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詩集『熱帯』 密林の奥へ
熱帯のジャングルはあらゆる動物と植物の生命の混沌のような場所である。そのなかでは人間も、その緑の滴りのなかに溶けこんでしまいそうな[命]のひとつ、というか、運命、あるいは宿命と呼ぶべき、ありきたりな自然な存在の一つである。
密林の奥へ
高く生い繁る闊葉樹の木陰にキシタアゲハはゆっくりと舞い上がり
いきなり銃声がして汚れた青い服を着た農作業の男が肩に長い棒を
担いで谷沿いの道をゆっくりと降りてくる
あたりには雨後の霞たちこめ男は霧のなかを駆けてきて立ち止まり
突然に姿を現した茶色い痩せたイヌの頭を撫でてなにか話しかける
長い棒と見間違えたのは銃身の長い小銃だった
あヽ愛されるべきであるわたしのアジア永遠に記憶にとどめるべき
ある日ある一瞬の無限のような刹那の光景 そのまさしくある日の
アジアの太陽が雲間に隠れ激しい雨を降りつのらせたあとに現れた
原初の光景
この日 わたしは美を見つけた
この日 わたしは愛を見つけた
この日 わたしは真理を知った
密林は可能なかぎりの熱気とエネルギーのうねりを中に封じ込めて
白く濁ったもやを吐き出し 太古の地表が命を育んだ有様を思わせ
わたしにいまからわたしがすすむべき旅の方角を指し示すのだった
その旅は蘇生の旅であると
失われたガリバーの記憶をはるかに遠く葬り去り無数の旅の記憶と
都会でくり広げられたいくつかの物語の終幕をファイルに封印して
その旅は蘇生の旅であると
その旅は再会の旅であると
その旅の終わりに宿命的に出会うものこそがわたしの真実の愛だと
わたしはそのことを持ち歩く黒革表紙のメモ帳の余白に走り書きし
再び巨大なアゲハに導かれるようにして密林を更に奥へと向かって
歩きつづけた
カンボジアのジャングルにはかつて存在した古代遺跡が廃墟になって、いまも時をむさぼるように荒れ果てたまま、放置されている。そこにはひしひしと胸に迫るような、王国の繁栄を思わせる巨大な石の神殿が緑の蔦に絡まれて悠久の時間の経過を耐え続けていた。
古代遺跡の黄昏、獅子の石像のシルエットが美しく映えた。つづきます。