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ケケケのトシロー 5 

スーパーの万引き騒動で言わなくてもいいことを言って、やんちゃな兄ちゃんに袋叩きに合ったトシロー。その男にあろうことかまたスーパーで再会する。そして詫びるような口ぶりに騙され、今度は沢山の食材を男とその家族の為に買わされてしまった。

前回までのあらすじ


(本文約2200文字)

「あんた…… 正直に言わんかいな!!」
 怒号というのはこういう声のことだ。
 
 真由美は俺が差し出した食材満載のビニール袋をわなわなと震える手でつかむと、白目部分が血走っているのを隠そうともせず眼を見開き、俺より身長は低いくせに、2mは高い位置から見下ろすような。要するに世間一般でいう鬼の形相で俺を睨む。大根はそこに入っているから、大根を買い忘れたから怒っているのではない。

 北島さんの奥さんは、笑いたいのに笑えないみたいな感じで俺と真由美を交互に見てる。こんな修羅場を見逃がしてたまるものかと思っているのに違いない。その証拠に俺と目線が合うと少し口角があがり、その分目尻が下がってるのだから。

「なあ、なんで大根買ってきてと渡したお金でこんなに豪勢なおかずが買えるんで・す・か? せ・つ・め・い・し・て・ちょう・だ・い!」

「いや、あの、これはね、俺がね、もちろん、もちろんやで、これは、俺が払うんやけどね、あの、ほら、北島さんも、今晩ほら、ご主人いないということやしさ、いい機会や~思ってさ、ほら、普段、ほら、お世話になってるしさ、カナとマナミも呼んでさ、すき焼きでもしたろかな~とか、ほら、ビールも買うてきたし……」
 俺は真由美が持つビニール袋の中身を指さして言う。指先が震えている。
それを見た真由美は急に笑顔…… 天使ではない方の笑顔になる。

「あ~そうなん? あんた、それやったら最初からそう言いなさいな。恥ずかしいなもう! 北島さん! ウチの人が5年にいっぺんくらいの気の利いたことしてきたから、一緒に今晩、ごちそうしよか」

「やあ~~、ええわ~、ご主人優しいなあ~、ありがとうね。嬉しいわ~。ほな、私、ちょっと帰って、なにか、おつまみとか作ってくるわ」
 北島さんの奥さんは、天からぼたもち的に降ってきた幸運をゲットだぜ!の笑顔で少々丸い身体を小刻みにスイングさせながら玄関を出て行った。

 それを見届けた俺と真由美。想像に難くない真由美の表情。正視できるわけがない。俺は奥さんの出て行ったドアが監獄のそれに見えた。

「なんぼ使ったん?」
 ひくーい真由美の声が響く。

「さ、いちまんくらいかな……」
「そんなに小遣いあった?」
「あの、かど……」
「はあ?」
「かど」
「何? 聞こえませんけど」
「かあど」
「カード?」
「はい」
「明細みたらわかるんやで」
「はい」
「ほんまはなんぼやの」
「三万ちょっと…… いやこれには訳があって……」
「さんまん!? なんでこれだけで三万するねんな!」
「いや、ちゃうねん、これだけじゃなくて、その、知り合いの……分を立て替えたみたいなこと…… 色々あってな」
「あんたは、私を、そんなに怒らせたいんやな」
「いや、違うねん、ほんまに訳があって……」
 俺はまた膝がカクカクしているのに気付く。まさか嫁の前で失禁はしないだろうが。

「まあ、ええわ」
 真由美の言葉に、俯いていた俺はビックリして顔をあげた。
「ええの?」
「ええよ」
「ほんま?」
「ええよ、その代わりやけどな」
「ああ、俺、今晩の段取り、全部するから。俺が」
「ちゃうわよ」
 真由美はビニール袋の中身を確認しながら言う。

「え、何? 何したらいいの?」
「これの支払い分、残業でもアルバイトでもなんでもええけど稼いでくること。それかその分、小遣いから差し引くから」
 真由美は肉のパックを見て『うわ、黒毛和牛やんか、高っ!』と言いながら冷蔵庫を目指した。
 俺は玄関に茫然と立ち尽くし、コインランドリーでGパンとパンツを乾かしていたことを思い出すことさえできなかった。

 そしてカナとマナミが合流し、北島さんの奥さんも、おつまみやらお菓子などを持ってきてくれ、その夜の宴は深夜にまで及んだ。俺以外の笑い声がマンション中に響いていた。

 翌日、俺は本来なら午後3時で終わるパート仕事を、早速に頼み込んで残業し、会社を出たのは6時を少し回っていた。日がだんだんと伸びてきているとは言え、辺りはもう暗くなりつつある。俺は昨日の不甲斐なさを引きずったまま、トボトボと川沿いの道を歩く。駅からマンションまでのいつも歩くコースだ。
 
 ここは春になれば古木の桜が咲き、花見に他町からも人が来るが、シーズン以外は立ち止まる人はいない。皆を喜ばせるため、寒さに力を蓄えている老齢の桜はまだいい。俺は老齢と共に年中、情けなさを散り落とし、骨だけが歩いているようだ。

 ああ、なんでこんな気分のときに、こんな文学的フレーズが浮かんでくるんだろう。メモしとかなあかんな…… スマホにいれとくか……。

 立ち止まり古桜を眺めていると、街灯に伸びてくる影に気付く。何気なしに目線を向けると、街灯で照らされた見覚えのあるシルエットが近づいていた。

「あ、もしかして昨日の……」

「よう、あんた、今日も変わらず、情けなさそうやな~ ケケケケ」

 やはりそのシルエットは男に見えるだけで、顔も服装も印象に残らない。けれどなぜかわかる。影が歩くように近づいてきている。

「あんたは…… いったい何者やねん?」

「わしか? わしはなあ…… ケケケ」



6へ続く


エンディング曲

NakamuraEmi 「Don't」



ケケケのトシロー 1
ケケケのトシロー 2
ケケケのトシロー 3
ケケケのトシロー 4


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