自分の経験と考えを言葉にする
自分がぼんやり考えて、「こういうことなんだろうな」と思うようなことは、結局、過去の人たちも思い至ってることで。そういう知恵や知識が書物になっていたり、統計として占いになっていたりするんだろうな。
そんな風に思う。
でも、逆に言えば、占いで言い表されることも、自分が観察したうえで気がつくことで、行きつける内容だったりする。
ただ、ノウハウがないので、気づくのに、えらく時間と労力がかかる。
じゃあ、自分が気づいたことを言葉にすることの意味とは。
きっと、統計的にとか、経験則からは、濃密な内容が言い表されるんだけれど、それが自分事として腹落ちするか、なんだろうな。
濃い内容をちゃんと自分のものにするために、一つひとつ噛みしめる必要がある。もちろん、すっと浸透する内容もあるけど。
並べられた言葉をただ眺めるよりも、自分事として小さな経験を積み重ねる方が、血肉になりやすいというか。
自分で経験して、そこから浮かんできた思いや考えを言葉にすることには、大きな意味があるように思う。
そんなことを、私はしているのかもしれない。