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小説「龍馬がやってきた~僕の鉄道維新物語⑧最終回~」

8 もうひとつの未来


「ここ高松駅ではカーゴステーションの使用開始の式典のために多くの関係者が集まって来ています。国土運輸大臣によるテープカットはこの後十一時から行われる予定です。また、時間が来たら現場から中継します」

 全国ネットの朝のニュースで貨物鉄道会社が新設した貨物ヤードの話題が流れている。
「さて、スタジオには元国土運輸大臣の勝信太郎さんを解説にお呼びしています。勝さんは大臣の時代にこのカーゴステーションの普及に尽力されたことで有名ですが、今日やっと実現する四国初めての施設については感慨深いでしょうね」
「そうですね。これは貨物鉄道が長年求めていた姿で、これで四国内でのトラック輸送のあり方がガラッと変わると言われています」
「それは凄いですね。早速ですが勝さん、このカーゴステーションとはどのようなものか、そしてトラック輸送はどのように変わるかを教えてもらえますか?」

「はい、トラックを主体とした物流の課題はトラックから出される二酸化炭素の排出量を減らすこと、そしてドライバーの労働条件の改善でした。この物流システムはトラックをまるごと貨物鉄道の専用台車に乗せる……そう、旅客が列車に乗り降りするように、貨物ホームで縦列駐車をする要領で自由に積み下ろしが出来るのです。発着駅で積まれたトラックを、到着駅で次のドライバーが待てば良いのです」

「それはとても便利そうですね」
「ええ、トラック自体の走行距離を少なく出来て、ドライバーの確保が改善されるということで、世界的にも貨物輸送の革命になると言われています」
「ここで単純に思う疑問なんですが、この狭い日本でそれだけの広い土地、そして貨物専用線を敷く用地をどのように確保したのですか?」
「はい、これはあまり知られてないので驚かれるかもしれませんが、明治維新の功労者である坂本龍馬のおかげなのです」

「えっ、あの坂本龍馬ですか?」
「はい。これはあくまでも個人的な意見ですが、日本の鉄道建設は全て坂本龍馬が考え、そして龍馬の死後にその時代ごとの政治家、鉄道技術者が龍馬の意志を受け継いで実現したものと考えています」
「えっ? どういうことですか?」
「あなたは坂本龍馬が幕末に記した『船中十策』というのをご存知ですか?」
「あ、はい。歴史の授業で明治維新のことを習った時に、その単語は聞いたことがあるんですが、詳しい内容までは……、でも確か正確には『船中八策』ではなかったですかね? すいません、不勉強で」

「いえ、おっしゃる通りです。船中八策、船中十策、解釈によりふた通りの捉え方があります。これらは坂本龍馬が洋上で後藤象二郎に口頭で新政府のあり方を提示したものを、後に海援隊士が書き留めたものなんですが、明治維新における政策が挙げられていて、坂本龍馬がいかに先見の明に秀でた人物だったかが分かります。

「具体的にはどのようなことが書いてあったんですか?」
「はい、船中八策には大政奉還や議会政治や人材の登用、憲法の制定など政治的な考え方や海軍や警察のことなどの考え方が書かれていて、そのほとんどが今の政治そして経済につながっているとも考えられます」
「確かに……、でも鉄道については特に触れられていないようですが?」
「はい、政治経済に関する項目は、今あげた八項目までで船中八策と呼ばれています。ですが、実は……」

「実は?」
「この船中八策の書状には、龍馬が直筆で記した鉄道に関する裏書きがあるのです」
「直筆の裏書きですか?」
「ええ、坂本龍馬の筆跡は姉の乙女への手紙が数多く残っており、鑑定でも龍馬のものであることは間違いないと確認されています」
「先程、船中八策は海援隊の隊士が書いたと言われましたが、船中十策は坂本龍馬自らが後から追記したということですか?」
「はい、そうです」
「でも坂本龍馬が生きた時代にはまだ日本には鉄道は無かったのではないでしょうか?」

「そうなんです。そこが不思議なミステリーとも言われているのですが、日本に鉄道が初めて走ったのが明治五年、西暦で言えば一八七二年ですから、龍馬は既に亡くなっています」
「では龍馬はどのようにして鉄道に対する知識をもっていたのでしょうか?」
「確かに坂本龍馬は河田小竜に教えを乞うたり、長崎で外国人との交流の中で鉄道のことを聞いて知っていたのかもしれませんね。はたまたジョン万次郎であったかもしれません」
「可能性は大いにあったということでしょうか?」
「そうです。坂本龍馬は好奇心が旺盛なこと、そして想像力に富んだ人物であったようです。きっと人から聞いた鉄道のことを熱心に聞いて、それから未来の鉄道を想像して記したと思われます」

「実際にはどのようなことが書かれていたのですか?」
「はい。裏書にはこのように書いてあります。二項とも鉄道に関することです」

九、鉄道を国家の体軸とし、世の交通を結ぶこと。高速鉄道、普通鉄道及び貨物鉄道を連結し、小交通は鉄道駅に連結せしむ事。後の気候変動を考慮し小交通の利用を慎む事。これ絶対守るべし。
十、鉄道網の完成に際しては、全国一律額の利用制度を考案し、
人口の少ない地方鉄道の利用促進を図る事。

「表の八項と同様に、この裏書きについても明治政府は重要視して後の方針として実行したんですね。つまり、九項が旅客の新幹線、在来線を移動媒体の主軸とすること。自動車の利用は極力抑制するように謳ってあるのです。そのための用地を当時から残してあったことが今日のカーゴステーションの設置に繋がるのです」

「それは凄いですね。そして気候変動とありますが、これは今日の地球温暖化のことと考えて良いのでしょうか?」
「そうとれると思いますね。地球環境のために鉄道を最優先して考えているんですね。更に十項もすごい。都市と地方ではどうしても人口密度に差が出てきます。そのために地方では鉄道の利用者が少なく経営が成り立たなくなるのが諸外国での常識なんです」

「アメリカは今、廃線となった線路を再び敷いてますね」
「そうです。アメリカは典型的な車社会であったんですけど、そのために廃線となった鉄道網を元に戻すのに必死です」
「それに対して日本では……」
「日本では昭和六十二年に国鉄の民営化時を鉄道網の完成と捉え、会員制度による全国一律料金を適用しました。このことで地方鉄道の存続が可能、いや逆に栄えていると思うのです。会員パスによる鉄道は途中下車が可能で、各自治体が自分の駅舎及び駅周辺整備に熱心でした。朝市やイベントを開催して鉄道の観光客を呼び込んだんですね」

「確かにヨーロッパで主流を占める『上下分離方式』とも違いますね」
「そうです。鉄道輸送は安全とか時間に正確とかありますが、一番の特徴は一度に大量の乗降客を少ないエネルギーで運べる事です。日本の鉄道の乗降客は世界の中でも断トツに多いんです。この特徴を活かすことが鉄道に一番重要だと分かっていたんでしょうね。そして二十一世紀になって、地球温暖化の問題に直面している今、その効果が発揮されているわけです」

「地球環境に関する日本の取り組みでは、必ず鉄道輸送の話題が取り上げられていますよね」
「はい、経済大国の中でも交通分野における二酸化炭素排出量については全世界の中で最も少なくなっていて、これらの交通体系の礎を考えた坂本龍馬の偉業だと思います」

 元大臣の勝は坂本龍馬の功績を、まるで自分の弟子のことのように誇らしげに自慢した。

エピローグ


 寝室で着替えてネクタイを締めながらリビングに戻った僕に、朝食の支度をしながら朝のニュースで貨物鉄道に関する特集を見ていた妻が話しかけてきた。
「ねえ、あなた。今、今日の貨物鉄道のニュースをやってたわよ。坂本龍馬の鉄道に対する先見の明ってすごいのね。鉄道にとっては神様みたいな人なのね」
「そうだろ。僕も明治維新のことで龍馬さんに興味をもったんだけど、鉄道に対しての預言みたいに裏書きを書いていたって知ったときは、もっと驚いたよ」
「そうだったのね。私も少しだけ坂本龍馬に興味が出て来たわ」

「そうだろ。なぁ、加奈子も今度の日曜日、桂浜の新しい龍馬像を見に行こうよ。あそこの高台の龍馬像が盗まれてから、再建の運動が始まってやっと建てられたんだよ。五年ぶりなんだよ」
「え~っ、私はまだいいわ。佐奈子のお世話もあるし。申し訳ないけど、あなたの龍馬かぶれにはまだ追いつかないわ。あなただって、ひとりで龍馬像と向き合っていたいでしょ。私たちがいたらきっと邪魔になるわよ」
「う~ん、そう言われると何も言えないか。でもいつかは一緒に行こうよ」
「わかりました。ほらほら、いつまでもテレビ見ていないで。早くしないと遅刻するわよ。今日は九州の南郷さんとかが集まる会議じゃなかった?」

「ああ、今度はGPS制御による列車運行システムのキックオフ会議だ。このシステムが完成すれば列車の運行を軌道短絡に頼らなくて良くなる。もっと列車のダイヤを増やせる可能性があるんだ。これで都市部の列車も乗り放題の区間に追加できるかもしれない。考えただけでもわくわくするよ」
「いいわね、あなたは……楽しそうで」
「これも龍馬さんのおかげだよ」
「はいはい。解りましたよ。あ、それと私も来週からは育休があけて、また出社するのよ。忘れてないでしょうね?」
「もちろんだよ。また二人で一緒に仕事できたらいいね」
「その時はお手やわらにお願いしますね。課長殿」

「じゃ、いってらっしゃい。ここでごめんなさいね。ほら、佐奈ちゃんのお父さんが行ってきますって……早く帰って来てほしいでちゅね」
僕は妻とまだ歩行器を使って歩く練習をしている娘のらなに軽くキスをして家を出た。
                *

 ニュース番組の特集では、まだ貨物鉄道の特集が続いている。
「・・・実は、船中十策については、それ以上のミステリーがあってですね、これも歴史研究における大きな謎とされています」
「どのような謎ですか?」
「はい、先ほどの九項、十項の後にですが、これも龍馬の直筆で御礼の文が書かれていてですね」
「礼文ですか」
「『これらのことを教えてくれた岡田君に感謝致し候』とね」
「岡田・・・君ですか?」
「はい」
「いったい、岡田君とは誰のことを指しているのですか?」
「それが、暗殺事件よりも謎なのです」
「はぁ、あくまでも英雄らしい坂本龍馬ならではの話ですね」
「えぇ、坂本龍馬の周辺の人物で岡田とつく名前の有名な人物は幼馴染でもあった”岡田以蔵”です。同じ土佐出身の岡田は武市半平太の勤王党の活動を手伝い、特に京都において幕府側の藩士を多数殺して人斬り以蔵と恐れられた人物です。元は貧しい地区の出身のため、土佐では龍馬のような郷士よりも虐げられた暮らしをしていました。龍馬とは幼少期の幼馴染だったということですが、優しい龍馬をしたっていたようです」

「えっ? 先ほどの裏書きにあった岡田君というのは、その人斬りの岡田以蔵ということなんですか?」
「そこが全くの謎なんです。岡田以蔵は龍馬に頼まれて勝海舟の用心棒をしていた時期もあるので、その時に色々と話を聞いていることもかんがえられるのです」
「これは面白い話ですね。明治維新の功労者の坂本龍馬、しかしその龍馬に鉄道の重要性を教えた岡田君という人物。そういうことですね」

 その話題をしっかり聞いた加奈子は幼い娘に話しかける。
「へぇ、あの人が大好きな坂本龍馬に謎の恩師がいるなんてね。さすがにこのことは知らないかもね。これは龍馬クイズに出せそうだわ。フフ……」
 娘は加奈子が嬉しそうな顔をしているのを不思議そうに見上げている。
「あれ? 確かあの人の宝物箱に骨董品の刀と銃があったけど、もしかして、岡田君ってお父さんのことじゃないよね?」
 歩行器の中でカラカラとなるおもちゃを振って無邪気に遊んでいる娘に話しかける。
「そんなことあり得ないでちゅね〜。お父さんは単なる龍馬マニアさんですからね。らなちゃんは大きくなったら絶対土佐以外の彼氏を見つけてくださいね~。おねがいでちゅよ〜」
 そう言って加奈子はベビーフードを娘の口に運ぶのであった。

               完

長編の小説でしたが、最後まで読んで頂いてありがとうございました。

 ②章で出題したクイズの正解です。
 先入観で9つの点で出来た正方形内の範囲で考えても出口はありませ
 ん。何事にも発想の枠を取り払って考えることが必要だと思っていま
 す。


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