小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル 第八話

↑登場猫物紹介はこちら。
今回は何と、猫VS犬の戦い?!

第八話

 猫。我が物顔で人間社会を渡り歩き、そのキュートなルックスと気まぐれな性格で、庶民から王様まで虜にしてきた、「可愛いは正義」を武器にしている生き物。
 しかしこの世は猫だけの天下ではない。猫よりもはるか昔から人間社会に溶け込み、猫とは違ったやり方で人間の信頼を得てきた生き物がいる。誰よりも人間に忠誠を誓い、人間に従う事で生き残ってきた、猫の最大のライバル、そう・・・・。
 犬。

「・・・わん」
 キャリーの中で小さく鳴いたチワワの神宮(じんぐう)ももは、見慣れぬ車に乗って高速道路を爆走しながら、一体どこへ向かうのだろうと興味津々だった。ももは車に乗って移動するのが大好きな犬だったので、長時間車に乗せられて移動するのは苦では無かったが、運転席に居る若い男が、あまりしゃべらないのが不思議ではあった。やけに静かな人間だなあ、と思うのである。
 やがて車は男の自宅前に到着した。ペット可のファミリー向け賃貸アパート。ももを連れてきた男は、ここに妻と暮らしているのである。あ、それと・・・猫。
 嗅覚の鋭いももは何かを感じ取りながら、男に抱き上げられて家に入る。リビングへ通じる引き戸を男が開けた途端、ももは何かの正体を理解し、けたたましく吠え始めた。
「わんわんわんわんわんわん!!!」
「ぎにゃあああああああああああ!!」
 ママに抱っこされていた令は、突然現れた犬に仰天し、叫びながらカーテンの裏に隠れようとして、ママに見つかる。
「にゃー!にゃー!」
「よしよし、令ちゃん!大丈夫だから!」
 怯える令の背中をさすってくれるママ。しかし、何で!何で犬がここに!ここはずっとパパとママと令だけの楽園だった筈では!こんにゃ筈じゃないにゃ!
 令は知る筈も無いが、パパが犬を連れて来たのはこういう理由があった。

 令のママ、佐々木夏葉、旧姓神宮夏葉は、令と出会うまで一度もペットを飼った事が無かった。夏葉の実家である神宮家では動物を飼うのは禁止だったからである。夏葉の母は子育てに加えてピアノ講師としての仕事もある訳だし、仕事が忙しくて家事もできない夏葉の父に犬や猫の世話なんて絶対無理。かくして夏葉は無類の動物好きだったのにも関わらず、動物と暮らすという夢が物心つく頃には絶たれていた。両親はそれぞれ子供時代に犬や猫を飼った事がある癖に、娘にはそれを禁止しやがって、という怒りは彼女の中に沸々としていたのである。
 しかし、状況は一変する。
 夏葉が結婚する数年前、夏葉の母方の叔父一家が一匹のチワワをペットショップから引き取った。夏葉の母の弟一家である。白と茶色の混ざったロングコートのチワワ。この犬こそがももであり、ももはまだ子犬だった。この時ももの名字は、小石川(こいしかわ)だった。だが、叔父一家の犬になってしばらく経った頃、叔父は仕事の都合で突如転勤させられる事になり、一家そろって引っ越す事に。転勤先では犬が飼えないので、叔父は自分の母、つまり夏葉の母方の祖母に犬を引き取ってもらった。叔父と祖母は名字が同じなので、ももは当面の間、小石川ももだった。ももは、やっと定住先を得た・・・かに思えた。
 だがしかーし!またしても、ももには新たな運命が待ち受けていた。夏葉の祖母は、彼女の夫である祖父が急に大けがを負ってしまって、彼の介護が突然始まってしまう事になり、とてもじゃないがももの世話をしている場合じゃなくなった。夏葉の実家ではペットを飼わないルールだったので、夏葉の母の妹である叔母とその夫がももを預かっていた。ももはまた名字が変わった。そうこうしている間に夏葉の祖父が亡くなり、ももはやっと小石川家に戻れると思いきや、やっと介護が終わった祖母はしばらく一人でのんびりしたくなり、犬どころではなくなった。ももはこのまま叔母一家の犬になるのか・・・と思っていた頃、夏葉は結婚し、実家を出た。
 すると、今度は夏葉の叔母夫婦が、叔母の夫の母、姑の介護が必要になり、またもや犬どころではなくなった。このままでは誰も引き取り手が無く、ももは保健所送りである。
 その時、神宮家に居た夏葉の妹が、両親を説得し、神宮家で引き取る事を主張した。初めは渋っていた両親も、このままではももちゃんが保健所に行く事になると言う現実に目を背ける事はできなかった。妹は、
「お姉ちゃんも結婚して家を出た事だし、今なら前よりうちも広いでしょ。それにももちゃんは小型犬だから世話も比較的楽だし、三人も住んでるなら誰かしら家に居るからももちゃんも寂しくない。おばあちゃんの家にももちゃんが居た時、何度も遊びに行ってたし、赤の他人では無い筈。もうももちゃんの面倒を見れるのはうちしか居ないんだよ?!」
 という名演説をした。これには両親も納得せざるを得なかった。こうしてももは再び名字が変わり、神宮ももになった。
 何度も飼い主が変わるなんて、まるで人間で言えばボードレール三姉(きょ)弟妹(うだい)のようである。幸いな事に、この話にオラフ伯爵は出てこない。
 さて、神宮家の犬になった筈のももが、どうして百キロ離れた夏葉の家に居るのか?夏葉の実家があり親族も住んでいる広島市と、今佐々木夫妻が住んでいる福山市の間はだいたい百キロぐらい離れている。実は神宮一家は一週間程東京に行く事になったからだ。夏葉の父方の親戚の法事兼、絵画が好きな妹、歴史が大好きな父、音楽家の母が、普段行けない東京で美術館や博物館、音楽系のイベントもついでにいろいろ見てくるために長めの日程で新幹線を取ったのだ。初めは法事だけ行ってすぐ帰る予定だったのに、どうせなら美術館寄りたいと妹が言い出して、それに父が便乗して・・・最終的にこの感じになった。妹はこの日のために会社の有休を使わず我慢していたらしい。
 で、そのためにはももを誰かに預けなければいけないが、いまいちペットシッターを信頼していない神宮家の一家が、福山市在住の長女に預ける事になったのは自然な流れである。このために譲は車で妻の実家へ行き、ももを連れて戻ってきたという事だ。

「・・・だとしても納得行かないにゃー!」
 飼い主夫妻から以上の説明を受けたものの、大嫌いな犬としばらく一緒に生活しないといけなくなった事に不満を覚える令。
「ふん、こっちこそこんなところで過ごさなきゃいけないのは嫌だわん!」
 犬の方も、猫を睨みつけながら言う。ちなみに二人の会話は猫語と犬語なので、人間二人には聞こえていない。
 にらみ合う両者を放っておいて、パパとママはもものお世話グッズを片付けたり、もものペットシーツを引いたりして、犬が滞在する用の準備をしている。家の中を片付けたり、二人がにらみ合っているのにはいまいち気づいていない。
 令はだいたい三キロぐらいあるが、ももは二キロしかない。令は四歳でももは五歳だが、ももは猫よりも小さい犬という事になる。しかし性格は体格に似合わない強気。一方の令は、エージェントをしている時はばったばったと敵をなぎ倒す戦闘担当猫だが、自宅に居る時はママの愛を独占する甘えん坊。二人は相容れない存在なのだ。
 令がももの事を気に食わないのは、単に大嫌いな犬が来たからとか、猫と違って犬臭い匂い全開だからという訳ではない。大好きなママを奪われそうになっているからである。
「あらーももちゃん可愛いわねえ!」
 通りすがりにママがももの頭を撫で、ももはわんわんと返事する。
「お手、おかわり、お座り!全部できるの、えらいねえ」
「わんわん!」
「すごいねえ。・・・令ちゃんはお手を仕込もうとしても駄目だったけど」
 今日この家に来た癖にママの言う事を全部やってのけて気に入られる犬と、ママが最後にぼそっと言った一言にぐさりと傷つく令。にゃー!むかつく!むかつくにゃー!得意そうなもも。
「あんたはお手できないのわん?あんなの基本中の基本わん!」
「ぐ、にゃあああああ!でも、ママは令のママにゃ!」
「あんたの言うママってなっちゃんの事?あたしはあんたがなっちゃんに出会うずっと前からなっちゃんの事を知ってるわん。あたしの最初の飼い主はなっちゃんの叔父さんなんだから。その後はなっちゃんのおばあちゃんや叔母さんに飼われてたし。あたしの方がなっちゃんの事をよく知ってるわん」
「にゃ?!で、でもママは・・・令のママにゃ!」
「あんたが知ってるなっちゃんは、あのお兄ちゃんと結婚してからの姿だけでしょ。あたしはなっちゃんがもっと若い時から知ってるわん」
「にゃにゃにゃ!」
 どっちが夏葉を知ってるかマウントを取る二人。にらみ合いが続く中、日が沈んで夜になった。令はいつも通りパパかママの布団に潜り込もうかと思ったが、寝室に行った時には既に、パパとママの間にももが横たわっているのを見てしまった。パパとママの手が片手ずつももを撫でながら眠っているのを見て、令は完全に嫉妬に狂ってしまったのだ。まるで彼氏の浮気現場を見てしまった若い女の子みたいに。
 許さないにゃ! 
 憤慨しながら寝室から出たものの、令は確かに、結婚してからのママしか知らない。あのチワワはママがこの家に来る前からママの事をよく知っているみたいだった。令にとっては世界にただ一人のママだけど、令よりもママの事をよく知っているなら、ママを取られてもしょうがないのかも・・・。
 落ち込んでいると、首輪の通信機からガサゴソと音がして、ごん太の声が聞こえて来た。
「令ちゃん、今ええか?」
「ご、ごん太!だ、大丈夫にゃ。ちょっと落ち込んでただけ・・・」
「ほんまか?令ちゃんが落ち込むとか珍しいな。なんかあったんか?」
 一瞬、令はごん太にももの事を相談しようかと思った。しかし、誰にでもフレンドリーなごん太じゃ、嫉妬深い令の気持ちなんか判らないかもしれない。
「・・・何でもにゃい。それより、今日の任務は?」
「今日は、ある家に忍び込んで、指示するものを取ってきて欲しいんや」
 ごん太の話では、今日はある豪邸に忍び込む任務で、その豪邸にある巨大なダイヤモンドを取ってきてほしいと言う。人間の大人の手のひらぐらい大きい、バカでかいダイヤモンドで、香箱座りをしている猫の形に彫られているものらしい。
「どうしてそんなものを?」
「実はな、初代のCATリーダーが引退する時にそれを作らせて、これはCATで代々受け継いでいくよう言ったらしいんやけど・・・どうも手癖の悪いメンバーがおったらしくて、ある時から長い間行方不明だったらしいんや。わいの代でそれを取り返すって決めて、すずちゃんに探してもらってたんやけど、やっと見つかったんや。やからそれを取り返してきてほしい。ただちょっと相手が悪くてな・・・」
「相手?」
「豪邸には獰猛な犬が何匹も飼われてるみたいで・・・令ちゃんだけじゃ太刀打ちできないかも」
 すずのためらうような声が聞こえて来た。
「そんなの、いつものように陸とか、みたらしちゃんを呼んで、」
「そうじゃなくて・・・猫にはこの任務は無理な可能性もある、って事」
 その言葉に、全員黙る。
「そんにゃ!令、頑張るから・・・駄目にゃ?」
 その時だった。
「何してるわん?」
 令の後ろにももが居て、令の首輪型通信機の匂いを嗅いでわん!と言った。
「げ、にゃんでここに!寝てたんじゃにゃいの?!」
「あんたの声がして、他に猫が居る筈無いのにって思って様子を見にきたわん。大丈夫、なっちゃん達は寝てるから。それより、何これ?」
「れ、令ちゃん、犬がおるんか?」
「令ちゃんの家犬が居るの?」
 通信機の向こうからびっくりするようなごん太とすずの声。他のメンバーも驚いて、ひそひそ言うような声が聞こえてくる。
 しょうがないので、令はどうしてももがうちに居るのかの説明と、ももにはCATの説明をした。
「ふうん、あんたの裏の顔がスーパーエージェント?ふうん・・・」
 ももは、そんな風には見えない、という感じでちょっと馬鹿にして笑った。令は怒り狂って飛びかかろうと思ったが、その瞬間、ごん太が衝撃的な事を言い出した。
「せや!この際、犬の手も借りたい言うてな。ももちゃん言うたっけ?今回の任務に協力して欲しいんや。どうや?ももちゃんは喧嘩とか強いか?」
「ごん太、何言ってるにゃ!」
 令は怒ったが、それを聞いてももは神妙な顔になり、答える。
「こう見えてあたしは番犬わん。体は小さいけど、肝っ玉はピットブル並みだし。それに、その豪邸に番犬が居るなら、あたしが行けば戦うだけじゃなくて、説得して仲間になってもらってすんなり入れてもらう手もあるかも」
「決まり!ほな、陸とみたらしちゃんに令ちゃん家に行ってもらうから、ももちゃん用の道具も持っていかすわ。ももちゃん、後ろ足で立てるか?前足だけで動かすのができるかって意味やで」
「んーできない事は無いけど、あんた達猫みたいに体が柔らかくないから、無理だと思うわん。基本四足歩行で」
「わかった。ほな猫用ジェットとゴーグルだけ貸すわ。じゃ、後は任せてや!」
 通信が切れた後、令は怒ってももに抗議する。
「ちょっと!あんたと一緒に戦うなんて最悪にゃあ!」
 だがももは落ち着き払って言った。
「あんた、じゃなくて、あたしの名前はもも。ももちゃんって呼んでわん。あんたは、令ちゃんでしょわん?」
「え、まあ、そうだけど・・・私は令にゃ」
 ももが後ろ足で立ち、前足を握手のように差し出してきたので、令も同じようにして立ち、前足と前足を握手するように、ぴと、と触れ合わせた。
「さっきは馬鹿にするような事を言ってごめんわん。でも、危険な任務に行くなら犬の手があった方がいいでしょ。あたしも一緒に行くわん」
 令は少し考えた後、
「わかったにゃ、ももちゃん。でも、令はまだももちゃんの事を許した訳じゃにゃいからね」
 
 まーさか犬と猫が手を組む事になるとは・・・。
 佐々木家に迎えに来た陸とみたらしは、若干気まずそうにしながら現れた。彼らは特別犬嫌いという訳ではないので、ももと友好的に挨拶をした。令とももが大喧嘩しているかと思いきや、犬と猫は以外にも冷静だった。令は自分のスパイ道具を身に着けるとさっさと窓を開けてジェットを取り出し、乗り込む。一方、みたらしが自分のジェットでけん引してきた無猫の猫用ジェットにももが乗り込むと、みたらしはももに一応ジェットの運転の仕方を教え、今回は行先を入力して自動運転モードに設定した。陸はももにカラフルゴーグルについて説明する。普段令達が使っているゴーグルとは違う「犬用ゴーグル」だった。どうしてアルファが犬用のゴーグルを作ったのかは誰も知らないが、みたらしの家にあったから持ってきたのだと言う。ゴーグルをつけたももは全部の色が見える上に視力がふっと良くなったので驚いていた。犬と猫はどっちも人間のように全部の色が見える訳ではないので、その点は似ているかもしれない。ももに武器は貸与されなかった。
 みたらしは内心、「令ちゃん、大丈夫やろか?」と思ったが、今は任務の方が重要なので、仲間を気遣う余裕は無かった。
 令、陸、みたらし、ももは猫用ジェットに乗って現場に向かう。豪邸があるのは埼玉県なので、広島県からはかなり遠い。最高速度でぶっ飛ばすと、眼下には二百坪ぐらいありそうな日本家屋の豪邸が見えて来た。侵入者を絶対許さない!とばかりに頑丈そうな門がガードしている。上から見ると広い日本庭園があり、そこに既に他の猫が集まっているので、令達もそこに降りて合流した。
 今回の任務がかなり大変だと見越して、ごん太が別のCAT戦闘担当メンバーを三匹呼んだのだ。彼らは他の保護猫カフェ出身者なので、幼馴染では無く、普段一緒に仕事をする事が無いので今日が初対面である。
「今日はよろしくにゃ」
「よろしくにゃ」
「こちらこそ」
「がんばろうにゃ!」
 令と彼らが挨拶をする間、ごん太からどうして犬が居るのか説明を受けてはいるものの、やはり好奇心旺盛に三匹の猫はももをちらちら見た。
「で、番犬は何処に?」
 陸が先に来ていた三匹の猫に尋ねると、一匹の猫が答えた。
「それが・・・てっきり屋外で飼われていると思ったけど、庭を見ても見当たらないから、どうも室内飼いの犬みたいで」
「そんにゃ!てっきり外飼いの犬だと思ってたのに」
 困惑する陸。令とみたらしも顔を見合わせるが、とにかく、やるしかない。
 六匹の猫と一匹の犬は、豪邸の中に入った。一見普通の家のようだが、それにしても随分金持ちの家なのだな・・・・家は広い。広すぎる。このままじゃ迷子になりそうと思った時、助っ人猫の一匹が、ある和室の箪笥に触れた途端、箪笥が動いて、地下へ続く階段が突如現れた。
「え、隠し扉?!」
 全員驚くものの、とにかく降りてみる事に。一番先頭の令が、一旦カラフルゴーグルを外して、暗い所でもよく見える猫の目で降り、一同が後に続く。全部降りたところでもう一度ゴーグルをつけると、そこは・・・。
「うわあ」
 そこには、大きな猫の形のダイヤが台の上に鎮座していた。ダイヤは明るく輝いて、そんなに明るくない部屋を煌々と照らしている。令が台の上によじ登ってダイヤを取ろうとした時、何かが令に飛びつき令はそれもろとも吹っ飛んだ。
「わんわんわんわん!」
 見ると、黒いチワワが令の上に馬乗りになって、恐ろしい声で吠えている。あたりを見回すと、何十匹ものチワワが令達を取り囲んでいた。ももちゃんに似ているチワワも居る。番犬ってチワワだったのか?!驚愕するCATメンバー達。
「お前ら、何しに来た!このダイヤを盗みに来たのか?!絶対に渡さないわん!」
 令の上に居るチワワが唸るように言う。令の首を噛もうとした時、陸がチワワに猫パンチし、犬は吹っ飛んで令は助かった。
「ぎゃん!」
「り、陸!助かったにゃ」
「どうって事無いにゃ。それより、この犬の数・・・」
「うち、流石にこの数の犬は怖いわあ・・・」
「怖いにゃー!」
 みたらしや助っ人猫達も怖がる中、令は後ろ足で立ってメンバー達の前に進み、ファイティングポーズを取った。でも、こんなに大勢の犬がぐるぐる言いながら威嚇してくるのは怖い・・・。
 そう思った時、誰かが令の前に、令を守るように立ち塞がった。彼女は、チワワ軍団の誰よりも大きな声で激しく吠えて威嚇した。
「わんわんわんわん!!!!」
 ももだった。ももは令の盾になろうと、威勢よく吠えた。令より小さいのに。チワワ軍団の中には、ももよりでかいチワワも居るのに。
「おい、てめえ、同じ犬の癖に、どうして猫の味方なんかするんだわん!」
 軍団の犬がももに吠え、他の犬もそうだそうだと吠えた時、ももがはっきりと言った。
「あたしは、正しい方の味方わん!このダイヤはこの猫達のものわん!ダイヤを返せ!」
 そう吠えると、何と軍団に向かって体当たりしたのだ!犬たちが吹っ飛ぶ。すぐに犬たちはももを噛もうと向かってくるが、ももはひらりひらりとかわし、逆に犬の一匹を噛む程。
 ももの勇姿に勇気づけられた猫達は、ダイヤを取り戻すために戦う闘志を取り戻した。
「これを食らえにゃあ!!」
 陸がジャンプし、犬に飛び蹴りをして猫キックを食らわす。
「ぎゃん!」
「あんた、化け猫を味わってみいひん?」
 化け猫マントを被ったみたらしがチワワの一匹を脅かすと、あまりの恐ろしさに逃げる敵。
「ぎゃおおん!」
「にゃっ!」
「にゃにゃっ!」
「にゃにゃにゃっ!」
 三匹の助っ人猫達はそれぞれ激しい猫パンチを繰り出し、次々と犬達をぶっ飛ばしていく。
「わおおん!」
「ぎゃん!」
「ぎゃおおおん!」
 令もチワワ軍団に向かって容赦ない攻撃。猫パンチ、引っ掻く、猫キックの連続だ。暴れまくる。
「ぎにゃああああああああああああああ!!!」
 ももも、敵の犬を見るとぶっ飛ばし、噛みつく。
「わんわん!」
「ぎゃん!」
 噛まれた犬が叫ぶ。
 次々犬を倒していき、最後に一匹だけ犬が残った。最初に令に向かってきた犬だ。仲間が全員倒されて負傷しているのを見て、黒いチワワは怯えながらも、
「く、来るなわん!この、猫風情と裏切り者の犬め・・・」
 と、毒づく。
 令はももと目を合わせた。
「ももちゃん!」
「わん、令ちゃん」
 令が片手を出して猫パンチするのと、ももが飛びかかるのがほぼ同時だった。
「食らえにゃああああああああああ!!」
「わんわん!」
「ぎゃおおおおおおん!」
 犬と猫が力を合わせれば、怖いものなど何も無い。こうして令達はチワワ軍団を倒すことに成功したのだった。
 
 その後、大急ぎで現場にやってきた獣医担当猫のまたたびが、全員の手当てをした。令達は軽傷とは言え、皆どこかしら犬にかまれていたので、家に帰った時飼い主に不審がられないように対処が必要だったのだ。またたびは特製の注射を全員に打った。
「これで良くなるにゃ」
 その注射はかなり特別の注射で、抗生物質と、あとは秘密の成分が入っており、この注射を打つだけで、一瞬で傷が塞がり見えなくなるもの。これでケガをした事を飼い主に知られずに済む。
 またたびは気絶している犬達にも同じ注射を打ってやった。
「我々のせいでこの犬達を死なせる訳には行かないからにゃ。さ、令ちゃん、もう帰らないと」
「またたび、ありがとうにゃ。撤退にゃ!」
 令と陸が力を合わせてダイヤを持ち上げ、みたらしの猫用ジェットに括り付けた。みたらしは重りがついたので、
「令ちゃん、陸、なんや綺麗なもんつけてくれておおきに」
 と特大の嫌味を言ったが、これはごん太に届けなければいけない。大阪在住のごん太に届けるには、一番近いみたらしが届けるのがベストなのだ。みたらしはぶつぶつ言いながら、先に撤収した。
 みたらしが飛び去った後は、秋田在住の猫であるまたたびも、家が遠いのですぐ帰らないといけない。またたびは、令に近寄ると、
「令ちゃん。ごん太から全部聞いたにゃ。いろいろ大変だったにゃ。でも・・・やきもちは良くないにゃ」
「うん・・・」
 令はももに嫉妬した事を思い出し、気まずくなる。ももは、陸と何やら話していた。キャットフードとドッグフードの成分の違いについて話しているらしい。
「令ちゃん、実は僕もね、僕が今の家に引き取られた後に僕のパパさんが犬を飼い始めた時、少し大変だったにゃ」
「え、またたび、犬と暮らしてるの?それって、大変じゃない?」
 驚く令に、またたびは微笑んで言った。
「そりゃ、種類の違う動物同士が同居するのは大変にゃ。でも、パパさんもママさんも僕と犬が仲良くできるように最大限配慮してくれたし・・・今では仲良しにゃ。令ちゃん、世の中には犬と猫が一緒に暮らしてたり、猫とフェレットとか、猫と猫以外が仲良く住んでいるおうちもあるにゃ。令ちゃんのパパさんとママさんは、令ちゃんに対してちょっと配慮が足りなかったと思うにゃ。でもそれは仕方が無い事。起こってしまった事は仕方が無い事にゃ」
「・・・・」
 令は振り返ってももを見た。陸の兄弟猫と楽しそうに話すもも。
「犬と猫は、きっと仲良くできると思うにゃ。歩みよればね」
 またたびは令をハグすると、
「今度うちにおいで。カウンセリングしてあげるにゃ」
 と言うとジェットに乗って飛び去って行った。それを見て陸が、「俺も帰らなきゃ!」と言ってジェットに乗りこみ、飛んでいく。
 あとには令とももだけが残された。令とももは、顔を見合わせて気まずそうにした後、じひとまずジェットに乗りこみ、現場を離れる。
 上空を並走しながら、令が口を開く。
「・・・さっきは、助けてくれて、ありがとうにゃ」
「それほどでもないわん」
「許さないなんて言って、ごめんにゃ。でも、令、何だか大好きなママをももちゃんに取られたような気がして・・・」
 少しの沈黙の後、ももがこう打ち明けた。
「なっちゃん、令ちゃんのママが犬嫌いだったって知ってたわん?」
「え?!ママが犬嫌い?!」
 令は驚く。ももが説明したところによると、ママ、夏葉はかなり犬にトラウマがあったらしい。幼少期大型犬に吠えられて怖くなったと人間達が話していたそうだ。それが、夏葉の祖母宅にももが引き取られた時、かわいいチワワのももと触れ合ううちに、夏葉は犬恐怖症を克服したのだと言う。
「だから、あたしはずっとなっちゃんの事を見守ってきたつもりだったわん。それがちょっと上から目線だったかも・・・。ごめんわん。なんせ、何回も飼い主が変わってきたし。あんたを見て、どうせ苦労してない猫の癖にって思って」
「そんな事無いにゃー!令も・・・」
 令も自分の生い立ちを話した。ももは黙って聞いていた。二人は家に帰る道中、いろんな話をして、家に着く頃にはわだかまりが無くなっていた。

「それじゃ、譲君、ももちゃんお願いね!」
「うん。令ちゃん、お友達とお別れだよ、寂しいなあ!」
 一週間後。ももが帰る日。任務の後からすっかり仲良しになったももと令は、飼い主夫妻がびっくりする程べったりくっついたり、互いの体を舐めたり、一緒に眠ったりした。だが、楽しい時間はあっという間。譲が車にももを乗せて、広島まで送り届けるのだ。
 譲がももをキャリーに入れる。キャリーを持った譲が、リビングのドアを開けた。夏葉に抱っこされた令は、ももに声をかけた。
「ももちゃん!また会えるにゃ?!」
 ももも、元気よく返事した。
「もちろんわん!大好きな猫のお友達!」
 そのまま、ももは譲に連れられて広島へ帰っていった。
 令にとってできた、初めての犬の友達。二人の友情は、きっとずっと続いていくだろう。
                                   次回に続く

#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集