雪解けの頃に
空気がまだ冷たく、春の訪れが遠くに感じられる北海道の早春。僕、雪村 悠馬は、小樽を訪れていた。雪が溶けはじめる頃の小樽は、港の街特有の潮風と冬の名残が混ざり合い、独特の風情がある。
小樽駅を出ると、運河沿いにはまだ残る雪が少しずつ溶け、冷たい石畳に春の気配が漂っている。町の人々は、少しずつ春支度を始めているようで、観光客向けの古いガス灯が並ぶ道には、散歩を楽しむ老夫婦の姿があった。「今年も桜、綺麗に咲くかね」と話している声が聞こえる。
僕は駅から少し離れた喫茶店「風待ち亭」に足を向けた。この店には、以前一度だけ立ち寄ったことがある。運河近くの路地にひっそり佇むこの店は、ノスタルジックな雰囲気があり、小樽の静かな港町の空気が漂っている。
ドアを開けると、かすかな珈琲の香りが鼻をくすぐる。店主の田島さんが、カウンターの奥から顔を出して「お久しぶり」と微笑んでくれた。変わらない笑顔が心地よい。僕は田島さんと軽く挨拶を交わし、窓際の席に腰を落ち着けた。
窓の外には、雪解けが始まった運河沿いの道が続いている。まだ寒さが残る小樽の街並みと、静かな運河が、どこか懐かしさを感じさせる。僕は一口、珈琲を味わいながら、ふとまたこの街で、春を迎える準備をする人々の暮らしを想像してみる。
「今年も、春がやってくるね」
ぼんやりと独り言を呟いた僕は、次にどんな出会いや出来事が待っているのか、心のどこかで期待していた。
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