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ゆか先生の「指導力」
タカコちゃんが立ち上がり、ゆか先生に見せに行った。表情が冴えない。神妙な感じだ。
「白い地面だったの?」
ゆか先生は、タカコちゃんの顔も見ずに言った。発せられたのはこの一言だけ。タカコちゃんは自席に戻って、茶色のクレヨンを持ち、画用紙の下の部分を塗った。
トモコちゃんが立ち上がり、ゆか先生に見せに行った。やはり表情は冴えない。
「お兄さんたちの頭、なにかなかったっけ?」
トモコちゃんは小さくうなづいて自席に戻り、赤いクレヨンで帽子を描いた。
もう一度、タカコちゃんが見せに行った。ゆか先生の求める通りに描き足したので、さっきより表情がよい。
「うん。よく描けたね。はーい、いいよ」
タカコちゃんの絵はゆか先生の許可がでて完成した。
午後、保護者会があり、親たちが集まった。ゆか先生は午前中に子どもたちに描かせた絵を見せながら、
「さすが年長ですねぇ、小学校に、いつでも、上がれますよ」と、自分の「指導力」を母親たちに自賛した。
絵のテーマはゆか先生が決めた。小学校を訪問したとき、2年生が体育で鉄棒をしていた。それを描くように子どもたちに言った。
完成した子どもたちの絵は、どれも同じに見える。
タカコちゃんがこの活動で修得したのは、ゆか先生の求めているものを感じ取って、その通りにすることだ。
みらい幼稚園の5歳児クラスは、ゆか先生が主担任、なつみ先生が副担任をしている。
ゆか先生は、教諭暦8年の30歳、主任教諭。保護者からの信頼は厚いらしい。「指導力」がある、とかで。新卒で入職したときから主任である。
副担任のなつみ先生は、みらい幼稚園に新卒で就職して3年目。図画表現について大学では、ゴールを決めないことがまず重要であると教わった。「年長、年中、年少」という呼び方は子どもに対して不適切とも教わった。図画表現についても、子どもたちの呼び方についても「幼稚園教育要領」の規定通りに実践する必要がある、と大学で教わった。
「なのに。同じように指導するよう注意されるから、従うしかなくて。心が痛いです」
「ゆか先生のやり方をよくない、という先生は他にもいます。でも、関係者だし、トップにも相談できないです。だれも何も言いません」
「なにより、子どもたちの表情をみているとかわいそうで」
「私も何も言えません。ひどいことをしています」
ゆか先生は理事長の娘だ。
なつみ先生は今年度いっぱいで、みらい幼稚園を退職する。
ゆか先生にも、理事長にも、何も問いかけずに。