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【『イタリア日記』より抜粋】雨とチップ

雨は降ったり止んだりを繰り返し、朝、近所の川を見に行くと、水が溢れていました。

消えた遊歩道

それを見たアンが「去年と同じだね。住宅地に被害が及ばないといいんだけど」と、はしゃぎます。

夕方、再び川を訪れると、水位は下がっていました。

復活☆遊歩道

それを見たアンは「去年みたいにならなくてよかったね」と、寂しそう。

車に戻り、各地の水害を伝えるニュースを一通り見たあと、幸いこの川の付近では大きな被害が出なかったため、再び雨脚が強まってきたものの、ピザ屋のアルバイトに出かけました。

配達を始めると、雨は土砂降りに。
前日は小降りだったので、「君は外に出るな」というアンの命令に大人しく従いましたが、この日はそういうわけにはいきません。同様の台詞を繰り返すやつに、
「雨に濡れたくらいで風邪なんか引くわけねぇだろ、ばーーーか」と返し、車外に出ようとすると、左腕の、ちょうどタトゥーを入れたあたりを、骨が砕けるのではないかと思うほどの力で掴まれました。
それでも何とか折り合いがつき、アンが先に車を降り、傘を差して僕を助手席まで迎えに来る...という、よく分からないスタイルで配達を手伝うことに。
...レインパーカーは、一体、何のために存在するのでしょうか。

アンが傘を差して、代引きの際はおつりの計算をし、僕が商品の受け渡しをします。
配達終盤、中心街のとある集合住宅に、ピザ1枚とペットボトルの水を届けたときのことでした。

インターフォンでデリバリーに来た旨を伝えると、丸くて華奢なメガネをかけ、ブロンドショートの前髪をポップなデザインのクリップで右耳の上あたりにとめた、ルームウェアの女性が出てきます。彼女はピザを受け取りながら、
「こんな天気のときに届けさせてごめんなさいね。それと、重ねて申し訳ないんだけど、小銭がこれしかなくて...」と言い、僕にチップをくれました。
彼女はオンライン決済で前払いしたにもかかわらず、僕たちのためにわざわざコインを用意しておいてくれたのです。

僕は今まで、「チップなんて、金持ちが細かいのを嫌ってつりを断るだけだろ」と、また、もらっても「ラッキー!」くらいのものだと、本気で思っていました。

それなのに...

イタリアでは小銭を持っていないと、有料トイレに入れなかったり、駐車できなかったりして、困ることがよくあります。それなのに、セントコインで1ユーロ10セント。自動支払機で使える種類の硬貨を、本当に財布からかき集めてくれたのでしょう。
正直、1ユーロ10セントなら、僕でも持っています。でも、『金額じゃない』というのは、きっと、こういうことを言うのだと思います。

分かっているつもりの言葉を、本当に理解した雨の夜でした。


9月20日(金)

秋晴れの観光の日に取っておく
エミリア・ロマーニャ州、アンの自宅にて執筆