世界で一番尊敬しているドS数学教師について
私が人生で出会った中で最も頭が良いと思う人間は、地元の塾のドS数学教師である。
ドS数学教師には高校時代にお世話になった。東京で大手予備校講師として華々しくデビューしたのちに地元に舞い戻り、私の通っていた塾で数年間講師をしていた人だ。現在は起業し新たな道を進もうとしているらしい。博識で話し方が知的でおまけにコミュ力も高い、身近にいる懐もスケールもビッグな人間代表である。私も先生のようなビッグな人間になりたいものなのである。
前回会ったのは3年半ほど前、大学1年の夏に合格報告に行ったときだ。
私の顔を見るなりドS数学教師は『来るの遅すぎ。ずっと待ってた』と言い、私が『そうですか…』と答えると呆れと困りと懐かしみの中間くらいの顔をした。『お前、相変わらずドライやな』
本当は私だって早く会いたかったのだが、ひねくれ不器用18歳は『私も会いたかったです』と面と向かって言う力を持ち合わせていなかったのだった。
ん?
……『ずっと待ってた』!?!?!?!?!?!?
その後数回LINEでやり取りした。『死ぬほど会いたいからまた絶対連絡して』というメッセージが届いた。
……『死ぬほど会いたい』!?!?!?!?!?!?
高校卒業したてのお子ちゃまを弄ばないでほしいものだ。
初めて会った頃の先生は誤解を恐れずに言うとたいへん高圧的で眼光鋭く、当時ひよっこ高校生だった我々のアホさ加減にほとほと嫌気が差すぜというような表情を常にしていた。私は春期講習の1回目の授業で先生のあまりの切れ者オーラに恐れおののき、ノートの端っこに『こわいこわい』と小さく走り書いていたほどだった。実際のところ先生も先生で、東京の大手予備校から地元の塾に越してきて学生のレベル差に愕然とし、どこから何を教えていいかサッパリわからんといったような心持ちであったらしい。
ドS数学教師は別に怖い人ではない。なんなら便宜上言ってるだけで別に大してドSでもない。ただ頭の回転がものすごく速いしあらゆる知識を有しているのでぴえん超えてぱおん、尊敬超えて畏怖みたいなところがあるだけのことだ。
そんな私も今や大学卒業間近。駅前の居酒屋で先生と喋る。
私は生え抜きのエリート陰キャなので、当時も先生とよく喋るような明るい生徒ではもちろんなかった。授業以外の時間に話したことはほぼなかったはずだ。それでも先生は私のことをよく覚えてくれていた。結構嬉しかった。
先生は生い立ちとか今後の事業の展望とか地元に対する熱い気持ちとか様々なことを語ってくれた。良い感じに酔いが回った先生はでかいグラスに入ったハイボールを無限にお代わりしながら『僕は僕の周りにいる人が大好きだから、皆に笑っていてほしいから仕事を頑張る!!』と言った。
ドS数学教師は頭が良いだけでなく人間としてのかわいげも持っている。
数学のことは全然好きではないのだが、数学をやっている人の話し方はめちゃくちゃ好きだ。他の人に比べて明らかに論理性や厳密性を重視し正確に物事を伝えようとしているのがわかる。あと、雑談から急に数学トークになって周りを置いてきぼりにしちゃうところも含め大好きだ。
今回も話題が収束したタイミングで先生が言い出した。『じゃあ素数の話でもするか』『いやです』
間髪を入れず真顔で拒絶した私に、先生は笑って『そういうとこ好き』と言ってくれた。
『言うことすんなり聞かずいちいち突っかかってくれるから楽しい。僕のそばにいてほしい。就職やめて地元に住まん?』『住みません』
先生はもう一度『そうそれ。好き』と言った。
先刻から複数回にわたり告白とプロポーズを受けているな…と思いながら私は全部すんなりと受け流した。
私はもう立派な大人なので弄ばれるなんてことはないのである。
……『僕のそばにいてほしい』!?!?!?!?!?!?
こういうのにいちいち引っ掛かっていては、先生のようなビッグな人間にはいつまで経ってもなれないのである。
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