小説 #01 依頼はあくまでも困難で高額。
ある日、ソルにエージェントのアルジズから依頼が来た。アルジズはソルのゴーストライターとしての能力を高く買っており、彼が担当するのはこじらせた作家たちばかりだ。
「君のおかげで僕は飢えずに済んでいるよ」
とソルは笑いながら言う。
彼らはいつものように、《茶壷》で仕事の話をしている。
「あなたがそんなにかつかつの暮らしをしているはずはないわ。どこのエージェントたちもみんなあなたに高給を払うでしょ?」
とアルジズは応じる。
実のところ、ソルは手際よく仕事をこなし、能力を正当に評価され、見合うだけの報酬を得ていたが、アルジズの持ってくる仕事はひときわ難しく、そのかわり料金は高かった。つまり、アルジズからソルに回ってくるということは、それだけのコストをかけてでも出版するに値する作品であるということだ。
今回アルジズが持ち込んできた作家はフェイ・フューという。フェイ・ヒュー(FH)はメディアに全く登場しない覆面作家である。しかし、当然だが、ソルはいつも必ず作家本人と会う。そして話をしているうちに、当該人物が大物であり、彼/彼女の次期小説がベストセラー・リストに載ることが期待されている、というようなことがわかることもあるが、ソルは少しも気にならない。むしろ、そうした先生のマーケットにおける立ち位置はわからない方がソルにはありがたい。
「FHはあなたにぴったりの作家よ」
アルジズはそう言ってにっこりする。
「どういう意味?」
「あなたでなきゃ開くことができない作家。FHはもう10年近く、岩のドアの内側に引きこもっているの。なかなかドアは開かないわ」
「だけども、僕を雇うことに同意した」
「そう。おもしろいのは、一見、FHが行き詰っているようには見えないということよ。評論やエッセイは頻繁に雑誌に掲載されているし。ただ、FHが最後に長編小説を書いてから10年が経つ。そろそろ、書こうと彼女は思う。しかしどうしたことか、書けない。FHは困った。そしてわたしに連絡してきた」
「しかし、それはどんな作家にも起きることだろう?彼女だって、これまでその種の困難は何度も経験してきたはずだ。なのになぜ今回FHはゴーストライターを雇ってまで執筆を急ぐんだ?」
「彼女は、自分の想像力の、あるレイヤーが壊れていることに気づいたんだと思う。そこが壊れているのは致命的だ、FHの職業的直観はそう告げたのね。その壊れている部分が、あなたが開けることを期待されている領域よ。これからFHとは何度か会うことになる。セッションの度にわたしへ報告をしてちょうだい」
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