
ある地名の風景
塔ノ山の三重塔 tonoyama
先日、中野区の地下鉄中野坂上駅から
徒歩で山手通りを東中野方面へ向かう途中、
”塔ノ山町会”という掲示板を目にしました。
中野区に”塔ノ山”なんて町名あった??

疑問に思いつつ、後から地図を広げてみると
私が歩いたあたりは中野区中央という町名です。
しかしよく見ると
塔山小学校とか塔の山ハイツなどを発見。
どういう事?地名探偵の血が騒ぎます(笑)
町内会があるからには
そこの地名を名乗っているはずです。
今の住居表示ではないとなると、
”中央”となる前、
つまり昭和42年以前は何という町名だったのか・・
案の定、このあたりは
昭和6年から42年にかけて中野区塔ノ山町でした。
中野区中央となった今も
古い町名が
町会や小学校名として生き残っているわけです。
しかし、山には関係なさそうな中野にあって
”塔ノ山”とはちょっと奇異ですねぇ。
実はその由来、
中野坂上駅から青梅街道を300mほど西へ行った
宝仙寺というお寺にまつわるものでした。
かつてこのお寺の境内には飛び地があり、
そこに建っていた三重塔が地名の”塔”の元でした。
飛び地というのは現在の中野東中学校の敷地で、
宝仙寺から東へ400mほど離れています。
この塔は江戸時代の初めに建てられたそうで、
その土地が小高くなっていたことから
”塔ノ山”と呼ばれていたと言います。
明治から大正にかけての中野村、中野町の時代も
おそらく”塔ノ山”という通称の地域名があり、
昭和6年の町名に採用されたのでしょうね。
この飛び地、中学校ができる前は
”塔ノ山公園”として親しまれた場所でしたが
昭和20年の戦災で焼失したそうです。
口絵の三重塔は現在の宝仙寺境内です。
平成4年に再建されました。
(中野区中央2丁目)
