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オリジナル短編小説 【苺の物語〜花屋elfeeLPiaシリーズ31〜】

作:羽柴花蓮(旧 吉野亜由美)
ココナラ:https://coconala.com/users/3192051

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 無事、中学二年目を終えた向日葵は三年生になった。受験が目の前にちらつく年だ。そんな向日葵のいる花屋elfeeLPiaには当然、苺の苗もある。
苺の名前の由来は、諸説あるが、日本書紀には「一致寐姑(いちびこ)」とある。これらの総称が転じてイチゴになったとも言われている。花言葉は「尊重と愛情」、「幸福な家庭」、「先見の明」、「あなたは私を喜ばせる」である。
そんな苺の苗が来る春が来た。妖精達も長い冬を終えて喜びのダンスを踊る。それを横目に向日葵はうなる。
「どうしたんだい? ひまちゃん」
「って。いっちゃん! あやちゃん連れての仕事?」
「萌衣さんが出る用事があってね。引き受けた。格好いいイクメンだろ?」
 自画自賛の店長を向日葵は放り出して苺の前でまた悩み出した。
「苺の花言葉って花なの? 実なの?
「花、だろうねぇ。あと一ヶ月で開花時期終わるよ」
 すぐ側で声がして向日葵は心臓が止まるかと思った。何を隠そう、隣にいたのは中学校の担任、渡川尚人であった。
「向日葵さんが、部活も何もかも捨てて命を注ぐ職場を先生も見たかったんだよ」
「家庭訪問は終わったはずですが?」
 冷たい声で言う向日葵である。
「こらこら。ひまちゃん。お客様に言う声じゃないぞ」
「いっちゃんは出なくていいの!」
 またも思いっきり足を踏んづける向日葵である。
「向日葵さんは真面目なんだけど、どこか突き放した感じがしてね。普段はどんな風に笑ったりしてるのか、先生、気になってね」
「先生、私よりも自分の身を心配した方がいいですよ」
 ややトーンを柔らかくした向日葵が言う。一樹は口をあんぐりあけそうになっていた。尚人の肩に苺の精がのっていた。
「『幸福な家庭』をしょってますよ。ひまは責任とりませんから」
 そう言ってまた苺と対談し出す。
「ほんとだ。ほら。あやちゃん。あのお兄さんの肩に『幸福な家庭』が乗ってるの見えるかな?」
 彩花はグーイングで答えるだけだ。もうすぐハーフバースデイだが、妖精が見えているのか見えていないのかは母親の萌衣も父親の一樹にもわからなかった。
「あ。苺の花。珍しい~」
 女性客が寄ってきた。その女性を面倒くさそうに見る向日葵である。
「お節介先生。また、ですか?」
「そうまた~。って渡川先生も来てるのね」
「栗栖先生・・・。あなたも来てるんですか?」
「花に囲まれていると向日葵さん、嬉しそうで。園芸委員会に入って欲しくて誘いに来てるんだけどいつも振られるの」
「当然です。私はここの仕事があるんですから、委員会なんてやってる時間ありません」
「農業高校の推薦状にも書けるのに」
「別に中卒でも雇われますから」
「ひまちゃん。中卒で雇うつもりはないよ。ちゃんと高校へはいきなさい。農業高校でなくていいから」
「いっちゃんまで」
「いっちゃんは心配なんだよ。また孤立してないかって。また不登校になったらご両親が悲しむよ?」
 一児の親となった一樹には向日葵の産みの親も育ての親の気持ちもよくわかるようになった。向日葵の哀しい愛を喜びの愛に変えるにはどうしたらいいかと常々、妻、萌衣と話してたのだ。
 そう言われると弱い立場の向日葵である。不登校の事実は教育委員会も把握しており、教諭達の中でシェアされていた。当然、学校に引き込もうとする力が働く。それを悉くはねのけてきたが、最近、この二名の教諭がしつこいのだ。向日葵は辟易していた。
「栗栖先生にも『幸福な家庭』が乗ってるから、それを解決してから来て下さい。ひまは今回、ノータッチです」
「『幸福な家庭』?」
 二人とも顔を見合わす。
「乗ってますよ。確かに。花言葉が。いつもはひまちゃんが取り持つんですが、どうやら手伝う気ないようですね。是非、お二人で頑張ってください!」
 ばしばし二人の教師の肩と背中を叩く。
「なんですか? 花言葉。それに取り持つって・・・」
「ああ。一年ほど前、この花屋パワースポット化してましたね。向日葵という女の子を捕まえられたら恋が実るって。その女の子が向日葵さんでしたか・・・」
「ひ、向日葵さんが恋の神様?!」
「違いますよ。この花屋にはからくりがあると、ある人物が言っていましたから」
「渡川先生? その人物というのは?」
「そこのアンティーク店のおじいさんですよ。向日葵さんと仲のいい桜子さんが住んでいる店です。アンティークにも目がなくてね。桜子さんの出す品がこれまたいいものばかりで」
「ひまの花瓶、盗まれた」
 じとーっと向日葵が担任を見る。
「ありゃー。恨まれちゃってますね。当分、あの呪いは解けないですよ。ガレの月光色の花瓶ってうるさいですから」
「ひまが予約してるのにどんどんぬいてかれるんだから。桜子ちゃんのばかー」
 天井に向かって叫ぶ向日葵である。そこへ当の桜子と冬音が来た。
「今、馬鹿って言った?」
「言った。だって、この間の花瓶渡川先生に渡したんでしょ? 本人が言ってるんだから」
 げげ、と個性が強い教諭二人を見て桜子が下品な声を出す。
「どうしているんですか。ひまちゃんぐれちゃいますよ」
「ぐれるって・・・今更」
 反抗期もない向日葵である。今更ぐれようにもない。
「高校デビューもあるかもしれないじゃないの。そんな人いるらしいよ」
「ひま、ぐれちゃおうっかな~」
 教諭二人が慌てる。それを尻目に花の手入れを始める向日葵である。
「あ。桜子ちゃんたち。萌衣さんからケーキと飲み物を預かってるから家に行っておいで。ひまちゃんも切りつけたら行っていいから」
「いっちゃん! やっぱりいっちゃんだよねー。行ってきま~す」
 手入れをちゃっちゃとこなすと猛スピードで向日葵は店舗の隣の一樹の自宅に行く。
「先生方。当分、ご自分の『幸福な家庭』問題と取っ組み合って下さい。その後ならひまちゃんも心を開くかもしれません」
「はい」
 調子が狂った教諭二人は店を後にする。
「さて、取もつ、ひまちゃんなしでどうするかね。あやちゃん」
 う゛―と、彩花は手を天井に突き上げた。

「『幸福な家庭』ねぇ・・・。栗栖先生は独身ですよね?」
「はい。渡川先生も?」
 二人で顔を見合わす。まさか・・・。嫌な予感がする。
「恋の神様通り越したやつですか?」
「まさか、あの花屋でお見合いしたんでしょうか。私達」
 帰りに渡されたワイルドストロベリーの苗を見ながら二人は言う。確かこれは、恋ができると噂になった苺のはず。これがヒントだ、と店長は言っていた。
「向日葵さんの心を開く鍵は花言葉、という事でもありますよね。私達が真剣にその言葉と向き合えば向日葵さんも・・・」
「栗栖先生。人生の一大事ですよ? 私とでいいんですか?」
「あ。そういうことですよね。渡川先生にはもう恋人が?」
「ですから私が相手でいいんですか、と聞いてるんです。いるはずがないでしょう!」
「偶然にも私にもいません」
 栗栖の反応に頭が痛い渡川である。もう、結婚する気でいる様な状態だ。生徒のためなら人生を放りだすのだろうか。教師とて一介の人間である。自分の幸せは自分で叶えたい。
「そりゃ、栗栖先生ぐらい美人だったら考えますが、生徒の人生のために人生かけるほどお人好しじゃないですよ。私は。教師になんてなるつもりなかったんですから」
 才能に恵まれないため美術の教諭になった。なんの賞も取れず、二科展にも出せず・・・。屈辱の人生なのだ。結婚ぐらい自由にさせてくれ、渡川はそう心で叫んでいた。
「じゃ、私は別の人との『幸福な家庭』を考えますから。渡川先生は一抜けということで」
「それじゃ、向日葵さんの心は開かないんじゃないですか?」
「仕方ありません。形が変わっても私が誰かと結婚すればきっと・・・」
「いいですか? 栗栖先生。向日葵さんは私とあなたで『幸福な家庭』問題を解決しろと言ったのですよ。形が違えばきっと彼女はもう心を閉じてしまいます。学校という心に。ならば、考えますよ。私だって。お付き合いしましょう。結婚前提で。そしてデートはあの花屋です。これで思いっきり見せればきっと解るでしょう」
 もうやけくそだ、と言わんばかりだ。それはそれで向日葵の機嫌を損ねるのは栗栖には解っていた。
「自然にお付き合いになれるまで待ちましょう。闇雲にしても彼女を落胆させるだけです」
 冷静に栗栖が言う。 そこで流石に頭に血が上りすぎていた自分に渡川は気づく。
「すみません。私が突っ走って。流石に一生の問題には冷静になれなくて」
 あら、と栗栖はいたずらっぽく笑う。
「このご時世、一生の問題じゃないですよ。二度でも三度でも結婚できる世の中なんですから」
 目からうろこが落ちた気がした渡川である。確かにこの現代には離婚という制度がある。今や、一生に一度の問題ではないのだ。急に心の負担が軽くなっていく。不思議と栗栖と隣り合わせになって歩いても嫌な気がしなかった。
「次の日曜日、あの花屋でデートしましょう。それなら慌ててもいませんよね?」
 やっと険しい表情が和らいだ渡川を見て栗栖は頷く。
「そうね。それぐらいのペースでないとバテますものね。じゃ、日曜日に。私は直帰なのでこちらから帰ります。残業がんばってください」
 手を振って別れる。
 なんだか、こんな関係もいいもんだ、とさっきの殺気だった自分を棚に上げて思う渡川である。

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