小説 #13 ソル、FHと対峙する。
僕は再びFHの屋敷を訪れていた。また夕刻。今日も庭師が灌木の剪定をしていた。僕の眼には、庭木はもうきっちり整っているように見えるのだが、庭師からすると、毎日どこかしら直すべきところがあるのだろう。
「あなたは記憶を無くしてなどいないと思います」僕はフェイ・フュー(FH)に言った。
また今日も紅茶が出され、ベルガモットの馥郁たる香りが部屋を満たす。
「どうしてそう思う?」ティーカップをそっと下ろして、FHが僕に聞き返す。
「なぜなら、僕にはあなたの世界を見ることができるからです。極めてヴィヴィッドに」僕は続ける。
「あの日、ヴィークル社のキャビネットの並んだアーカイブ室で、あなたの名前のカードを受け取って以来、僕は何度もあなたの情報世界へ没入した。もちろん、そんな仕事をしたことも、そんな仕事があると夢想したことすらなかったのに、僕はあなたの記憶の世界を渉猟することができている」
FHは悲しそうにも見える顔で僕を見ている。
「あなたがご自分で行ってこれれば・・・、何よりなのですが」
FHは話を僅かにずらすような按配で、言う。
「あなたはそこで何を見たの?」
「いろいろなことを。それを本にできると思います」
「わたしが、自分の自伝の最初の読者になるのね」
僕はそれへは答えずに言う。
「それは、自伝でなくてはならないのでしょうか?僕にはまるで小説を読んでいるように感じられます。ナボコフのような・・・。少なくとも、あなた一人の物語ではなく、幾世代にも亘る年代記のように感ぜられます」
FHは僕の言葉を聞いたあと、しばらく考えていた。
「では、あなたの本・・・、あなたの本にしなさい。
それは、あなたの書く本になる」
FHはそう厳かに、何か彼女の持っていた権限のようなものを切り分け、僕へ与えたのだ。
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