
読書感想 『ミーナの行進』 小川洋子
以前、友人に勧められて小川洋子さんの『猫を抱いて象と泳ぐ』を読んだ。淡々と語られる静謐な世界観に魅せられた。小川洋子さんの『博士の愛した数式』は映画で見たことがあった。他の作品も読んでみようと思った時、『ミーナの行進』が、”THE 100 MUST-READ BOOKS OF 2024TIME ”に選ばれているのを知り、読んでみようと思った。また、同作品は、谷崎潤一郎賞を受賞している。
この作品は、主人公・朋子が従姉妹のミーナとその家族と共に過ごす、芦屋での日々が、瑞々しく美しく描かれている。
朋子は、母親の仕事の都合のため、芦屋の叔母の家で過ごすことになる。持病に喘息を持つ従姉妹のミーナの父親は、飲料メーカーの社長だった。豪華な邸宅、出張シェフによる豪華な食事、愛らしいペットであるコビトカバのポチ子に乗って小学校に登校するミーナの描写など、一見優雅に幸せに見える家族には、皆それぞれ悲しみを抱えて過ごしていた、というのが物語の要旨。
お手伝いの米田さんは、懸賞で当選した北海道旅行ペアチケットを一緒に使う相手がいない。ローザお婆さんは、故郷ドイツを離れ、姉をアウシュビッツ収容所で亡くしている。叔母さんは、別宅を持つであろう夫に対するやるせなさを、アルコールと煙草、誤植探しで紛らわせようとしている。そしてミーナは、喘息で思うように外出できない現状を、読書とマッチ箱に紡ぐ物語の創作によって自由に広げようとしている。
小川洋子さんの作品は、この作品も同様に吹き出すような、溢れるような激しい感情の描写がない。淡々と状況の描写があり、それが静かな空気感を持ちながら、読者にそこはかとない不安感を抱かせているように感じる。叔父さんの不在による家族の雰囲気の描写で特にそれを感じた。ミーナと朋子の光線浴、流星群観察のシーンは静謐で、透明な空気感を感じ、暖かく優しく、そして美しいと思った。
この作品は英語に翻訳されていているが、英語タイトルは”Mina's Matchbox“となっている。ミーナは、行進を続け、世界を更に広げている。心を豊かにさせてくれる、とても良い読書体験だった。