刹那一千秒物語 二夜
~私が月と再会った瞬間~
トクリ・トクリと音がする。
夕方、太陽が西に向かう時刻。
何時もと同じ道を歩きながら、胸が詰まりそうな瞬間。
私はソノ空に確かにドキドキしていた。苦しいほどに、胸が張り裂けてしまいそうで痛かった。
痛いココロが、トクリ・トクリと音を立てる。
何かを期待するココロが、トクリ・トクリと……
忘れていたはずの、あの空だった。
あの時の空が今蘇って、私の頭上に広がる。
記憶の中の、夢の中の、空。
泣いていた……
「来ないで!」
私は、視界の端で灯されてゆく窓の明かりが増えている事に不安になる。そして、自分の影が薄くなり消えてしまう寸前に顔を出すソレを拒む訳にはいかなかった。
月が、好く磨いた皿のように丸い月が、あの時と同じ姿で空に浮かんでいた。
消えかけた影が、月の蒼白い反射光によって再生する。
「どうして逃げるの? 昔は一緒に遊んだのに」
月が、私に微笑みかける。
その優しい言葉に、月色に染まった影がザワザワと揺れる。
「知らない! だから来ないで!」
月がユックリと近くに迫って来ると、私を押し潰すかのように昏い闇空を占領していく。
私の影がぐにゃりと変形した瞬間、盗まれて丸い月に写し取られる。
「返して……」
トクリ・トクリと音がする。
幼い頃、未来の空に解けてしまいたいと臨んだのは、確かに私のココロ。言葉を失うほどに美しい月を、首が痛くなるほど見つめていた。
泣いている私をなぐさめてくれた、恋焦がれるように望んで奪われた、あの過去の月。
そして現在、また姿を見せた。
だけど、私は望んでいない。
トクリ・トクリ……
トクリ……
トクリ・トクリ……
トクリ……
「嘘吐き」
月が、私の影を奪った月が閑かに笑った。
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