奇妙な夢
「奇妙な夢」
夢を見た。僕は夜の駅のホームに簡素な机を出し、そこでうどんを食べるという基地外じみた動画を撮ろうとしている。家路に向かうサラリーマンが「何なんだこいつは……」という顔で通り過ぎる。そのサラリーマンにも声をかけた。色々と与太話をするうちに、僕らは打ち解けて仲良くなってしまう。そういう変なカリスマコミュニケーションの様子を画に収めようとしていた。
夜の駅に、机とうどん。その奇妙な物珍しさに、気づけばワラワラと人が集まってきて、小学生の時の先生や大学の教授、好きなアーティストが同じ机に肩を並べる典型的な「夢」の光景が完成した。肝心の動画はスマートフォンの充電が不足していて撮ることが出来ず、新米動画投稿者じみた挨拶をしてうどんを数口すすった、さあこれからだという時に事切れてしまった。充電器を貸そうとしてくれた親切な人が表れたところで、場面が転換した。
今度はシェアハウスのような場所にいた。可笑しな間取りだったので、覚えているうちに図に書き起こした。
ベッドが多い。大概こういう時に浮かぶ間取り図は、これまでに訪れた友達の家やゲームで見た景色なんかがモデルとなることが多いけれど、これは何がモチーフなのか全然分からない。強いて言えば小学生の頃に通っていた塾の勉強合宿で宿泊した、二段ベッドだらけの寝室に近いかもしれない。子供心ながら「僕ら、ものすごく敷き詰められてる」と思った。囚人になったような気持ちだった。
シェアハウス中央のベッドの上で、家族と一緒にエビフライ弁当を食べた。コメの隣の小さな仕切りにマカロニサラダが添えてあって、使われているマヨネーズにマスタードが効きすぎている。マカロニにも全然火が通っていなくて、信じられないくらい不味かった。僕はマスタードが苦手だ。
また「エビフライ弁当」なのに、入っている揚げ物がどう見てもエビでは無い。駄菓子のビッグカツのような謎の平たい物体だった。封の開いてしまった醤油の小袋を覆い隠すように乗っていて、最初から漬け漬けになっている。隠蔽のための揚げ物は初めて見た。味は忘れた。そもそも食べなかった気もする。
また場面転換が起こった。気が付いたら特別支援学校と銭湯が合わさったような場所にいた。教室のような形をしていながら(部屋の両端に黒板がある)、銭湯であり、辺りが風呂桶やタオルだらけなのだ。子どもも大人も、沢山いる。教室を出たところにあった檜の廊下に、白い仮面をつけた黒い全身タイツの男がいて、僕は「この人の実家って銭湯だったんだ」と無意識に作った謎設定に納得していた。ここは彼の実家。そもそもお前は誰だ。
黒タイツの男は、照明スイッチが並ぶ壁の廊下に立っていた。スイッチは、どれも古めかしく黄ばんでいる。銭湯の香りがする。
驚くべきは壁にへばりつくその夥しいスイッチの数だ。ゆうに百は超えているだろう。けれど、「銭湯だし、何か色々と動かすべきものがあるんだろうな」と思ったため、さほど気にならなかった。男は黙ったままスイッチを上から順にひたすらぱちぱちと押し、また下から順に押し、廊下の明るさをグラデーションのように変え続ける、という動画を撮影中だった。一体どのように仕上がるのか気になる。アップロードが楽しみだ。
特別支援学校は気が付けば多数の取材陣に囲まれていた。子ども達にカメラを向ける人。教員らしき人にインタビューをする人。様々な大人がいた。そんな中、僕は他の子と離れた個室で顔をのぞかせている、「ももちゃん」というダウン症の子と話していた。
この辺りから段々と視点がぐちゃぐちゃと入り乱れ始めた。ももちゃんと話していたかと思えば、気が付けばテレビ越しにその姿を見ている。僕がいる。ももちゃんも。僕はメディアを通した光景を見ている。また学校に戻る。銭湯に戻る。かけ流しの温泉に移動する。また戻る。何処に?何も分からない。
あまりの勢いに眩暈がした。詳しくは何も覚えていない。ただ一つ、凄く嫌な気分になった光景だけが、今も頭に残っている。児童たちを取材する人たちだった。
彼らはリアルタイムで現実世界を「編集」していた。騒ぎ立てる児童たちにはポップで爽快なBGMをかけるのに、カメラがももちゃんに移り変わったときだけ、悲し気なものに切り替える。「障害児教育現場の過酷さ」をドラマ仕立てにしたがるような、過剰に悲観的な嫌な音声が加わっていて、僕はいたたまれない気持ちになった。マスメディアは可哀想だ。いつだって嫌われ者。だけど今はそんなこと知らない。主語が大きいか?それでも言う。僕はマスコミが大嫌いだ。何においても態とらしい。「可哀想」という感情も大嫌いだ。だから周りの人もこの光景も、全てが嫌だった。
「ももちゃんは大きな音が苦手だから、スタッフさんに音楽を変えてもらっているのよ」
教室の先生の声がした。それなら元の音を小さくすれば良いじゃないか。暗い音楽にした理由になっていない。それに、僕は見た。明るいBGMがかかったとき、ももちゃんは楽しそうに体を揺らして踊っている。彼らは「配慮っぽいこと」をしているだけだ。もっと詳しくももちゃんのことを見ている大人はいないのか。引継ぎは一体どうなっているんだ。様々なことを思ったけれど、多忙な現場にも言い分はあるのかもしれない。第三者じゃなかったら、きっと僕も気が付けない。
これ以上、誰とも会話をする気力が起きない。深掘りもほどほどに切り上げたので、これ以上の真相は分からなかった。疲れてきた。そもそもももちゃんだって他人の子じゃないか。僕に色々し過ぎる義理は無い。
僕はももちゃんのところに行った。そしてももちゃんの手をとり、一緒に踊った。楽しそうに踊ってくれる。元気なももちゃん。一通り踊った後の会話を鮮明に覚えている。
「はじめまして。僕、○○って言います。〇〇って呼んでね」
「〇〇!私、ももちゃんだよ」
「……
……書いているうちに忘れてしまった。何だっけ。
凄く受け答えがしっかりした子だったという事だけ覚えているのに…
…思い出した。
ももちゃんが、僕に問いかける。
「じゃあ名前あてる?」
「……え?」
名前あてる、って何だ?僕は戸惑った。
「あの子の名前、なーんだ」
ももちゃんは僕を見たまま、隣にいた子どもを指さす。この子の名前を当ててみて、ということか。どうしよう。分からないな。
「…ごめん、先生さっき来たばかりだから。ももちゃんのことしか知らないんだ」
「あ、そうなの?」
「うん。ももちゃんが、一番最初だよ」
「へえ!…あ、ねえあれなあに?」
ももちゃんに言われるまま左を見ると、見たことのある芸人が変顔をしていた。それにしても、ももちゃんは「あれなあに?」と言っているのに、視線が僕の顔に向いたままだ。どうやって芸人に気が付いたんだろう。分からない。
「ああ、変な顔してる人、いるね」
頭を動かして教えてあげようとしたら、ももちゃんの首の部分にガクッとした段差があるのに気が付いた。僕はふっと「(あ、環軸椎亜脱臼だ)」と思った。
何が「環軸椎亜脱臼だ」だ。最近覚えた単語が、突然何の脈絡も無く登場した。ダウン症という言葉のイメージとリンクして出てきた単語だろうが、実際のところ、僕は何も知らない。単語とその意味を少し知っているだけだ。実際あんな極端な段差は無いだろうし、そもそも環軸椎亜脱臼だったら頭や首にサポーターがある。ももちゃんは何も着けていない。色々と根本的に間違っているのに何も疑問を抱かなかったのが、いかにも夢らしい。
「へえ~すごいねえ」
「服とかも、ねえ、派手ですね」
どこからか様々な聞き覚えのあるタレントたちの声が聞こえ始めて、自分が見ていたモモちゃんの顔は、段々とデジタル画面越しのものに切り替わっていた。僕は気が付くとテレビ局のスタジオにいた。
「ねえ、趣味とかもそういう関係で、派手で個性的なんですかね…」
僕は多分、コメンテーターとして座っている。隣には先の声の主のタレントたちが並んで座っていた。各々の思ったことを言う時間らしくて、皆様々な感想を溢し合っていた。声も見た目も普段テレビで目にする有名人ばかりで、頭がくらくらする。
「お洋服もこれ、彼女の特性(ダウン症のこと?)と、何か関係があるんでしょうかね。」
「ですねえ」
「…〇〇さんはどう思われます?」
僕の名前が出た。服の見た目という話題をふられた。
……そうだ、ももちゃんは濃いピンク色の服で全身を固めていた。髪留めも靴も全て同じ濃さのピンク色で、その「こだわり感」がタレント達(括って申し訳ない)には奇妙に映ったのだろう。特別支援学校を特集する番組だからって、何もかもをそういう「特殊な子」に繋げようとし過ぎではないだろうか。たかが全身ピンクだからって。単純な好みかもしれないのに。オンエアの時間に限りがあるから等、都合もあるのは分かるけども。考えの動向が色々と時期尚早過ぎやしないか。
そんなことを思いながら、僕はさながらプロのような口ぶりでこんなことを言っていた。
「そうですねぇ、単純に母親や彼女の好みでピンクが好き、という可能性もあると思いますが、あのー、こういう子の特性には感覚過敏というものがある場合も考えられまして、視覚から得られる情報を他の人より強く感じ取ってしまうために、特定の色のもの以外着られないというお子さんはいます。他の服や所持している物まで同じような色だったら、その可能性はありますね」
流れるように、何やらそれっぽく聞こえることを言っていた。
無意識下で滑るように喋っていてぞっとする。この時の僕はおそらく「その道のプロフェッショナル」として呼ばれていたのだから、もっと慎重に話すべきだった。知らない界隈の話の多くは、その道のプロを名乗る人の意見を一般に通し過ぎてしまう。精通した人が常識と間反対のことを言うだけで、相手は大変喜び、ちょっと理にかなっていそうなものなら、疑いの議論が煮詰まる前に全肯定され、どんどん拡散されてしまう。
また、上に述べたものは色々な話を混同してしまっていて、ダウン症の特徴というより別の障害の特徴っぽさがあるし、何にせよ冷静に文字起こしすると色々と間違っている。果たして「まあ、夢だったから」で片付けて良いものか。僕の曖昧な勉強方法への警鐘という気もする。
最後はまた場所が切り替わり、生協の前で「全大学はミスコンを廃止すべき」と主張する人達の演説を聞いていた。メガホンを持ってがなり立てていたのは、僕の中学の頃の担任と、大学の先輩だった。
大声に怯えて鞄から耳栓を取り出しつつ、体温の高い彼らを、いつまでも遠目に眺めていた。「へぇ、そこ、仲良かったんだ」と思いながら、目が覚めるまで眺めていた。
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