小説家の連載 妊娠中の妻が家出しました 第7話
〈前回のあらすじ:家出した妊娠中の妻を探すために探偵社を訪れた浩介は、華が、以前から知り合いだった男性と一緒に居るのではないかと言われてしまう・・・〉
三日月は華を探すためにはある程度の時間が必要だと言い、1か月以上かかるかもしれないが覚悟しておくように伝えた。彼が伝えた費用と時間は、浩介をがっくりさせるのに十分だったが、愛する妻をこの手に取り戻すためには、それぐらいの覚悟は必要だと思った。というか、警察も相手にしてくれないなら、もう探偵しか居ないではないか。
浩介は三日月を信頼して全面的に任せる事にして探偵社を去った。もう彼には何ができるような元気が無かったのだ。
探偵に頼んだ事を妻の両親に伝えると、ちょっと心配していたが、もうそれにすら何か言える元気が無かったから適当に話を聞いて電話を切った。
浩介の両親はまあ、お前の好きなようにしなさい、というスタンスだった。
上司は探偵に頼んだ事について何も言わなかった。
「奥さんが見つかるといいな」
彼の励ましが本当に有難かった。
会社の同僚にも妻が家出している事がいい加減知られてしまった。
「大変だね、早く見つかるといいね」
と励ましてくれる人も居れば、
「お前が気づいていないだけで、実は無神経な事をやらかしていたんじゃないのか」
と言ってくる人も居て、これには苛立った。
大半の人は、誠実な浩介の人柄をよく理解してくれているので、彼自身に必ずしも非がある訳では無い事を判ってくれているが、それでは一体何があったのか、皆気になって心の中ではあれこれ考えているに違いなかった。
妻が不倫したとか、何かよっぽどの事があって家出したのだと。
三日月が妻を探してくれている間、浩介は仕事に打ち込んだ。とにかくひたすら仕事をしていれば、気がまぎれた。家に帰ると誰も居ない家に居るのが辛かったので、観葉植物を購入して家の雰囲気を明るくしたり、そうじをして妻がいつでも帰ってこれるように努力した。妻の好きそうな花を飾ったり、妻の好きなルームフレグランスを置いたりして、瞬く間にそこは華の好きな、居心地の良い空間になった。毎晩妻の好きなメニューを作った。夕食を食べている最中に突然華が帰ってきてしまってもいいように。だがそこに欠けているのは華本人だった。浩介がどれだけ家の中を居心地良くしても、妻は一向に帰ってこなかった。
妻の家族は相変わらず妻を探してくれているようだったし、妻の友人に聞き込みをしたりもしていたようだったが、何も変化が無かった。
妻が通っていた産婦人科にも、もし華が来たら自分に連絡するように頼んだが、華は妊婦検診もさぼっているらしく、何も音沙汰は無いまま時間だけが過ぎて行った。
妻に頻繁に連絡をしていたが、何を書いても書いても一向に既読にすらならず、浩介は華の好きなものに囲まれて、孤独に包まれて絶望しながら毎日を過ごしていたのである。
毎晩、華がただいまと言って帰ってくる夢を見た。
「ただいまー。ちょっと腹が立って家出しちゃったの、心配した?ごめんね。これお土産」
スーツケースとお土産を持って、妻がにこにこの笑顔で家に帰ってくるのだ。浩介は妻を抱きしめて、
「もう心配かけさせないでくれ。華一人の体じゃないんだから」
と叱りつつ安堵のため息を漏らす。
妻はへらへらした笑顔で謝っている、そこでいつも夢が終わって目が覚める。
目が覚めた浩介は毎朝絶望と共に起きるのだ。
妻の好きそうな感じにしてある家に、妻だけが居ない。
子供ができても安心だと、二人で微笑みあって過ごしていたこのファミリー向けのアパートは、一人にはあまりにも広すぎる。
妻とは出会った時から初対面の感じがしなくて、懐かしい感じがした。いつも互いの考えている事がよく判って、もしかして前世も夫婦だったのかなと話していた程なのに。
今は、妻の考えている事が、何一つ判らない。
ある夜、全く眠れずに浩介はスマホをいじっていた。
SNSを見ても何も投稿する気にならないし、誰かの幸せそうな投稿を見ていいねする気も起こらない。
連絡を返さないのに妻とのトーク画面を見る意味があるのだろうかと思いつつ、ぼーっとしながらLINEの、華とのやり取りを見つめていた。どれも既読にすらならない・・・・いつもの事だ、妻から連絡が無いのがいつもの事になりつつある現実に絶望を感じた時、突然、ぱっと、すべてのメッセージが既読になった。
「?!」
と驚いていると、更に驚く事が。突然、画面が変化して、妻からLINE電話がかかってきた事に気づいた。
ずっと連絡が無かったのに、一体何事だろう?もしかして、やっと帰ってくる気になったのだろうか?もしくは、何か事件に巻き込まれていて、ずっと連絡できなかったのだろうか?
激しく高鳴る心臓。浩介は電話に出た。
「もしもし、華?!今どこに居るの?!ずっと心配してたんだ、今どこに居る?迎えに行くから、帰ってきて欲しい!」
妻の第一声は、「心配かけてごめんね」、とか、「もしもし?元気?」とか他愛のないものでもなく、
ただ一言、
「離婚届、出してくれた?」
のみだった。
次回に続く