真っ暗森のお姫さま【ウミネコ童話】
アオーン
満月の夜、遠吠えがきこえる。それはオオカミ男のロイが「集合せよ」と森の仲間へおくった合図。
真っ暗森の木々の間から、ひとつ、またひとつ、大きな影からミクロの影までひょっこり現れ囁きかわす。
「お姫さまだ」
「お姫さまが帰ってくるぞ」
森の真ん中まで歩いてゆくと、そこだけぽっかり木々の天井が口をあけている。真っ暗森にできた夜空に、流れ星のようなひとすじの光。やがて月のスポットライトが森の真ん中をさし、ユニコーンに乗ったお姫さまがゆうゆうと降りてきた。
「真っ暗森のみんな、お出迎えありがとう」
オオカミ男のロイがユニコーンからお姫さまを抱っこしておろしてあげる。
森の仲間たち、期待に満ちたお顔でお姫さまの第一声を待っている。お姫さまはキラキラ光るドレスの裾をつまみ、くるりと回った。
「素敵でしょ?このドレス。オーロラのはじっこを布裁ちバサミで切って作ったの。裾のレースはクモの糸よ」
「うんうん、とってもきれいだね」
「うふふ、真っ暗でもオーロラドレスは輝くわ」
「ところで、ねえ、お姫さま……」
オオカミ男のロイがマイクスタンドをセッティングし、ミミズクのホーホーさんはコホンと咳ばらいしてからホーホーマイクチェック。
お姫さまはというと、ユニコーンの角をポキッと折ってペロペロなめている。このユニコーンの角は特別でね、ペロペロキャンディーで出来ていて、折ってもすぐに生えかわるんだよ。
「ねえねえ、お姫さま、お姫さまったらー!」
小さな森の仲間たちはしびれを切らし、お姫さまのドレスの裾にぶら下がる。大きな森の仲間たちは催促して足踏み鳴らす。
「あなたたち、そうせかさないでちょうだい」
お姫さまは、スタンドマイクの前に進み出て、大きく息を吸いこんだ。みんなは大きく息をのみ、お姫さまに大注目。
─さかのぼること、ひと月前
プリンセス学校の最終試験にのぞむお姫さまと才色兼備なご学友たち。
魔法使いと王子さまをスカウトし、ひと月以内に王子さまと恋に落ちて、お城で盛大な結婚式を挙げることができれば合格だ。
同級生は美人さんで賢くて気立てもよい生まれながらのお姫さまたちばかり。意地悪な魔女やお節介な魔法使いを上手にかわし、同情をひき、味方にして、やさしい笑顔と可愛らしい仕草で王子さまのハートを掴んだ。
「はい、合格!あなたも合格!おめでとう、よくやりましたね」
みんなはそつなく課題をこなして、先生たちに祝福されながら次々卒業していった。
しかし、真っ暗森のお姫さまは魔法使いと意気投合。オーロラの切りとりかたを教わって、カタカタとミシンでドレス作りにいそしんだ。
そして、自分と背格好の似た色白スリムな王子さまをつかまえ、ドレスを着せて微調整。クモの糸レースもぬいつけ仕上げに入る。最終試験のリミットが過ぎた頃、ついにオーロラのドレスが完成した。
「真っ暗森の姫よ、よくがんばりましたね」
先生にほめられ、エヘヘと照れながら笑うお姫さま。
魔法使いがウィンクで彼女をたたえ、色白王子さまも小刻みに拍手をおくる。
「独創性とその集中力には目を見張るものがあります。オーロラのドレスも見事だわ。ですが……」
「が?」
「課題の趣旨から大きく逸脱していますよ。必須アイテムのお城も使わなかったでしょう?王子さまと恋に落ちるわけでもなし、試験の期限もとっくに過ぎています。
残念ですが、真っ暗森の姫は不合格です。卒業は認められません。あなたの国は物語に登場することはありません」
─そして、いまにいたる
スタンドマイクを自分の方へ引きよせると、お姫さまは森の仲間たちに報告した。
「みんな、私は不合格だったわ。ごめんなさい。
グリム兄弟もアンデルセンもペローも、このさき私たちの物語を書くことはないでしょう」
それを聞いた森のみんなは、頭をかかえて天を仰いだ。ワッと泣き出すものもいる。
オオカミ男のロイは腕組みして目を閉じ瞑想をはじめた。ミミズクのホーホーさんは、自分をどうにか納得させようと、ホーホー頷いている。
お姫さまはハンケチでゴシゴシと白粉をぬぐうと、そばかすだらけの顔で笑った。
「そんなに悲しまないで。真っ暗森の代表として送り出してもらったのはうれしかったけど、王子さまと恋に落ちてお城で暮らすというハッピーエンドは、私には当てはまらなかったの。だってね、私が幸せだと感じるのは、真っ暗森のみんなと過ごしているときなんですもの」
「でも、ぼくらも物語になってみたかったよ」
「後世に語り継がれたかったよ」
いまだ不服そうな森の仲間たち。
そのとき、ふたたび森の上がまぶしく光り出した。
「真っ暗森って、本当に真っ暗なのね~」
「やあ、約束どおり遊びに来たよ」
お姫さまの横に、最終試験で組んだ魔法使いと色白スリムな王子さまが降り立った。
「オーロラのドレス、とっても似合っているわ」
「そんじょそこらのお姫さまには着こなせないよ」
「まあ、うれしい!お二人とまた会えるなんて」
「彼らが真っ暗森の姫ご自慢の森の仲間たちだね」
「暗闇に目玉がらんらんと輝いて、良い者と悪者の境がぜんぜんわからないわ」
「そうでしょ?よく目をこらさないと見えなくて、それでいて輪郭がくっきりしているの」
「あたくし、そういうの大好き」
「ぼくも、ゾクゾクするほど好き」
どうやら、魔法使いも王子さまも、真っ暗森の仲間たちをすぐ好きになったみたい。
すると、腕組みして黙りこんでいたオオカミ男のロイが、カッと目を見開き、指を鳴らした。
ホイきた!と、ぼさぼさシッポのキツネがスタンドマイクを追加で二本持ってくる。黒猫のルナルナはエレキギターをロイの肩にかけ、お姫さまにはベースを渡した。魔法使いと王子さまは、マイクの前で歌う気満々だ。
ドドドドドドドド 低音をお姫さまがベースでかき鳴らすと、心得たとばかりにキュイーーンとオオカミ男のロイがエレキで応えた。
「真っ暗森の仲間たち、お客さまに、裏表なしのおもてなしだー!」
真っ暗闇に包まれた真っ暗森に、イカしたロックが響き渡る。
ふだん暗闇に潜んで存在を消しているようで、みんな自我をもっている。とことん真面目でふつうで個性的な彼ら。真っ暗森ではみんなが自分の物語を生きる。
それに本当は、お城なんていらないのだ。みんなお姫さまとまたこの森で暮らせるのがうれしいのさ。
「お姫さまが不合格になってよかったです」
オオカミ男のロイ、はじめからずっとそう思っていたんだね。
◯
さて、真っ暗森の物語は、グリム童話集にもアンデルセン童話集にも登場しませんでしたが、遠い未来のどこかで、頭文字が『U』のイカした童話集に収録してもらえたようですよ。
めでたし、めでたし。
(本文2685文字 ルビ換算せず)
※ 2023.11.23
一部加筆・変更し、2615文字から2685文字に。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍀