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最新刊『天才の光と影:ノーベル賞受賞者23人の狂気』発売開始のお知らせ!

最新刊『天才の光と影:ノーベル賞受賞者23人の狂気』(PHP研究所)を上梓した。

本書では、とくに私が独特の「狂気」を感得したノーベル賞受賞者23人を厳選して、彼らの波乱万丈で数奇な人生を辿っている。

一般に、ノーベル賞を受賞するほどの研究を成し遂げた「天才」は、すばらしい「人格者」でもあると思われがちだが、実際には必ずしもそうではない。

フィリップ・レーナルト(1905年・物理学賞)のようにヒトラーの写真を誇らしげに書斎に飾っていた「ナチス崇拝者」もいれば、「妻と愛人と愛人の子ども」と一緒に暮したエルヴィン・シュレーディンガー(1933年・物理学賞)のような「一夫多妻主義者」もいる。「光るアライグマ(実はエイリアン)」と会話を交わしたという「薬物中毒」のキャリー・マリス(1933年・化学賞)や、「アルコール依存症」で売春街から大学に通ったヴォルフガング・パウリ(1945年・物理学賞)、「超越瞑想」に「オカルト傾倒」して周囲を唖然とさせたブライアン・ジョセフソン(1973年・物理学賞)のような天才も存在する。

どんな天才にも、輝かしい「光」に満ちた栄光の姿と、その背面に暗い「影」の表情がある。読者には、天才と狂気の紙一重の「知のジレンマ」から、通常では得られない「教訓」を読み取っていただけたら幸いである。

本書には「狂気」の23人と関連して、44人のノーベル賞受賞者も登場する。「ノーベル化学賞・物理学賞・生理学医学賞の歴代受賞者(1901~2023年)」と600名近くの「人名索引」も添付してあるので、こちらもご活用いただけたらと願っている。

はじめに

空の晴れ渡った初夏のある日、山林に囲まれた渓谷の遊歩道を歩いていると、滝が流れている。いわゆる「マイナスイオン」の空気がとても美味しく、呼吸するたびに心が癒される。滝の周囲に検電器を設置すると、実際に大気がマイナスの電荷に帯電していることがわかる。滝の水滴が微粒化する際、プラスに帯電した大きい水滴が重力で落下し、マイナスに帯電した微小な水滴のみが大気に残るからである。この現象は、その原因を解明したドイツの物理学者フィリップ・レーナルトの名前を取って「レーナルト効果」と呼ばれる。

レーナルトは、巧妙に「電子線」を取り出せる特殊な「レーナルト管」を発明し、その後の「光電効果」の研究に多大な貢献をもたらしたことでも知られる。その結果、彼は「陰極線に関する研究」により、一九〇五年にノーベル物理学賞を受賞した。さて、ここまで読んでくださった読者は、レーナルトをどのような人物と想像されるだろうか? もしかすると、勤勉かつ研究熱心で、優しく温厚な人格者を思い浮かべるかもしれない。ところが、実はそうではないのである!

レーナルトの「狂気」は、ノーベル賞受賞の年から始まる。科学史上、一九〇五年は「奇跡の年」と呼ばれている。たった一年のあいだに、スイスの特許局に勤務するアルベルト・アインシュタインという無名の二十六歳の青年が、物理学を根本から覆す「特殊相対性理論」をはじめとする三つの主要論文を立て続けに発表したからである。世界の物理学界は、華々しく登場したアインシュタインの斬新な理論の話題で騒然となり、レーナルトの栄誉は、その陰に隠れてしまった。

そこから嫉妬と憎悪を募らせたレーナルトは、学問的にも人格的にもアインシュタインに対する攻撃を開始した。彼は、相対性理論を「机上の空論」と断定し、アインシュタインに論争を挑み、アインシュタインの業績を徹底的に貶めてノーベル賞授与を妨害し続けた。

さらに、アインシュタインがベルリン大学教授として迎えられ、ドイツで最も権威ある「カイザー・ヴィルヘルム研究所」の所長に就任すると、レーナルトの激怒は頂点に達した。アインシュタインは、レーナルトよりも十七歳も年下で、しかも彼の軽蔑する「ユダヤ人」であるにもかかわらず、レーナルトが羨望してやまない地位に昇りつめたからである。

レーナルトは、自分の実験物理学こそが「アーリア物理学」だと主張し、アインシュタインの理論物理学を「ユダヤ物理学」と名付けて排斥した。そのうえ『アインシュタインに反対する一〇〇人の著者』という書籍を監修し、台頭してきたナチスと手を組んで「ユダヤ物理学」の書籍や論文を焼き尽くした。レーナルトの「狂気」がいかに凄まじいものだったか、第二章をご覧いただきたい。

ここで私が「狂気」と呼んでいるのは、「常軌を逸脱している」あるいは「尋常ではない」という精神状態である。一般に、ノーベル賞を受賞するほどの研究を成し遂げた「天才」は、 すばらしい人格者でもあると思われがちだが、実際には必ずしもそうではない。

レーナルトのようにヒトラーの写真を誇らしげに書斎に飾っていた「ナチス崇拝者」もいれば、「妻と愛人と愛人の子ども」と一緒に暮らしたシュレーディンガーのような「一夫多妻主義者」もいる。「光るアライグマ(実はエイリアン)」と会話を交わしたという「薬物中毒」のキャリー・マリスや、「アルコール依存症」で売春街から大学に通ったヴォルフガング・パウリ、「超越瞑想」に「オカルト傾倒」して周囲を啞然とさせたブライアン・ジョセフソンのようなノーベル賞受賞者もいる。

要するに、どんな天才にも、輝かしい「光」に満ちた栄光の姿と、その背面に暗い「影」の表情がある。本書では、とくに私が独特の「狂気」を感得したノーベル賞受賞者二三人を厳選して、彼らの数奇な人生を辿った。執筆に際しては、できる限り原典資料を掘り起こし、これまでに知られていないエピソードをふんだんに織り込んだつもりである。読者には、天才と狂気の紙一重の「知のジレンマ」から、通常では得られない「教訓」を読み取っていただけたら幸いである。

高橋昌一郎『天才の光と影』PHP研究所、pp. 1-3.

おわりに

一九四五年九月、日本政府は連合国に対する「降伏文書」に調印し、一九五二年四月まで連合国軍の占領下にあった。その閉塞した時代の日本人に大きな自信を与えたのが、一九四九年、日本人として初めて湯川秀樹がノーベル物理学賞を受賞したというニュースだった。

これは当時のことを知る物理学者から聞いた話だが、天皇を「現人神」と洗脳されていた人々の中には、湯川こそが「現人神」であり、その神を祀る「湯川神社」を設立すべきだという運動まで起こったそうだ。この運動は、湯川氏本人が固辞したため立ち消えになったそうだが、それほどまでにノーベル賞は凄まじい影響力を持っているわけである。

科学界における最高峰のノーベル賞を受賞した「神」のような天才に対して、彼らはどんなことに対しても知的に答えられるに違いないと周囲の人々は信じる。そこで天才たちに「万能感」が生じると、彼らは本書に何度か登場する「ノーベル病」に罹患するわけである。

たとえば、第十五章に登場するライナス・ポーリングは、化学界で驚異的な業績を達成し、世界平和を追求したため、ノーベル化学賞とノーベル平和賞を受賞している。人格的にも、DNA解明の競争相手だったジェームズ・ワトソンが「世界中を探しても、ライナスのような人物は一人もいないだろう。彼の人間離れした頭脳と、周囲を明るくする笑顔は、まさに無敵だ」と褒めるくらい、すばらしい人物である。そのポーリングが、なぜビタミンCを大量摂取すると、風邪も癌も治るという奇妙な学説を主張し始めたのだろうか。そもそも過剰に投与されたビタミンCは排泄される。しかも、ポーリングの学説は何度かの追試でもまったく確認されなかった。それにもかかわらず、彼は最愛の妻にビタミンC療法を施し、彼女の癌は完治せずに亡くなったのである。

ここで改めて、ポーリングがノーベル平和賞授賞式のパーティで、世界中から集まった大学生たちにかけた言葉を思い起こしてほしい。

「立派な年長者の話を聞く際には、注意深く敬意を抱いて、その内容を理解することが大切です。ただし、その人の言うことを『信じて』はいけません! 相手が白髪頭であろうと禿頭であろうと、あるいはノーベル賞受賞者であろうと、間違えることがあるのです。常に疑うことを忘れてはなりません。いつでも最も大事なことは、自分の頭で『考える』ことです」

さて、スコット・リリエンフェルドらの論文「ノーベル病:知性が不合理に陥る病」を学会誌に訳出したところ、それを読んだ早稲田大学名誉教授の物理学者・大槻義彦氏が「『ノーベル病』などあり得ない」という反論を発表された。大槻氏は、過去にノーベル賞の推薦委員で あったこともあり、「これが本当なら座視できません」ということで、興味深い反論を提示されたのである。

大槻氏によれば、東京大学が学生に行なったアンケート調査では「オカルト志向者」が約三%であり、理系に絞ると約二%だった。また、大槻氏が早稲田大学理工学部で行なったアンケート調査でも、「オカルト志向者」は二・二%だったという。つまり、知識人一般の二〜三%は、もともと「不合理な人」ではないか、という推測が成立する。

過去のノーベル科学賞三賞(化学賞・物理学賞・生理学医学賞)の受賞者は約一〇〇〇名であるから、その二〜三%程度の二〇〜三〇名が「不合理な人」だとしても、それはノーベル賞受賞者に限った話ではなく、ごく自然な結果だということになる。したがって「『ノーベル病』などあり得ない」というのが、大槻氏の結論である。

たしかに、そのとおりかもしれない。一般に一〇〇人の知識人がいれば、二、三人は「変な人」がいるというのは、経験的にも大いに頷ける話である。ただし、やはり彼らとノーベル賞受賞者では、その影響力がまったく違う点に注意が必要である。ノーベル物理学賞受賞者ブライアン・ジョセフソンが空中に浮き上がったポスターを観て「超越瞑想」に引き込まれた若者 も多い。一九八〇年代から二〇〇〇年にかけて、日本で一連の凶悪犯罪を引き起こしたカルト教団「オウム真理教」も、これと類似した「超能力を獲得できる」という宣伝方法で、社会的地位の高い人々や、偏差値の高い大学・大学院の卒業生をカルト教団に入信させた。

実は、社会的地位が高ければ高いほど、あるいは高学歴であればあるほど、いったんオカルトを信じ込むと、自分の知性や権力を総動員して「妄信」を弁護しようとするため、さらに自分が間違っていることを自覚できなくなる。彼らは社会的影響力を持っているため、結果的にさまざまな分野で、恐ろしいほどの害悪を社会にもたらしてしまうわけである。ここで私たち はもう一度、「いつでも最も大事なことは、自分の頭で『考える』ことです」というポーリングの「教訓」を胸に刻む必要があるだろう。

最後になったが、本書の内容は、二〇二二年三月〜二〇二四年一月に「天才の光と影:異端のノーベル賞受賞者たち」『Voice』(PHP研究所)第五三一号〜第五四二号[全一二回] および『WEB Voice』[全一二回]に連載した内容に加筆修正を行ない、「ノーベル化学賞・物理学賞・生理学医学賞の歴代受賞者(一九〇一〜二〇二三年)」・「参考文献」・「人名索引」を加えたものである。連載時から編集を担当し本書出版の機会を与えてくださったPHP研究所の白地利成氏に深く感謝したい。同時に、私が長年にわたって温めてきた「天才の光と影」という企画を連載として実現してくださった岩谷菜都美氏に深く感謝したい。

國學院大學の同僚諸兄、ゼミの学生諸君、情報文化研究所のメンバー諸氏には、さまざまな視点からヒントや激励をいただいた。それに、家族と友人のサポートがなければ、本書は完成しなかった。助けてくださった皆様に、心からお礼を申し上げたい。 

高橋昌一郎『天才の光と影』PHP研究所、pp. 392-395.

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高橋昌一郎
Thank you very much for your understanding and cooperation !!!