそうなものである。そして行き先までの料金を示した料金表の掲示がないことにも気づく。「いったい切符はどこで買うのだろう?」と周囲を見回してみたが、切符を買おうとする人も見当たらず、再び改札を見ていると、全ての人がどうも定期を利用して改札を通っていることが理解できた。
みどりの窓口に入ると、発券ブースの上方に小さく書かれた「切符」の文字を見つけることが出来た。どうやら切符は主要な商品ではないらしい。私はどうすれば良いのか、あても無いまま、「あの〜、切符はここで買えるのですか?」と窓口の女性に尋ねると、女性は「えっ、切符ですか?」と少し驚いたあと「えぇ、お出しすることは出来ますけど」と落ち着きを取戻してから答えた。そして「ですけど、会員定期の方がお得だと思いますが……」と何やら引出しから使い古したパンフレットを取り出して説明を始めた。
それは、「フリーダムパスポート(自由の定期)会員募集」と大きく書かれた宣伝用パンフであった。「切符を買われるのであれば、こちらの会員になることをお勧めいたしますが」と女性はにこやかな笑顔で「鉄道会員」になる利点を説明し始めた。
その会員制度では、入会金と年会費を支払えば、その鉄道の全路線に一年を通して乗ることが出来るというものであった。切符に比べ若干は割高ではあるけど、回数制限も無く自由に列車に乗れるため、鉄道利用者のほとんどが入会するのだという。この制度が施行されてから十年程が経つが、最近では切符を購入する人がほとんどいないため券売機も撤去されたのだと言う。窓口の脇にあるのは指定席の自動予約機そして発券機だけである。
「へぇ、そうなのか」と感心し、女性係員が説明を丁寧にしてくれるので、その後も何やら質問を続けてすることになり、ここまでに至る経過を教えてもらうことになった。
夢の中の話ではあるが、ここでも地球温暖化による気候変動が深刻な状況となり、エネルギー効率の高い輸送手段である鉄道に対しての期待が高まり、新たな鉄道利用が模索されたと言う。当時の鉄道は地方ローカル線の多くが廃線の危機にあったこともあり、従来の運賃制度を改め新しい発想を取り入れて検討が行われたそうだ。
その結果、多くの地方鉄道が提携あるいは合併し、鉄道の広いネットワークを活かせる鉄道の会員制度を採用したということであった。会員になってくれたお客様は一年または数年設定の更新で、その間鉄道を全線にわたり自由に利用できる。会員には本人の顔写真のついた定期券「フリーダムパスポート」が支給され、みなそれを利用しているのである。なお会員費は列車利用の「頻度」と「時間帯」により異なっていて、利用者は自分が鉄道を利用状況に合わせて好きなプランを選ぶしくみとなっているとのことであった。
話の終わりに、女性職員は定このパスポートのことを知らないことを不思議に思ったのか「お客さまの住むところでは、まだ切符を利用されているのですか?」と逆に尋ねられる羽目に陥ってしまった。今やこの鉄道会員制度は常識らしい。
当然、ここまで辿りつくには国内で大激論がかわされたという。国土交通省と各鉄道会社により制度の可能性を技術的な面、安全面について慎重な検討がなされた末に実現に踏みきったのだという。なお、当時は進捗が思わしくなかった脱炭素社会への取組みに業を煮やしていた環境省も鉄道改革に参加したことが追い風になったともいう。この鉄道の改革は「国鉄改革に次ぐ第二の改革が起こった」ということで、当時は社会的にとても大きな反響を呼んだそうだ。
「私のところでは、まだ……」と返答に戸惑う。自分が鉄道関係の会社に勤めていることは相手に話さずに、北海道の鉄道について少し考えてみる。
現在、北海道だけでなく日本の各地で地方鉄道の多くは自動車普及のために経営がひっ迫している。各地で廃線やバス路線への転換が進んでいる。移動に関する自動車の利便性は圧倒的に優位であり、鉄道衰退の主な原因となっている。しかもコストにおいても自動車の方が安価で移動できる場面がほとんどだ。家族を持つとなおさらとなる。利便性もコスト面でも不利なままでは、いくら地球環境に良いからといって鉄道へのシフトは難しい。
切符を主とする運賃制度は自動車の無かった時代に作られた。夢の中では切符ではなく鉄道会員費で収入を稼いでいるようだった。全路線が乗り放題って言ってたが、よく考えたら今流行りの「サブスク」販売と同様かと気づく。
鉄道事業の経営において、その支出における変動費と固定費において、人件費、施設の保守費等の固定費の占める割合が高いこと、また鉄道というものが大量輸送機関という特徴を持つこと。この二つの特性を考えて、鉄道事業をサブスク的に見直すことは有意義な検討だと思う。具体的には収入を会員費で集め、その会員を鉄道に乗り放題にするというのは確かに面白い。北海道の人口が約五三〇万人。仮に「北海道の全路線の列車に一年間自由に乗れる定期」という商品はいったい北海道に住む人々はどれくらいの金額で欲しいと考えるだろうか。
現在、北海道における鉄道事業に必要な経費は在来線の場合、およそ1,100億円。単純に全道民の人数で割ればひとりあたり年間二万円の出費で必要経費に達する。当然、実現するためには細かい会員設定は必要だが、通勤定期のように決まった区間ではなく全路線に乗れるということには、とても魅力を感じるはずだ。また、切符に代わって北海道全線の定期券を利用すれば、いちいち切符を買う手間も必要も無いし、乗車距離により運賃が高くなる恐れもない。線区と時間帯で、利用者が増えて座席に座れない問題は起こってくるかもしれないが、短い時間であれば立ってでも安く乗りたい人はいるはずだ。長時間の利用する場合は指定券を別途購入すればよい。今の切符より使い勝手が良くなる場面は大いに想像される。
なお、最悪の場合は車両を増結することで緩和は出来る。「列」を為す「車」と書いて列車である。
また鉄道会社にもメリットは多い。複雑な制度の切符を販売そして改札する手間は減る。そしてなにより会員募集というスタイルを採れば、増収作戦として社員が積極に販売することが可能となる。お客様が駅に来るまで待つことは無い。会員費は純収入に直結するので営業努力は明確に表れる。義理と人情を使ってでも、会員を増やすように励めば良い。もちろん会員に加入したひとは元を取るためにたくさん列車に乗ろうとするだろうから、どちらにも利点が出てくる。列車の利用者は必ず増えるはずだ。
列車を利用する人が少ない地方路線も、全体で考えると維持できる、いや今から観光路線として発展できる可能性も見えてくる。昔からピンチはチャンスと言われるが、コロナ禍で大ピンチの今が大チャンスになれば良い。
夢はまだ続いている。結局、私は窓口の女性から説得され、パスポートを購入することになった。改札を通るとホームには特急列車が停まっている。十両編成ということに驚かされる。ここは間違いなく地方ローカル線である。「FREE(自由)」と掲示がある車両に乗り込んだが、イメージしていた特急と違い、通勤電車のようなロングシートの車両である。「これが特急の座席か?」と、違った意味で驚かされたが、可能な限り多くの乗客を乗せるように設定された車両であり、この自由席では特急券も必要ない。自由席ではあるが、小奇麗な車内であり意外と不満の感情は湧いてこない。隣の車両についても覗きたくなって先頭へと歩いていくと、五つほどのFREE車両の次に「CHAT(おしゃべり)」とかかれた四人がけの座席が現れた。ここは、あえて対面シートとし列車旅行の醍醐味でもある会話を楽しむために設けてあるそうだ。話好きで社交性のある人や、子供連れの家族が賑やかにおしゃべりをしている。ここは、別途指定券が必要だそうだ。
更に先に進むと、違う指定席で、休息をとりたいビジネスマンのための「SILENT(休息)」と書かれた静かな部屋があった。リクライニングが大きく、座席では十五型の液晶テレビを観たり、パソコンも使用できる。とても落ち着いた内装である。更に進むと「EXECTIVE(豪華)」と書かれた車両まであった。が、ここは中に入れず外からも遮蔽ガラスになっているため中が見えなかった。隙間から少しバーカウンターのようなものが見え、その奥の壁の棚には洋酒がずらりと並んでいる。察するに指定料金はかなり高いものとなるだろう。
やがて列車は静かに発車した。私は「FREE」車両に急いで戻った。乗客は多く、既に座席は無くなっていたため吊り革に掴まり車窓を眺めていると、車内アナウンスを終えた車掌が車内改札にやって来た。
「失礼します。パスポートを拝見させて頂きます。」と一礼をした後に客車の端の方から、定期の確認を行い始めた。「車内改札だけはこの世界も一緒だな」とあきらめて、ポケットの中を先ほど手に入れたパスポートを探し始めた。
ところが、車掌は乗客のうちのわずか数人しか、改札を行わない。どうもいいかげんだ。これでは不公平が生じる。私の傍も通り過ぎようとしたので、「あの〜、定期は見せなくていいんですか?」と尋ねると、その車掌は「ええ、あなた御自身のものでしょう?」と返答し、「私たちはお客さまのうち、数名の方確認させて頂くだけで十分ですから」と答えた。
「どうしてですか?」と私が尋ねーると、ここでも私が何も知らないことに少し驚いたように「我々は、お客さまのパスの期限と顔写真をランダムに確認させていただきます。もし、仮に不正に使用されていた場合は、ペナルティを課させて頂きます。そのことで、会員の皆様の不正な使用を防止出来ます。ペナルティはご存知ですよね?」
その車掌の毅然とした問いかけに少し緊張したが、理解できていないことを正直に打明け、どのようなものかを説明してもらった。そしてその後には「よく考えたものだ」と感心させられることになった。
それはこのようなものだ。全線利用が出来る定期が全てになれば、お客さまの着発駅は改札としては問題では無くなる。期限と本人使用の確認のみが問題となってくるが、仮に知人のパスを悪用し、万が一改札で発覚した場合は、不正使用した本人だけでなく、パスを貸した側にも重い罰則を与える。ペナルティは主に罰金と会員権剥脱で、その後も十年間は鉄道の会員にはなれないのだそうだ。みな罰金より、この会員になれなくなることを皆恐れるそうで、いくら車内改札の頻度がごくわずかでも、「もしも」のことを考えると、効果が十分あるのだそうだ。それほど、皆鉄道会員になる恩恵を受けていることなのであろう。これでは、軽い気持ちで友人に「会員パスを貸してくれ」と頼むわけにもいかない。
このことは、当然入会時には必ずくどいほど説明があり、会員にはあたりまえの知識となっているらしい。私が久しぶりの新規の入会だったので窓口の女性が説明を忘れたのか、私が制度や金額ばかり気にして聞き忘れていたのか。はたまた少し好みのタイプだったので見惚れていたのだろうか。
車掌の話では、この制度のおかげで切符の時代に比べて車内改札業務がとても楽になり、車掌本来の安全確認業務に専念できるようになったらしい。ベテランのように見えるその車掌は言った。「寝ているお客さまを起こす必要もなくなったのが嬉しいです」と。
鉄道は更に未来へと走り続ける。
乗り放題となった鉄道の利用者は通勤、通学の利用以外にも会員費の元を取るために、休みにも鉄道を利用して出掛けるようになった。特に主婦や学生達で自動車の免許を持たない人たちは、パスを持つ友人たちを誘って鉄道で買い物や遊びに出掛けるようになった。駅から近いショッピングセンターや商業地は賑わいをみせる。
逆に都市の人々は、それまで車でしか行かなかった地方観光地へローカル線に乗ることを楽しみに利用し始める。特に地方駅から各名所地へのウォーキングも賑わいをみせる。
また、鉄道を利用する人が増えると、自然とそれぞれの駅前にみやげ物屋や飲食店が増えてくる。駅前は賑わいを取戻し、商店街も少しずつではあるが活気づいている。また、切符の代わりにパスを用いることで鉄道は途中下車が自由にできるようになり、今まで駅前が寂しかった駅においても、列車の利用者を何とか降ろそうと、各自治体はそれぞれ懸命に策を練り始める。駅舎や駅前の整備を図り、観光スポットまでのアクセスを整備する。各鉄道会社と協力して駅前で朝市を開くところも出てきた。地元でとれた新鮮な野菜や魚などを駅前で安く売るこの市場は、駐車場も不要であり人々の新しい楽しみとなった。ある自治体は会員に郵送される会員誌やSNS上で朝市の開催予定日を情報として告知したところ、近くの会員が押し寄せて今までにない活況振りを見せたそうだ。新たな観光産業が日本の景気に明るい日差しを投げかけている。
駅から足を伸ばしたい人のために、地方のバス路線も進化を遂げた。バスやタクシーなどの交通機関にも料金制度も変わり始める。お得な一日チケットが増えているようだ。レンタカーも画一的な料金が崩れ、車の形式が少し古いものであれば一日千円で借りれる店も出てきた。ゴールドカードの免許であれば保険料の関係で更に安くする傾向もある。
鉄道が大動脈の役割を果たすことにより、周辺の交通機関にも人が流れ出している。
ビジネスにおいて「お客様満足をいかに達成するか」が重要なのはいつの時代も変わらない。百人のお客様がいれば、百のニーズがあるわけで、それだけのものを商品として備えておく必要が出てくる。未来の鉄道は格安に利用できる車両から、豪華な車両までを揃えてお客さまに提供することで新たな発展をしている。過去において喫煙か禁煙、自由か指定という棲み分けだけでなく、列車に乗る目的ごとに分けがされていて、みながそれを場面に応じて使い分けて楽しんでいることが良くわかる。
国内の全輸送量のうち、鉄道が担っている割合はそれまで五%程度であったが、最近では倍近くになったそうだ。そのことで地球の環境問題悪化に対して歯止めになっているかは不明だが、自動車からのシフトが起こったのは間違いない。
飛行機は長距離、鉄道が中長距離、そして自動車を近距離の移動に用いるという乗り物の特性を活かした総合交通体系が少しずつ出来始めている。もちろん自動車はハイブリッド、電気自動車そして水素利用の燃料電池車である。カーシェアリングも少しずつ増えている。大きな意味で、乗り物が「競争の時代」から「共生の時代」を迎えたということだろう。この日本の交通革命は海外への良き見本となっていきそうだ。
夢から覚めた後も私は新しい鉄道を考えるようになった。夢には眠っている間に「見る夢」と、自分で考え「描く夢」があると思う。新しい鉄道の夢はどこからが見て、どこからが描いたものかは解らなくなった。「夢は叶えることよりも、諦めることの方が難しい」とも言われるが、この夢を見た私は、夢を叶えてみたいと思うようになっている。いわゆる「Dreams come true!」の心境である。
夢にみた鉄道は現状のものとは大きく異なるが、今後の日本そして地球にとってエコな交通機関である鉄道の役割が見直されることを強く願っている。そして今、多くの人が鉄道のあり方について真剣に考え議論を交わしてもらいたいと思う。