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AEDを使った日
ケアマネジャー試験の合格発表から実務研修が始まるまで約2ヶ月。
自分の未来に向けて少しでも役立つことが有ればと、普通救命講習Iを受講した。
市の広報誌に出ていたこの普通救命講習会の参加募集を見て思い出したことがある。
介護施設で事務員をしていたとき、入所者さんにAEDを使う救急事態になった。
それは日曜の出勤日のことだ。
コロナ蔓延の時だったこともあり、そもそも来客が少ない時期だったが、日曜日ともなると平日に比べて来客や電話、業者の出入りもなく事務作業に没頭できる静かな時間が過ぎる。
そのぶん、職員数も通常より少ない。
私一人しか居ない事務所の内線が鳴った。
入所者の食堂フロアからの内線だ。
受話器を取ると明らかに慌てた声で
「AED持って来て!大至急‼️」
心臓がドキドキした。
あまり詳しく覚えてない。
とにかく事務所に置いてあるAEDを持って走って行った。
食堂には床に横たわった入所者さんの心臓マッサージをする看護師と声をかける職員が見えた。
震える手でAEDを渡すと介護スタッフが手際良く装置を開け、電極を横たわる入所者さんの身体に貼り付ける。
心臓マッサージをする看護師がAEDをセットした介護スタッフと声を掛け合いながらマッサージを中断して電気ショックを与えていた。
その後、職員が交代しながら心臓マッサージを続けるなか救急車のサイレンが聞こえて来てホッとしたのを覚えている。
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目の前の出来事はまるでドラマのようで私の足はガクガク震えていた。
その後、救急車で運ばれた入所者さんは入院期間を経て無事に退院し元気な姿を見せてくれた。
その施設で働いていたときに事務員の私もAEDの訓練は受けていた。
というか、使いかたの説明を遠巻きに聞いたことがあるという程度。
だからこの機会にしっかりと講習を受けておこうと思い、この普通救命講習Iに申し込んだ。
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我が市にある一番大きな消防署の講習会場に着くと10代後半〜60代くらいの市民が20人程度集まってパイプ椅子に座っていた。
20人もいるというのに会場はシーンと静まりかえっていた。
望んで申し込んだというのに消防署という慣れない空間で緊張している受講者の私たち。
その緊迫の空間に現れた制服姿の消防士さんが、面白いエピソードを交えた自己紹介で場を和ませてくれた。
消火するどころか、私たちの心に火を灯してくれた消防士さん、感謝である。
確実にその場が暖かい空間に変わった。
おもしろ消防士さんを中心に訓練は進む。
救命訓練の一連の流れはこんな感じ。
・周囲の安全を確認する
・救助を手伝ってくれる人を集める
・119番に電話
・AEDの手配
・呼吸の確認方法
・胸骨圧迫の仕方
・人工呼吸の方法
・AEDの使いかた
・救急が到着したらどう引き継ぐか
もちろん心臓マッサージの練習もする。
胸骨圧迫の練習用人体モデルはとてもよく出来ている。
正しい圧迫が出来て、きちんと力が加わると音が鳴るので、この位の力が必要なのかと実体験できる。
これは思ったよりも力がいる。
女性は体重をかけて圧迫しなければ音が鳴らない。
なんとも骨が折れる作業だ。
「肋骨が折れても胸骨圧迫を続けてください、生きていれば骨折は治ります」
‥‥
笑えない。
4〜5人のグループ分けをして順番に練習用人体モデル君の胸骨圧迫の練習をした後、数人で圧迫を止めずにリレー方式でしばらく続ける練習もした。
疲れる。
疲労困憊とはこのことだ。
参加していた他のグループの若い女性が、何度やってもまったく音が鳴らず、休憩中に一人で個人練習をしていた。
偉い!偉過ぎる!
心のなかで拍手した👏
私はどうだ?
ハァハァ、ゼィゼィとすぐに息を切らして誰よりも早く次の人に交代していた。
もはや私自身に心肺蘇生が必要になりそうだった。
ごめんよ、私と同じグループになった若人たち。
そうしてAEDを使った心肺蘇生法の一連の流れを特訓してもらった。
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休憩を挟み、今度は実際に誰かが道に倒れている想定で、意識のない人の発見から救急隊が到着して、胸骨圧迫を引き継ぐまでをグループごとに行うこととなった。
小芝居である。
グループ内のそれぞれがある役目を持って小芝居を打つする。
自信がないし恥ずかしい、体力が持つか心配だ。
もちろん私は、真っ先に倒れている人の役をやりたいと願い出た。
却下された。
倒れている人の役は、あの良くできた練習用人体モデル君だ。
それはそう。
実際にアラカンの私が屈強な若人に胸骨圧迫されたら、違う意味でそのまま救急隊のお世話になるであろう。
納得しかないまま、同じグループの精鋭たちとフゥフゥ言いながら人体モデル君の救助を手伝った。
小芝居も3公演目、やっと無事に救急隊に胸骨圧迫を引き継ぐことができた。
寒い会場だったのに大汗が流れる。
私だけ。
他の人は息も乱れてない。
そう、更年期なんです。
汗が出やすいお年頃。
消防署内特別公演も無事に全公演を終了したのち、季節柄なのか誤嚥による喉詰まりの解消方法を学んだ。
餅は美味しいけど喉詰まりに注意が必要だ。
鏡開きしたお餅はきな粉に黒ゴマとアーモンドの粉末を混ぜたもので食べた。アーモンドに含まれるビタミンEは更年期にはもってこいの栄養素だ。
餅は美味しいけど喉に詰まりやすい。
咳を促し、背中を強く叩く方法と、背後からみぞおちを押し上げて圧迫する方法。
これは高齢のかたとの関わりが増えることを思えばとても有用な知識だ。
真剣に学んで、アレコレと質問もした。
同じ公演に出演していた共演者さん達も積極的にいろんな質問をしていた。
もはや監督も助監督も、我々俳優陣もワンチームだ!
心肺蘇生は我々に任せてくれ!というくらいのチームワークで仲良くなった。
3時間前、あの緊迫の時を共に過ごした我々がこんなに仲良くなれるなんて誰が想像しただろうか?俳優冥利に尽きる。
講習の終わりに、我が市のゆるキャラが施され通し番号が印字された普通救命講習修了証というカードを、偉そうな消防士さんから一人ずつ名前を呼ばれて手渡された。
なんだか誇らしく、ありがたい。
少し残念だったのは、出来れば序盤の面白消防士さんから受け取りたかったことくらい。
最後の最後に登場したよくわからないボスキャラはきっと相当なお偉いさんなんだろうけど。
今後は少しでも役立てるように、そしてあの日の施設内で連携して入所者さんを助けた職員さん達のように頑張る所存であります。
そう心に決めて消防署を後にした。
次の追加公演は3年後だ。
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