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瀧川鯉八が末広亭で愛と金平糖をまいた10日間
緊急事態だ!
すでに緊急事態宣言がでている2021年1月、寄席に緊急事態が発生した。
東京に4つある定席のうち、「浅草演芸場」「池袋演芸場」が、落語協会の前座さん・演者さんにコロナ感染者がでて、1月下席(1月21日~30日)の公演を中止。「上野鈴本演芸場」はコロナの影響で当分の間一時休席となったのだ。
年末を除いて毎日開かれている寄席が一挙に3か所も閉じる。
なんてこったい。
開いているのは末広亭だけだ。
末広亭の1月下席夜の部では、われらが瀧川鯉八師匠が初めてトリをとることになっている。
鯉八師匠は2020年5月に真打に昇進。
古典が重視されている落語界において新作だけをやる稀有な存在である。
コロナの影響で真打披露興行が延期になり、2020年10月中席~披露目を終えたばかり。
昇進から8か月、披露目からわずか3か月余りでトリをとるのは、異例中の異例。昇進後最速のトリだ。
「新作の名手」「天才鯉八」「落語界の風雲児」など多々つけられたキャッチフレーズに「最速の男」が加わった。
抜擢された理由は、真打披露興行での集客力が認められて、鯉八人気がある!となったから(鯉八談)。
このビッグニュースが発表された時、鯉八師匠ファンはもとより落語ファンは狂喜乱舞した!
寄席のトリをとるのは私たちが想像している以上に名誉なこと。
紅白歌合戦のトリにも値するほどと言っても大げさじゃない。
真打披露興行の時、新真打はご祝儀としてトリをとれるけど、以後、トリをとれないままの師匠もいる。
こんなに早く、しかも個人的に一番好きな末広亭でトリをとれるなんて。
ならば万全の状況でと願うが、世の中は緊急事態宣言発出中。
追い打ちをかけるように他定席の休席。
開いてるとはいえ、末廣亭の夜の部は閉演が1時間早まり20時終わりに。
一人ひとりの持ち時間を短縮しての公演になる。
するってえとなにかい、これはピンチなのかい?チャンスなのかい?
どっちにしても、逆境の中の逆境だってことよ。
なんとしても、どうしても、どうかしなくても、末廣亭は開いてくれ。
頼む、千穐楽までやってくれ末広亭!
興奮して江戸言葉になったが、まず鯉八師匠のプロフィールを紹介しておこう。
【瀧川鯉八プロフィール】
■「からだすこやか茶W」のCMナレーションもやっているわよ。
■2020年3月には、1号限りムックで復刊したサブカル女子のバイブル雑誌「olive」にも登場したわよ。
「olive」にオリーブに落語が載る?信じられない。
鯉八師匠の新作落語「モナリザ」が全文掲載されているのだ。
落語をテキストで読んで面白いのか。
これが面白い。
まるで星新一のショートショートのよう。
解説の松原由香さんの文章が素晴らしくて、震えた。
2021年1月21日(木)初日
無事に末広亭の緞帳はあがった。
と偉そうに書いているが、私がこの日末広亭に行ったのは16時30分頃。
すでに緞帳はあがっていて、高座では桂小すみ先生が、華麗に三味線を鳴らしていた。
なぜ最初から行かないのか不思議でしょうがないよ、私。
この日は、神田伯山先生が代演で出演。
ソーゾーシーメンバーのうち、玉川太福さん、春風亭昇々さんも出演。
鯉八師匠のトリ初日を全力の高座で応援する。
二階席が開き、満員。
伯山先生が、こんな若い客席をみたことがないと言っていた。10日間通して確かに若いお客様が多かった。
「悲しくてやりきれない」の出囃子がなり、満を持して鯉八師匠があがる。
客席半減だけど、拍手は倍!
鯉八師匠は初日に名作「おはぎちゃん」をかけた。
すごかった。とにかくすごかった。ボキャブラリーがなく、こんな表現で鯉八師匠に申し訳ないが、すごかった。
何度も聴いている「おはぎちゃん」が、一段とおかしくて笑った。
この日のTwitterに私はこう書いている。
◾️末広亭1月下席 鯉八師匠主任初日
— 坂上 薫(さかうえ かおる) (@k_a_o_r_u_n) January 21, 2021
平日なのに2階席も開き、札止めの鯉八人気❣️
しかも若いお客様がいっぱい。
客席は半減だけど、拍手は倍さ!
その中での「おはぎちゃん」
何度聴いても思う。
すごいね、この話。
すごいね、鯉八師匠!
落語の怪物降臨❣️ pic.twitter.com/wdO9dLYYTN
鯉八師匠は怪物だった。
ところで、さも、毎日通ったかのように書き始めたが、私は2日目と5日目は行けてない。
しかも、ここ2年くらいで鯉八師匠を知ったぽっとでのファンである。
それこそ前座の頃から、二つ目の頃から見ているファンがたくさんいる。
10日間通い詰めた方もいる。
でも、ぽっとででも、毎日行かなくても、好きな気持ちを書いちゃいけないってことはない。
2021年1月23日(土)3日目
この芝居(寄席では番組のことをこう呼ぶ)で、もう一つ異例のことがある。
立川吉笑さんが顔付け(寄席の出演者を決めること)されているのだ。
吉笑さんは立川流の所属なので、定席には出られない。
ソーゾーシーの公演や、余一会(各月31日に催される特別な会)で末広亭の高座に上がったことはあるが、立川流の二つ目の吉笑さんが、定席の通常公演に顔付けされることは落語界的にありえないこと。
それが叶ったのは、鯉八師匠の熱い熱い想いを、末広亭のお席亭や落語芸術協会のお偉方が受け止めてくれた結果だと思う。
ありがとう鯉八師匠、ありがとう席亭さんと偉い人。
この日、末廣亭にいたお客様の多くはこの経緯を知っていた。
だから、くいつき(中入り後すぐの出番)に吉笑さんがあがると、拍手が拍手が鳴りやまない……。
このご時世だけど「待ってました」の声がかかり、胸がいっぱいになる。泣けた。
この声をかけた方、中入り後に自分の席を立ち、一番後ろに行かれて、そこで声をかけられたように見えた。かけ声は禁止されているから肯定できる行為ではない。が、配慮のうえ、声をかけたこの方に私は感謝した。
そして寄席でのかけ声の力を知った。
高座の吉笑さんが大きく見えた。
緊張しているようにも見えた。
何より、とても楽しそうに見えた。吉笑さんが楽しそうだとなんかうれしい。
演目は「ぞおん」だ。
どかんどかんウケていた。
まさに客席も「ぞおん」に入っていた。
この日の吉笑さんのtweet
末廣亭定席、
— 立川吉笑 (@tatekawakisshou) January 23, 2021
ありがとうございます!
自分にとって特に大事な一席の『ぞおん』を持っていきました。
最初の拍手がすごくて、それだけでなく噺もいつも以上にガッチリと受け止めてくださって、お陰様でまだ1月なのに年間ベスト級の幸せな高座になりました。嬉。
26日、29日もよろしくお願いします! pic.twitter.com/IXNidbqYO7
末広亭のネタ帳に、「ぞおん 吉笑」と書かれているよ。
これを見て、また泣く。
この日、中入り後は2階も開き、鯉八師匠は「にきび」。
話の内容は詳しく書かないが、ばーちゃん、まー坊って言うだけで、もうおかしくておかしくて。という状況にもっていく鯉八師匠の話芸のすごさよ。
鯉八師匠が終わった後、鯉昇師匠(鯉八師匠の師匠)、吉笑さん、鯉昇師匠に代演を頼んだはずの小痴楽師匠が登場!
この日しか見られない貴重な4ショットに、また泣く。
すぐ泣く私。
2021年1月24日(日)4日目
鯉八師匠の魅力がすご過ぎて、体がもたないという声が末広亭に届き、客席との間に突如アクリル板が設置された(鯉八談)。
雨で、日曜日の夜、というハンディを乗り越え、2階席が開く。
ハンディはもう一つある。
末広亭は今、コロナ感染対策として、両サイドの窓を開けてある。中入りの時は入り口のドアも開けている。
何を言いたいかと言うと、とにかく寒い。
外と気温が変わらないどころか外より気温が低いといううわさもあるくらい。そんなはずはないと思うけど、めちゃ寒い。
でも考えれば、江戸時代はエアコンもヒートテックもないから、きっとこんな寒さの中で、みんな落語や講談、浪曲を聴いていたに違いない。
そう思うと、♪すこ~しも寒くないわ♪
いや、寒いのは寒い。
特に私が好きな下手の桟敷は一番寒い気がした。
江戸の風を感じるには、厚手のソックスとひざ掛けが必須だ。
この日、鯉八師匠がまくらで話した「鯉昇師匠が留守電にメッセージを2回残す話」が大好きだ。
師匠のやさしさにじーんとする。
この師匠にして鯉八あり!
こんな感動的なまくらから、真逆とも言えるシュールな「最後の夏」をやるところが、鯉八の鯉八たるゆえん。
鯉八師匠の魅力は、アクリル板をやすやすと突き抜けてきた。
2021年1月26日(火)6日目
「会いに行けるアイドル」をコンセプトにスタートして絶大な人気を得たAKB。
落語家は、もっと前から「会いに行ける」のだ。
寄席に行けば、落語会に行けば、そこにいて面白い話を聴かせてくれる。
今はコロナでできないけど、コロナ以前は終演後「お見送り」と称して、演者さんがお客様に挨拶をしてくれる。
落語を聴き始めて一番びっくりしたのは、演者さんとの距離の近さ。
さっきまで高座でしゃべってた人がすぐ目の前にいる。
いつでも会える。たとえ向こうは知らなくても。(笑)
この日の演目は「ぷかぷか」。短編映画を見たような気持になる一席。
あと4日。いやまだ4日も会いに行ける。
2021年1月27日(水)7日目
例年なら、立ち見がでる寄席の正月初席(1日~10日)、二の席(11日~20日)が、コロナの影響で入りが今一つだったらしい。つ離れ(お客様の入りを数える時に使う言葉。一つ二つ三つと数え、十を超えれば「つ」がつかないことから10名以上入れば「つ離れした」となる)してない寄席もあったと聞く。
私も今年寄席に行ったのは1月21日が初めてだった。
この日の中入り後は、昇々さん、太福さん、小痴楽師匠、鯉八師匠の流れ。こんな若い顔付けは今までにないし、コロナ禍の中、これだけのお客様を呼べるのはすごい!
鯉八師匠は「新日本風土記」。
まんが日本昔話のようなゆったりとした語りで、静かに進む物語。感動に包まれた、と思ったら、最後にどひゃーとなる。
鯉八師匠のすごさは、ただ感動させてはくれないところ。
2021年1月28日(木)8日目
この日の中入り後は、昇々さん→漫才の宮田陽・昇先生→太福さん→小痴楽師匠→太神楽・鏡味正二郎さん→鯉八師匠と私的に最強最笑の布陣。
ここに吉笑さんがいたら、ソーゾーシー大集合!となるけど、二つ目の昇々さんと吉笑さんは交互出演なので、それが叶わず、残念。
でも、5月に昇々さんが真打に昇進したら、中入り後、夢のソーゾーシーオールスターズ顔付けもあるんじゃない?
昇々さんがトリをとって、そこに鯉八師匠が出演することもありえる?
太福さんがトリをとるかもしれない!
吉笑さんは、今回を機に定席への出演が定例化するかもしれない!
あと3年、いや2年もしないうちに、叶えられるかもしれない。
息子のような年代のソーゾーシーの面々と、かろうじて同じ時代に生きられたことを幸せに思う。
中入り後の1時間半があっという間。
鯉八師匠は「やぶのなか」。
弟の彼女の嫌な女っぷりがすごい。
いるいるこういう女。あるあるこういうこと。
ものすごくデフォルメしているけど嫌味にならずに笑いにつなげる演技力と話芸。惚れる。
この彼女を「バッタ女」とネーミングするセンスったら。
2021年1月29日(金)9日目
鯉八人気を甘く見ていた。伯山先生が代演で、金曜日の夜ということもあったのか、17時頃に行ったらもう立ち見だった。
札止めとなり、結局3時間立見。
しかも位置取りを間違えて、窓が開いてるところに立つことになり、寒かった。
厚手のソックスを履いたら、靴がきつくなり足がじんじんしてきた。
桟敷に座ることを想定していたのに、いろいろ想定外。
柱が邪魔してよく見えない、と思っていたら、後ろの女性が「そこじゃ見えないでしょ。もっと横に行っていいですよ」と言ってくれた。ありがたく横にずれる。
立ち見や足のじんじんが苦じゃないくらい、この日の流れと鯉八師匠は素晴らしかった。
珍しく、ところどころかんだり間違えたりした鯉八師匠。でも、10日間の中で私にはこの「いまじん」が一番笑って心にしみた。
きっちり正しく上手にやることだけが人の心を打つわけじゃない。
鯉八師匠が「今夜は月がきれいだね」って言った時、涙がでた。
泣くような話じゃない。壮大なごっこ遊びの話なのだから。
殿様になったときのポージング、特に右手の位置がおかしくておかしくて、笑い転げていたのに、なぜか泣けた。
家に帰って、3時間立ち見でも、意外と疲れなかった私の体力をこっそりほめた。
まだいけるじゃん私。
桂伸治師匠の「長屋の花見」もめちゃ楽しかった。
伸治師匠の笑顔をみると、なんかいいことがあるような気持ちになれる。
あんなふうににこにこしてたら、モテるだろうな。
太福さんはこの日が最後。まくらで必ず鯉八師匠のことを話し、毎日、楽屋で撮った「いろんな鯉八」をTwitterでアップしてくれた。
モノクロの写真がステキで、コメントに心がこもってた。
愛がある人。
あっ、みね子師匠と鯉八師匠の胸キュン話も楽しかった。
もちろん高座もすごかった。
「地べたのふたり」シリーズと「任侠流山動物園」シリーズを唸り語り、客席をうねらせた。笑いをかっさらうってこのことだ。
今宵も大入りの末広亭で
— 玉川太福 (@tamagawadaifuku) January 25, 2021
月曜日の憂鬱を吹き飛ばす、鯉八節
高座を聴きながら、小痴楽師匠が
「面白ぇなぁ」
とボソリ
あと五日間、全部来てもよかです pic.twitter.com/gi87dow236
▲太福写真館
小痴楽師匠は「磯の鮑」。タイトルは知っていたけど初めて聴いた話。
封筒を開けて、ふっと吹いて、手紙を取り出す、取り出した手紙を扇子で表現。一連の所作が素晴らしくて、息をのんだ。
色気も華もあるうえに、技術もある。
ただのやんちゃなあんちゃんじゃない。
2021年1月30日(土)千穐楽
きのうの立ち見を学習して、この日は早めに行ったので、下手桟敷の前の方を確保。
前座の幸太さんからトリの鯉八師匠まで、みなさんが全力の芸を魅せてくれて、カッコよかった!
これぞ芸人魂!
これぞ寄席!
昇々さんの「まちわびて」がおかし過ぎると思ったら、小痴楽師匠の「湯屋番」がさらにおかしくて、鯉昇師匠は、いるだけでもうおかしい。笑
鯉八師匠は「俺ほめ千穐楽バージョン」。
「寒い中駆けつけてくれたお客様に感謝。寄席の灯りが消えないようにみんなが来てくれたことがうれしい」の言葉がアクリル板を突き抜けてきた。
鯉八ビーム!
話の中で、宮治さんの真打昇進披露興行にふれるやさしさも。
「俺ほめ」は、ほめてくれた人に主人公のまーちゃんが金平糖をあげるのだけど、「おまえたち愛してるぜ」とともに、客席にもエア金平糖をまいてくれた。
受け取ったよ。
終演後、拍手が鳴りやまない。緞帳がちょっとあがったけど、また下がり、また上がり、結局下がり、「ありがとうございました。2月中席宮治さんの興行よろしくお願いします」と、鯉八師匠の声だけが聞こえてきた。
客席半減とはいえ、雨の日も多かったのに、連日大入り。
2階席が開く日が何日もあり、札止めになった日もある。
寒くても、立ち見でも、雨でも、びくともしない鯉八人気。すんごい。
この芝居に通う中で思ったのが、紙切りや漫才、コント、太神楽、音曲、手品といった色物さんたちの存在感と力だ。
落語は自分の頭の中で情景を思い浮かべながら聴くので実はかなり頭を使って疲れる。その疲れを色物さんたちが癒してくれて、また落語を聴く脳にしてくれる。
特にトリ前の色物さんの力は大きい。
この芝居では、鏡味正二郎さんがその役割だったが、鯉八師匠がまくらで何回か「トリをとる時は、正二郎さんにでてもらいたかった」と言われていて胸が熱くなった。
【末広亭1月下席夜の部 鯉八師匠の演目】
初日:おはぎちゃん
2日目:長崎
3日目:にきび
4日目:最後の夏
5日目:俺ほめ
6日目:ぷかぷか
7日目:新日本風土記
8日目:やぶのなか
9日目:いまじん
千穐楽:俺ほめ千穐楽バージョン
落語の演目とは思えないタイトル。(笑)
鯉八師匠は演者としてはもちろん、作家としても類まれなる才能の持ち主。
「古典も生まれた時は新作。新作こそがスタンダード」。ソーゾーシー公演のオープニングで昇々さんがいつも言っている言葉。
いつか「おはぎちゃん」や「俺ほめ」が、「芝浜」や「文七元結」になる日がきてほしい。きっとくる!
トリ興行は終わったけど、鯉八の時代はこれからがはじまりだ!
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