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【随想】映画『マイ・エレメント』ピーター・ソーン

エレメントシティは、火、水、風、土の4つのエレメントが共存する街。
火のエレメントであるエンバーの両親は、祖国の火の土地を災害で追われ、新天地を求めてエレメントシティに移住しました。
しかし、火のエレメントは他のエレメントたちから迫害され、下町のファイアタウンで生きることを余儀なくされます。
そこで父親は小さな店「ファイアプレイス」を開業し、エンバーを大切に育てながら地域に活気をもたらしました。

エンバーは父親の期待に応えようと店を継ぐ準備をしていましたが、本当は自由に生きたいと心の奥で願っていました。
ある日、店の水道管に欠陥が見つかり、水のエレメントである検査官ウェイドと出会います。
彼と協力して問題解決に取り組む中で、エンバーはウェイドと惹かれ合い、心の距離を縮めていきます。

しかし、火と水は物理的にも文化的にも相容れない存在です。
エンバーの父親は水への偏見を強く持ち、エンバー自身も父親の期待との板挟みになります。
そんな中、エレメントシティでダムが決壊し、火の街が水害に襲われます。
ウェイドは危険を顧みずエンバーを守りますが、自身は蒸発してしまいます。

この出来事をきっかけに、エンバーは父に自分の本当の気持ちを打ち明け、父もまた彼女の幸せを願う姿勢を見せます。
涙によってウェイドが復活すると、火と水という異なる存在が、困難を乗り越えて新たな未来を築いていく希望が描かれます。

『マイ・エレメント』の素晴らしい点は、物語の中に悪人が登場しないことです。
「悪者を倒せば解決する」という安易な展開に逃げることなく、異なる背景や価値観を持つ者同士が理解し合うとはどういうことか、キャラクターたちの関係性や葛藤を深く掘り下げた点が秀逸でした。
水漏れの原因を巡るエピソードも、“誰かの悪意”ではなく、システムや状況の結果として描かれています。
このようなアプローチが、現実世界の複雑さを反映しているように感じました。

また、火のエンバーと水のウェイドが紡ぐラブストーリーの純度の高さも印象的です。
特に、海底の植物園の花を見に行くシーンは、美しい映像表現とともに、二人の絆を象徴する重要な場面でした。
ピクサー作品では珍しい、本格的なロマンスの描写が新鮮でした。

さらに、この物語はエンバーが自己発見し、父の期待から解放されていく成長物語でもあります。
彼女の葛藤や選択に共感し、最後に父が彼女の夢を尊重する場面は感動的で、家族愛のテーマがしっかりと描かれていました。

全体を通して、感情豊かなキャラクター描写と美しい映像美が融合した、ピクサーらしい名作と言えるでしょう。

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