【パロディ】神曲_③怪物、悪魔、ヘビ
(約4,100文字)
地獄篇 第6歌より
Cerbero, fiera crudele e diversa,
ma io riuscirò ad addestrarlo
offrendogli la mia affezione tersa.
(日本語訳)
残酷で異質な獣、ケルベロス。
でも、僕は曇りなき愛情を与え、
やつを飼い慣らすことができる。
僕はダンテ。
よし。さっきポテチを食ったけど、ちゃんと手を洗ったから気持ちよくタイピングできる!
さて、本当は大分の "地獄めぐり" をしたいところですが、旅行に行く金がありません。貧乏ってつらいな...と思っていると、ローマ時代の詩人マルティアリスが言いました。
"Non est paupertas, Nestor, habere nihil".
...そんなわけで、今回も豊かな心で、ガチの地獄めぐりを楽しんでいこうと思います(?)
(ちなみに、この段落は、ラテン語学習中に覚えた上記のフレーズをこれ見よがしにひけらかすために書きました。本心では "貧乏がつらい" とは思っていませんので、ご安心ください)
*****
僕はダンテ。前回いろいろあって、よく分からないけれど気絶してしまいました。
しばらくして意識を取り戻すと、ウェルことウェルギリウスは、第三圏、貪食者の地獄へと僕を連れていきます。目を覚ましたばかりだというのに、あんまりではないでしょうか。
まぁそれはともかく、地獄の第三圏では、雨と雹が降りしきり、地面からは吐き気を催させる酷い悪臭が立ち上っていました。
そんな劣悪な環境の中、一頭もとい三つの頭を持つ一匹の恐ろしい獣が、犬のように吠え立てながら罪人たちをひっかき続けています。怪物をよく見てみると、その目は赤く、漆黒の毛並みは汚れ、腹は大きく、膨らんでいました。
「こいつの名前はアンドレア!」
僕がウェルを見つめて言うと、彼は赤い眼光を放ちながらこちらを睨み返し、静かに口を開きます。
「赤いのは髪の毛だ。目じゃない」
「そうですね」
「この怪物の名前はケルベロス」
「そうなんですね」
ケルベロスは、そんな会話を交わす僕たちを見るや否や、鋭い牙がいっぱい生えた三つの口を大きく開きました。
僕が後ずさりする一方、ウェルはその大きな手で地面の土を掴み、獣の三つの口へ投げ込みます。すると、なんと怪物はそれを咀嚼し、食ってしまったのでした。
貪食者を裁いているだけのことはあって、やつもまた、好き嫌いせず何でも食べるタイプなのでしょう。ネットスラング的な意味で香ばしく、美味しい土で食欲が満たされたのか、ケルベロスはなぜか急に大人しくなりました。
僕たちはその隙に獣の脇をすり抜け、この辺りを流れるステュクス川が作り出した沼地を通り、炎のように赤く高い塔をいくつも内包する、地獄の下層手前に広がる町、ディーテを遠くに臨みながら先へ進みます。
そして、町を取り囲む城壁にたどり着いたとき。その頂上から千もの悪魔が顔を出して僕を指さし、
「誰だ、あいつ。死なずに黄泉の国を歩いてる」とざわつきました。
それを見たウェルは怯えもせず、落ち着いた様子で口を開こうとします。しかし、悪魔たちが再び騒ぎ立て、彼の発言を遮りました。
「ここは通さないよ。生者は一人で元居た場所へ帰れ。まぁ、生きて戻れればの話だけど。そして、親愛なるウェルギリウス、お前は我らと共にここに残るんだ」
悪魔の脅しに、僕は息を呑みました。
一人で...? そんなの迷子になるに決まってる。家へ帰る道を見つけられるわけがない... そう確信し、いつものように(?)ウェルにすがりつきます。
「先へ進めないなら一緒に戻ろうよ! ねぇ、お願い! 僕を一人にしないで!」
「ダンテ、怖がらなくていいんだよ。俺たちは先へ進むんだ」
ウェルはそう答えましたが、いつになく不安げです。それが何より証拠には、
「助けてもらえるはずなんだけどな... ちょっと遅れてるだけで、そのうちきっと来てくれる...と思うんだけど... だって、ほら、ヒーローは遅れて登場するものだし...」と、念仏よろしくマシンガンつぶやきを始めたのでした。
おい、ちょっと、なんなんだ、ほんとに怖がらなくてもいいのかよ?と思い始めた、そのとき。頂に炎を灯した半端なく高い塔から、本来髪の毛が生えるべきところに無数のヘビを生やした、三人の血まみれの女性が現れたのです。さすがは地獄。
それを見たウェルは、
「彼女らはエリーニュスだ!」と声を上げ、
こちらに向かって、
「ダンテ、気を付けろ」と言いました。
何にだよ?! と聞き返す暇もなく、三人の女のうちの一人が叫びます。
「あなたたち、メドゥーサを呼んで。彼女がその人間を石に変えてくれるわ」
それを聞き、負けじと声を張り上げるウェル。
「ダンテ、こっちを向け! 早く! メドゥーサが来たらヤバい! 彼女と目を合わせたら石になるぞ!」
僕は、彼らを交互に見つめ、声を出さずに狼狽しました。
メドゥーサって誰? "Classicini" あるあるだけど、この状況で、未紹介のキャラを突然ぶち込んでくんなよ! ていうか、まぁ、メドゥーサは日本でも有名だから、どんなやつかはだいたい知ってんだけど、あれも頭にヘビが生えてる設定じゃん? むしろ、それがメドゥーサのアイデンティティだろ。それなのに、日本では無名なエリーニュスとかいうやつらの髪の毛もヘビって... どう考えても混乱するに決まってる。そういうキャラの被せ方するなよな。
あと、なんでこいつら僕に対して怒ってんの? 追い返したいだけなら、石に変える必要ある??
それに、ウェルもウェルだ。メドゥーサはまだここにいないのに、今向き直る意味あるか??
...頭の中はクエスチョンマークだらけ、かつ恐怖のあまり身動きが取れない僕の体を、ウェルが力づくでエリーニュスと反対の方向へ向かせます。さらに、目つぶし的な様相を呈してはいましたが、その手で僕の両目を塞いでくれた、次の瞬間。ステュクス川の岸辺を揺るがすほどの雷鳴が轟きました。
直後、ウェルが耳元で、
「もう見てもいいよ」と言い、僕の顔を覆っていた手を下ろします。
アイアンクローから解放され、言われるがまま目の前の光景を見た刹那、我が目を疑いました。
誰かが足を濡らすことなく沼地を横切り、その誰かから罪人たちが逃げているのです。
ぅわ、天使だ! 天使がいる!
彼は秒で城壁の門へ近づき、門扉を開け放ちます。そして、悪魔たちに向かって口を開きました。
「どういうつもりですか? 神の意思に逆らうことはできません。ダンテはここを通らなければならないのです」
丁寧な口調ながら、有無を言わせずとはまさにこのこと。圧倒的な権力です。天使はそれだけ告げると、僕たちに言葉を向けることなく、迷子にならないか心配する様子もなく、ふつうに元居た場所へ帰っていきました。
天使の姿が見えなくなると、ウェルはこちらに合図をよこし、僕は彼について城壁の門をくぐります。それを邪魔をする者はなく、ようやく身の安全を覚えることができたのでした。
こうして僕たちは地獄の下層へ入り、限りなく広がる火焔の墓穴を横切ります。ここでは神を信じなかった異端者が墓に閉じ込められ、永遠の外出禁止刑に処されているのです。(←第六圏)
さらに進むと、凄まじい怪物たちや恐ろしい景色を前にしました。
他人に対して経済的・身体的ダメージを与えた者が罰せられる、煮えたぎった血の川(←第七圏 第一の環)、木に姿を変えられ、ハルピュイアに葉を啄まれる自殺者たちの森(←第七圏 第二の環)、神と自然の摂理を蔑んだ者を苛む炎の嵐(←第七圏 第三の環)...
悪夢が尽きることはないかのように思われました。
しかし、どんなものにも終わりがあるように、歩き続けていると、そのうち崖に突き当たったのです。
さて、どうやって降りるのか。
僕の心配をよそに、ウェルは自信に満ちたウインクをしました。
彼は無駄に腹が出ているわけではなく、恐らく有袋類のような構造をしているのでしょう。ドラえもん的なノリで決然とロープを取り出すと、それを深淵に投げ入れ、じっと待ちます。
すると、ほどなくして、闇の中から不可思議な姿をしたものが浮かび上がってきました。それは、美しい顔と二股に別れた尾を持ち、まるで海の中にいるかのように、空中を泳いでこちらに向かってくるのです!
ウェルは、言いました。
「この怪物はゲーリュオーン。彼の背中に乗って崖の下へ降りよう」
「...待って。それなら、さっきロープ、何のために崖の下へ投げたの? 僕はてっきりあれを伝って下に降りるのかと...」
こうして、伏線回収されないまま(これも "Classicini" あるある)、僕たちはこの怪物の背中に乗ることに。本当に大丈夫なんだろうな、と僕は恐れおののきましたが、幸運なことに、赤くてでかいドラえもんがしっかりと体を支えてくれたので、まぁ何とかなるかな、という気持ちになれました。
ゲーリュオーンは崖を飛び立ち、鰻のように尾をくねらせて深淵に舞います。
風が僕の顔を荒っぽく撫で、眼下には一面の炎と、背筋が凍るようなうめき声。どうか落ちずに済みますようにと祈りつつ、歯を食いしばります。
幸い何事もなくゲーリュオーンは深い裂け目の底へと着地し、旅は続いていくことになりました。より深く、地球の中心へと向かって...
【パロディ】『神曲』第三章 怪物、悪魔、ヘビ
了
以前アンドレアが言っていたこと短歌:
美術品 どれか一点 くれるなら
カラヴァッジョの絵 『メドゥーサの首』
本編とは関係ないけど自慢したいから載せる。
アンドレアが買ってくれたキーホルダー:
241217
参考書籍:
Classicini La Divina Commedia (Gisella Laterza) Edizioni EL
トップ画像:
犬。ケルベロスではありません。