フランボワーズ【#あなぴり・赤】
《前半》
わたしの名前はフランボワーズ、猫の世界に生まれた。当然、猫語は母国語だ。他にも日本語、英語、フランス語、そうそうこびと語も操ることができる。まあ猫としては当然のことだ。ショートヘアでジンジャー(赤毛)の毛並み、瞳は緑、足先だけ真っ白なの。自己紹介はこんなところでいいかしら。
ひと月に一度のご褒美時間、それはお気に入りの本を片手に1人過ごすカフェの窓際、夏でも冬でも必ずクリームソーダをお供に。エメラルドグリーンのソーダはしゅわしゅわと金色の気泡を立てている。その上には真っ白なヴァニラアイスクリーム、真っ赤なさくらんぼがあらぬ方を向いて乗っている。そのさくらんぼを見つめながら、あの日の出来事を思い出していた。
わたし、すごく嫌な猫だった。
どうしてあんなこと言ったんだろう。
何度となく後悔することが猫にはあると知ったのは、自分が大人になったせいなのか、それはまるで、お気に入りの赤いセーターを着るたびに少しチクチクしてしまう、そんな些細な気持ちではあったけれど。
∵
アイスクリームが溶けかかっている。滑り落ちたさくらんぼがソーダの中にゆっくりと沈んでいく。はっと我にかえって、せっせとアイスクリームを食べると、つきんっとこめかみに痛みを感じた。その瞬間、何が起こったんだろう。フランボワーズの世界が赤く染まっていった。
《後半》
わたし、ラズベリーコーディアルの湖で溺れてしまったの?それとも、さくらんぼがわたしの両目を塞いでいるのかしら?
でも、不思議と心地好いわ。大好きな赤に支配されているこの空間。
赤は生命の輝きよ。わたしの猫的ラッキーカラーよ。
🍒
「カフェの年間パスポート?」
「トットさん、あなたにぞっこん恋しちゃってるみたいですよ」
フランボワーズの数日前の記憶がフラッシュバックする。
「わたしは自立したにゃんこレディーよ!殿方の施しなど受けません」
カフェの年間パスポートをそっと手渡した白いお髭のイケオジは、ぽっと頬を染め、わたしの言葉を待たずにステップ踏みながら店を出ていってしまった。
これは、いわゆるナンパってやつよね?馬鹿にしないでほしいわ。あの常連のイケオジ、ちょっと素敵な紳士だなって思っていたのに、幻滅よ!明日きっぱりお断りするわ。
そしてあくる日、わたしは年間パスポートを彼に突っ返した。
「もしもし、あなた。勘違いなさらないでね。
みんな、わたしの視線がかすっただけで色目を使ったとか、赤い毛並みがセクシーだとか、勝手なことおっしゃるの。そういうのは、もううんざり!
それにわたし、自分より赤くない殿方は恋愛対象外ですの!」
よく覚えておいてね!と捨て台詞し、わたしはそっぽ向いてクリームソーダを一気に飲み干した。
あれから数日…。
赤白しましまタイツを履いたイケオジの、しょんぼり項垂れた後ろ姿が焼きついて離れない。
月イチのカフェ時間だったのに、あの一件からなんとなく毎日通うようになってしまった。
もうきっとこのカフェには来ないわね。あれだけ強くひどい言葉を浴びせてしまったのだもの。
後悔?いいえ、まさか。わたしがほしいのは、浮わついた軽い気持ではなく、包まれるような至高の愛なのよ。
はじまりがナンパなんて、ありえない!
🍒
「メリークリスマス!フランボワーズさん!
今日はトットさんの445446歳のお誕生日ですね!
フランボワーズさんのところにも、赤白しましまカード、届いたでしょ?」
カフェには続々と、こびと界、人間界からの招待客が集まり、パーティーがはじまる前から賑わっている。
主役のイケオジは、まだ来ていない。
わたしのせい…。
胸がざわつく。
でもわたしは、いつもと変わらず窓際の席でクリームソーダを楽しむの。関係ない。関係ないわ。同じ日々を過ごせることこそがわたしの幸せなのよ。
ああ、いやだ。
悲しい記憶が窓枠に積もる雪とともに、わたしの中に落ちてくる。
きっと誰も知らない。わたしの過去のお話。
わたしは子猫のとき、痩せっぽちの捨て猫だった。
🍒
こんなふうに冷たい雪が降りはじめた朝、可愛らしい人間の坊やがわたしを拾って、お家に連れ帰ってくれたわ。けれどもその子のパパとママは、わたしの赤い毛並みを見て不吉な猫だと断じた。そして坊やに元の場所へわたしを捨てて来なさいと叱ったの。
坊やは泣きながら何度もごめんよと呟いて、自分の赤い毛糸の帽子でわたしを包み、雪風を避けられる大きな木の根元の穴にわたしを入れた。
温いような寒いような時間が流れ、フッと気を失いかけたとき、突然、さっきまでは姿かたちもなかった木の扉が開いて、わたしの体は吸い込まれていった。
こうして、このこびと界に迎え入れられたわたしは彼らに育てられ、生命を繋ぐことができたのよ。
🍒
「トットさん、来ないつもりかなぁ…」
パーティーの招待客たちが心配そうに呟いている。
わたし、どうしてあんなこと言ったんだろう。トットさんのこと、よく知りもしないのに、どうして…。
子猫のわたしを拒絶した、人間のパパとママと変わらないじゃない。
クリームソーダの中に滑り落ちたさくらんぼ。つきんっと痛むこめかみ。気づけばわたしは、この赤い世界を漂っていた。
キラキラ輝く生命の色は、なんて温かいのだろう。トクントクンと脈打つ鼓動を感じるわ。
「……ボワーズさ~ん……」
幻聴?わたし以外見えない赤の世界で、わたしを呼ぶ声がする。
「レディ・フランボワーズ!」
「!?」
振り返ったわたしの視界に入ったのは。
「イケオジ……?」
「愛しのレディ・フランボワーズ」
「どうして?」
赤の世界の中で、赤い光に染まった笑顔のトットさんが、目の前にいた。
「どうだい?フランボワーズさん。ぼく、これで、あなたよりも赤く見えるかな?」
「まさか…この空間はあなたが?」
「フランボワーズさんにとって、赤は大切な色なのでしょう?ぼくにとっても、赤は特別な色なのです」
言葉より先に涙が溢れ出した。
トットさんが、人間界でいうところのジョージ・クルーニーに見えてくる。
「恋愛じゃなくていいのだよ。恋人じゃなくてもいいのだ。ぼくはただ、あなたのことが大好きで、あなたがそうしたいとき一緒にいられたら、それだけですごく幸せなのさ」
「イケオジ……」
🍒
熱い抱擁を…と彼に駆け寄った瞬間、赤い世界のベールが翻り、気がつくと、わたしの膝にトットさんがちょこんと座っていた。
ここはカフェ。窓の外は雪景色。あたたかい暖炉の火の匂い。静まり返る店内。
クリームソーダのヴァニラアイスクリームはすっかり溶け、グラスの中のさくらんぼがキュピンとウィンクした気がした。
「トットさん!お誕生日おめでとう!そして、
メリークリスマス!🎄🎉」
ワッと歓声が上がり、音楽が鳴る。
わたしたちを取り囲むみんなの笑顔笑顔笑顔。
室内をヒューヒュードンパン色とりどりの花火が駆け巡る。
「レディ・フランボワーズ、踊ろう!」
そう言って、わたしの手を取るイケオジは華麗なステップを踏み、こびとサンバを踊り出した。
これが本場のこびとサンバ…。いつも横目で見ているだけだったけど、今日はみんなと踊るわ!
「トットさん、ダンスならわたし、負けなくてよ!」
「ホッホ~🎵レディ・フランボワーズ、あなたは本当に赤が似合う」
「当然よ。赤はわたしのラッキーカラー、フランボワーズは赤く美しく輝くの!」
~おわり~
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🎄
トットさんのお誕生日前夜が読めます💖↓↓
コーチョレホトットさん、お誕生日おめでとう!&
メリークリスマスなのだ!🎄🎅🎁
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