小説 #16 〈ニードファイア〉という希望を灯す。
壺井の部屋。庭に面した大きな窓。外は夕闇。部屋には明かりが灯っている。壺井は窓のそばに立っている。壺井の姿が窓に映っている。
部屋のドアが静かに開き、アルジズが入ってくる。アルジズの姿が、窓に映った壺井のうしろで止まる。
壺井は後ろを振り向くことなく、窓越しにアルジズと目を合わせる。
「やっと見つけたわ。もう一人の〈ベルカナ〉を」アルジズが言う。
壺井はアルジズの方へ向き直ると、柔らかに微笑み、丁寧な仕草でソファをすすめる。いつかソルをアーカイヴへ案内した時の、騒がしいほどの陽気さは見えない。
「私たちを繋ぐラインと言えば、極々細い線でしかなかったのに。よく見つけましたね・・・」壺井は大ぶりなカットグラスを二つ取り出し、氷を入れる。からん。
アルジズは二人が〈ベルカナ〉であることを確認する。壺井ももちろん、とうの昔にわかっていた。彼の〈ベルカナ性〉こそが、壺井を今いる場所へ運んだのだから。
「壺井さん、あなたとわたしで大それたことができるのよ」アルジズは首から下げたヘラジカのチャームを無意識にいじりながら言う。
「〈ベルカナ〉のDNAパターンが二乗されると、〈ニードファイア〉という祈りの灯を灯すことができるの。世界は切羽詰まった要求に満ちている。〈ニードファイア〉はそれら切実なニードがやがて満たされることを祈って灯るのよ」アルジズは一息に壺井に告げる。
アルジズの説明はどこまでも表層的で、たんなる妄想にすぎないように壺井には思える。なぜなら、何をどうすれば祈りの灯が灯るのか、すこしも明らかにされていないからだ。
そして、壺井がそう感じていることを、アルジズはわかっている。
手段はまだ明らかでなくても少しも構わないのだ。情報空間での〈パーセル〈〉の編集作業で済むはずなのだから。いま壺井が持っているリソースでできる。
アルジズが構想をそのように説明し終えたときに、急に大きな音をたてて雨が降り出す。
「すごい雨ね。わたしは雨がすき」アルジズが酔ってはいないはずだが、どこか酔ったような口ぶりで言う。
ぼたぼたぼたと大粒の雨が鳴る。窓の外から見える緑が一気に驟雨で白く煙る。
それを機に、何か見えないフォース、気運がゴトンと動いた。そうして壺井はどうしてだか、アルジズの語りに納得してしまう。急な驟雨はアルジズに加担したのだろうか・・・。
いかさま。
いかさまをやってのけよう。わたしと、壺井とで。世に、いかさまを仕掛けよう。
アルジズがつぶやく。