【読書忘備録】 everyday I wright A book 津村記久子著

「カソウスキの行方」に収録されている、短編。
表題作品も大好きなのだが、この作品も素晴らしいのでまずこちらからご紹介。

「知り合いの結婚式の二次会」の会場で、もう誰が何を祝ってるんだかわからない状況の中。野枝(のえ)は、会場で「全裸で機動戦士ガンダムの映画主題歌の哀・戦士を淡々と歌う」シカドに釘付けになる。目の前では、会場に居合わせた「貯金がない」とあっけらかんと言うオサダが、オードブルの残りを平らげるのを見て、呆れつつもその食べっぷりになんだか感動する。
 
 野枝は、それなりに自分の仕事にプライドを持ってて、自分のすべきこと/そうでないことをしっかりと持っている。託されたことには妥協をしないタイプなんだろう。
でも、飲みに誘ってきた上司を袖にしたことから逆恨みされて、仕事を押し付けられて、心底うんざりしている。
野枝の仕事上のパートナーであるなおみちゃんは、顔に浮く大量の皮脂にいつも悩んでいるけど、基本的にはあっけらかんとした気風のいいタイプ。
過重業務にひいひいしながらも、なおみちゃんと共に仕事を続ける野枝。そんな彼女を悩ませる、「シカドがデザインした」という「ICがめ」のデザイン。デザインはかわいいけど、ちょっとくどくも感じられるのは、その後ろにちらつく、シカドの姿だったり。
同じころ、駅のゴミ箱から雑誌を拾う若者を見かける。それは青いダッフルコートを着た貯金の無いオサダくんだった。シカドはというと、茉莉というモデルと婚約を発表した。

多分、野枝は「自分が決めたルールからはみ出ない」というモットーをどこかに持っているタイプだ。だから、「手の届かないものは欲しがらない」とか、「生きていくための仕事は持っておくべき」とか、そんな気持ちで生きてるんじゃないか。
だから、シカドの婚約者である茉莉がふわふわした生き方をしてるのを見てイラッとするし、そんな自分にも腹を立てる。割り切れない気持ちを腹に抱えるやるせなさ、なんか、すごくよくわかる。

なんというか、この作品は大きくジャンル分けしたら「恋愛もの」になるのかなあ。
断言できない理由は、「あたし恋しちゃってる!」みたいなルンルン感を、主人公の野枝はぜんぜん出してくれないから、だと思う。
自分自身にも言える事なのだが、「この人にはこの話はできる/できない」みたいな線引きを、無意識にしてることがある。それが本当に無意識の時はいいのだけど、気が付いてしまうと途端に気になってしまう。だって、相手を信頼していないみたいだし、その相手に壁を自ら作ってることに気が付くと、なんだか関係性までギクシャクしてしまうこともある。
野枝は、真面目だし、仕事も出来るけど、自分の事となるとちょっと不器用なのだ。
もっと素直になっちゃえ! って、思うけど、なれないんだろうなぁ。
ある程度年齢や経験を重ねて、伸び伸びできる人と縮こまる人がいるとしたら、野枝は後者タイプ。
いつの間にか、すごく感情移入していて、「うんうん、わかるわかる」とか「そうだーやれー!」とか、野枝の気持ちを追っていると、最後にはふっと頬を緩めて散歩している姿に、心がほっこり。
ものすごい変化とか、大恋愛とかあるわけじゃないんだけど、すごく沁みる。
でも日常生活って、以外と淡々としているもんだ。
だから、きっとこの本は、すごく身近に感じられるんだろうなあ、と、読むたびに思うのだ。

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