UNTITLED REVIEW|無情の写実主義
市内を縦断する鉄道の終端駅からほど近い場所に樹齢数百年とも言われる原生林の森に抱かれた神社がある。世界遺産のひとつに登録されてはいるがターミナル駅からバスで30分ほどかかることもあり、いつ訪れても観光客の姿は疎らだ。若い頃、街の喧騒から逃れたくなったときや世の中の不条理にどうしても耐えられなくなったとき、よくその場所に足を運んだ。今はそれなりに年齢と経験を重ねて多少シニカルなものの見方ができるようになったこともあって、そこに行くのは初詣の時ぐらいになった。人は生きるために、感情に流されない術を自ずと身につけてゆく。
本のタイトルと同じハッシュタグが付いた記事の少なさに、人の世から離れた森に佇む自らの姿を思い浮かべたのは、ハードボイルドというジャンルの中では間違いなく不朽の名作に分類されるであろうこの小説を今さらながら読んだことに端を発する。足早にいくつもの名所を表層的に巡る観光客のような、一年間に数百冊もの本を読むという自称「多読家」には、訳者によるあとがきを含めれば650ページ弱にもなる重厚な造りの本書は立ち寄るに値しない代物なのかもしれない。
探偵という職業柄か、世間をどこか引いた目で見る主人公。その言動はどこまでもアイロニカルでオブジェクティブだが、時折垣間見える感情の片鱗に、彼を彼たらしめているそのものを想う。それに、女性と軽々しくベットを共にしたりしない彼の自制的なところは、ジェームズ・ボンドよりも好感が持てた。しかしながら、僕はこの小説に関してふたつの大きな勘違いしていたことに本を読み終えたあとに気づく。
まずひとつ目は、本作品がシリーズ第一作ではないこと。そしてもうひとつが、この著者の作品の中で最も有名なセリフとも言える「タフでなければ生きていけない」で始まるフレーズが登場するのはこの作品ではなく、この著者の遺作となった別の作品であること。なお、村上春樹氏の手による新訳版では多少言い回しが異なるらしい。いずれにしろ、シリーズ全作品を読まなければならないことが決定したようなものである。先ずはもう一度この作品を読み直し、その後でこの探偵が初登場した作品を手に入れるとしよう。もちろん村上春樹訳のハヤカワ文庫版で。