小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル 第十一話

第十一話

 お嬢様。
 資産家の娘、社長令嬢、政治家の娘、人間社会には様々な種類のお嬢様が存在する。
 一般人はなんとなく、「親のお金で優雅に生活し、女子校育ちで知識と教養を身に着けていて、結婚相手はお見合いで選び、苦労知らずのおっとりした美人」を想像する。お嬢様、に対するかくあれというイメージ。なんとなく思い描くそのイメージを保っているお嬢様であって欲しい、というもの。
 しかし実際は、親の跡を継いでバリバリ仕事していたり、逆にお嬢様と思われたくなくて自分で独自の仕事をしていたり、自分の会社を立ち上げたりするお嬢様だって存在する。正確だっておっとりというより、スポーツもしていてはきはきした性格だったり、お嬢様だけど生け花やお茶は性に合わず、乗馬をしたりしてる時が楽しいというじゃじゃ馬タイプも。スーパーモデルのカーラ・デルヴィーニュみたいに、貴族の血を引くお嬢様でも、本人はモデルとしてバリバリ活躍する、なんてのもそんなにレアではない。時々はそういうお嬢様が居る。
 ともかく、人間の世界にはお嬢様というものが存在する。そして、猫の世界にも実はお嬢様というものが存在するのだ。令の飼い主二号である夏葉も、箱入りのお嬢扱いされる事が度々あるが、令自身は別にお嬢様猫ではない。お嬢様のように大事にはされているけれど。そう言えば老舗和菓子屋に飼われているみたらしもある意味お嬢様猫かもしれない。
 しかし、世の中には当然、みたらしよりも段違いのお嬢様猫というものが居る。令達は一生、そんな猫と関わる機会は無い、と思われていた。実際、関わる機会なんて無い・・・・その筈、だった。

 ふっさふさの体毛は白とグレーが入り混じり、ぴんととがった上品な耳、瞳の色は世界中の美しい湖を全部集めて閉じ込めたみたいに深いブルー。首には金色の首輪、ブランドはイヴサンローラン。金色の鈴をちりんちりん鳴らしながら歩く。歩き方は決してせかせかしていない、人間のお嬢様が大勢のパパラッチを物ともせず優雅に手を振って歩いて見せるみたいに、エレガントな歩き方。ふさふさのしっぽをぴんと立ててゆらゆら揺らしながら、上機嫌に歩くだけで人間達が世話をしてくれる。
 とあるイギリス貴族に飼われている血統書付きのノルウェージャンフォレストのお嬢様猫、四歳のメス猫のアリスは、広い城の中を悠々と歩く。ここにいる限り彼女に自由は無いが、貴族である飼い主一家に仕えるのと同じぐらい人間の使用人達も自分に仕えてくれるから快適。ねずみもとらなくていいし!
 だがしかし、野良猫のように自由に外に出られる訳では無いのがちょっと不便。
 悠々と歩いていたアリスは、廊下の角を曲がると、白い壁をぽんと、前足で押した。猫の形をしている小さなドアのようなものを押すと、ドアが反転して、アリスはその中に入っていく。
 ドアの向こうは、猫サイズの部屋だった。天蓋つきのベッドや豪華なテーブル、いかにも高そうなティーポットやティーカップがある。アリスはこれまた豪華なソファに座ると、猫用タブレットを取り出して前足で操作する。
 間もなく、画面にはアリスよりも年老いているオスのノルウェージャンフォレストキャットが映った。瞳の色はアリスと同じブルー。
 アリスは澄まして猫に話しかけた。
「お父様、ご機嫌いかが?」
「おお、我が娘アリスよ。息災であるか?」
「息災も何も元気よ。ねぇお父様、どうしてもあの件駄目かしら?私、どうしても日本に行きたいのにゃ!」
 アリスの通話相手は、別のイギリス貴族邸で飼われている父親猫だった。母親猫も彼と同じ屋敷で暮らしている。アリスはイギリスの郊外に住んでいるが、両親はロンドンに住んでいた。
 父親は渋い顔になる。
「だがアリス、何度も言うが、あれはまだ試作段階に過ぎないと日本支部からも報告を受けて・・・」
「でもお父様はCAT本部のリーダーでしょ?何とかなるにゃ」
「だがしかし・・・」
 何と!アリスは貴族の猫というだけでなく、CATロンドン本部のリーダーの娘という、猫界でも屈指のお嬢様だったのだ。これはすごい。ダブルの意味でお嬢様だ。
「ねぇ、いいでしょ?お父様。アリス、お父様大好きにゃ❤」
「う、うむ・・・判った判ったにゃ!早速日本支部のリーダーに頼んでみるから。だが、断られるかもしれんぞ、いいな?それでもいいならいいにゃ」
「ありがとう!お父様大好き❤」
 はて、一体アリスお嬢様はパパに何をお願いしたのだろうか?

「はああああああああ・・・・」
 ロンドン本部からの連絡を受けたごん太は、彼の書斎にて、メカ担当のアルファと向かい合い、深くため息をついた。
 アルファも難しい顔をしている。
 ごん太は口を開いた。
「アルファ、言いたい事は判る。九十%以上安全とは言え、まだ未完成の試作品を任務に使う訳にはいかへんと思ってるんやろ?わいも全く同じ考えや。しかし、・・・こうせざるを得ないんや」
「僕もごん太を責めるつもりは無いにゃ。ごん太には日本支部のリーダーとして、この組織を守っていかなくてはいけないという任務がある。ただ僕の立場としては、そうしないで欲しい、という気持ちでいっぱいだけどにゃ」
「せやろな・・・。せやけど、もしこの依頼を断ったら、今後の日本支部の存続にかかわってくる。それぐらい、重大な事なんや」
「判るよ、判るにゃ」
「うん。ロンドン本部からの命令を拒否するのは難しいんや。もし今回の任務が誰かメンバーの命に関わるような事やったら、わいも拒否できる。でもあの試作品は、別に失敗しても命に関わる訳やないやろ?」
「うん、まあ、効き目が切れて困るぐらいにゃ」
「せやからなあ・・・もちろん、アルファが思ってる事は全部説明したんや、本部にな。せやけど、どうしても、娘の願いを叶えてやりたいの一点張りでな。そんなにアリスお嬢様が偉いんか?わいには判らんな・・・まあともかく、命に関わるような事やないし、リスクは全部説明した。それでもええ言うんやから、もうしゃあないな」
「じゃあ、本当に実行するつもりなのにゃ?」
 問いかけるアルファに、ごん太は重々しく頷いた。
「本部の命令では護衛を四匹つけろ、だから、令ちゃんと陸以外に戦闘担当メンバーを呼ぶにゃ?」
「いや、今回の任務は重要やから、ファミーユのメンバーだけでやりたい。令ちゃんと陸、トムと、応援でみたらしちゃんもつける必要があるな」
「すずちゃんには説明したにゃ?」
「すず?すずは今回、ハッキングは必要無い任務やからなあ。一応呼んで説明はしとくわ」
「その方が良いにゃ。もしかして、後でハッキングの応援が必要になるかもしれないし」
「せやな。じゃあ、全員呼ぶわ」
 数十分後。ごん太の招集により、令、陸、トム、みたらし、すずの五匹が集まった。経路の別々の幼馴染の猫達が全国から集まった。
 全員が到着すると、ごん太は重々しい口調で説明を始めた。
「今日皆に集まってもらったのは他でもない。皆にやってもらいたい任務があるんや。すずはハッキングやから今回は関係無いけど、後々すずの力を借りる事があるかもしれへんから、一応聞いといてや。まず、今回の任務は、いつもとは違う。護衛や。誰を護衛するかというと・・・・・皆、ロンドンに本部があるのは知ってるな?」
 全員が頷く。
「今回護衛するのは、ロンドン本部のリーダーのお嬢さんにして、イギリス貴族に飼われてるノルウェージャンフォレストキャットの、アリスお嬢様や。要するに、猫としてもお嬢様やし、飼い猫としてもかなりのお嬢様や。なんせ、貴族に飼われてる子やからな。その子が日本に来るから、その子の護衛や。四匹の猫で護衛してくれ言われたから、信頼できる君らを呼んだんや、わいの幼馴染やからな」
 ここで全員がざわつく。陸が代表して質問する。
「でもごん太、猫だけで海外旅行はできないんだし、普通は飼い主が一緒に来るもんじゃ?俺達が護衛って、貴族に飼われてるようなお嬢様猫じゃ、そもそも飼い主や使用人が居ないタイミングが無いのでは?」
「ええ質問やな、ごん太。今回のお嬢は、一人で来るんや。猫用ジェットを特別改良したやつで来るんや。で、その護衛なんやが・・・いつも通り猫の姿で護衛するんやない。お嬢も君らも、全員が人間になった姿でやるんや。意味が判るか?」
 あまりの言葉にぽかんとする猫達。ごん太が目配せすると、アルファが頷いて、説明を始めた。その手には、オンオフのスイッチがついている、魚の形の懐中電灯のようなものが握られている。魚の口には真珠のような丸い球が埋め込まれていて、どうもこの球が電球の役割なのか?
「実は最近僕はこのマシーンを開発したんだにゃ。名付けて、人間変身ライト。このライトを浴びた猫は、二十四時間人間の姿に変身する事ができる。二十四時間後にもう一度ライトを浴びれば、続けて人間の姿で居続ける事もできるにゃ。但し、体にストレスがかかるから、続けて使うのはお勧めしない。一応安全性は高いけど、まだ試作品の段階だから、もしかすると二十四時間持たないかもしれないのにゃ。二十時間ぐらいで変身が終わっちゃう可能性もある。僕は何か任務に使えないかと思って開発してたんだけど・・・」
 最後ちょっと気まずそうにするアルファ。しかし、空気の読めない令が、飛び上がってアルファをほめる。
「アルファ、すごいにゃ!いつの間にそんなすごいもの開発してたの?!ほんと、天才にゃ」
「せやけど、そんなすごいもの開発したっていうのに、何でそんな気まずそうにしてはるん?」
 令とは対照的に冷静なみたらしが突っ込む。
 そこでごん太がもう一度説明を開始。
「さっき、アリスお嬢様の事は話したな?実はそのお嬢様がな、アルファが作ってる人間変身ライトの事を、イギリスのCATメンバーから聞いたらしいんや。アルファの腕前は全世界の支部で話題やからな。それで、そんなすごいものがあるなら、自分も人間の姿になって観光したい、特に日本は行ってみたい国やから行きたいってわがままをこねたんや」
「ええええええええええ!」
 驚く猫達。
「ほんで、イギリスのメンバーはそないな事言うたらあかんって諫めたらしんやけど、何せ本部リーダーのお嬢やろ?誰も逆らえへんし、父親もどうも娘に甘いらしくてな・・・まあ、ライトを使って観光しに来日するんや。そもそも貴族に飼われてるお嬢がどないして家を抜け出すんかは知らんけど、まあイギリスのメンバーが上手い事やるんやろ。どうせ。来るのは来週」
「そんな、急じゃないか」
 トムがびっくりして言う。
「せや。そんで、お嬢が人間の姿になって観光するんやから、当然皆にも人間の姿に変身して護衛をしてもらわなあかん」
「えええええええええええええ!」
 再び全員驚く。
 ごん太は難しい顔で全員を見渡しながら言う。
「しゃあないんや、もしこれを断ったら、最悪、日本支部そのものの存続に関わるかもわからん。それに、もしそれで日本支部が無くなるような事があったら、関連組織のWCATもどうなる事か。わいはもう二度とオレオ達の行き場が無くなるような事はしたくないんや。すまんな、皆」
 頭を下げるごん太。令達は全員で顔を見合わせたが、考えていた事は全員同じ。
「ごん太のためなら何でもできるにゃ!令、お姉ちゃんになるんだもん!」
 元気よく返事する令。
「俺は令と一緒の任務なら、どこまでもついていくにゃ」
 力強く頷く陸。
「ま、僕の可愛さは、お嬢様には負けないけどねっ☆」
 と、キュートに決めるトム。
「うちら幼馴染やろ。そない気張らんでよろし」
 クールに返事するみたらし。
「私は実動部隊じゃないけど、できる事は協力するにゃ!」
 最後にすずがにっこり微笑みながら答えた。
 泣きそうになるごん太。
「皆・・・ほんま、おおきに。それじゃ、実際の任務に備えて、皆にはこれから数日間、毎晩ここへ来てわいが考えた訓練の内容を受けてもらう。人間として戦うんやから、準備は必要や。ええか?」
「ラジャー!」
 全員が力強く返事した。こうして、CAT日本支部の存続は問題無しになった。今のところは。
 
 
 ごん太の宣言通り、アリスお嬢様が来るまでの数日間、猫達は毎晩猫用ジェットでごん太の家に向かい、訓練や準備に勤しんだ。
 まず、人間の姿として戦うため、ひとまず、アルファが急遽作成した、練習用の人間変身ライトで、ジャージ姿の男女に変身して訓練を行った。みたらしと令は同じ顔の女に変身し、陸とトムも一緒。体格差もそんなに無い、本当に練習用だ。返信時間は三十分程度で、人間の姿で相手の攻撃を避けたり、攻撃したりする訓練だ。人間は職務質問があるので、実際の任務の際にはそんなに武器は持てない。ごん太が用意した、傘や椅子等、身近な道具を使って戦う訓練なのだが、これがまた難しい。普段猫の姿での戦いしか経験が無いので、猫より柔軟性が無い人間の姿で戦わなくてはならず、全員苦労した。とは言えそこは現役のエージェント達なので、まあ普通の人間よりは、かなり戦えるだろう。
 それだけでなく、一日人間として過ごすため、アルファが用意した練習用の人間用トイレを使って、人間として用を足す練習や、観光する際に人間として食事するべく、恥をかいて目立たないためにテーブルマナーを、医師のまたたび監修の元、叩きこまれた。これには全員疲労困憊だったが、一応どうにか習得できたと思われる。
 最後に、各自につき一個ずつ人間変身ライトが配られ、使い方を教わる。当日の朝は、追加説明があり、サプリメントを二つ渡された。時刻は朝の八時。だいたいの猫は、飼い主がそれぞれ学校や仕事で忙しいので、こっそり抜け出してこれたが、令のママは在宅ライターなのでそうもいかない。令はパパが出勤後、ぐーぐー寝ているママの顔に麻酔銃を打ってから出動した。これで一日中寝てるにゃ。
「人間変身ライトで変身しただけでは、洋服や髪型はついてこないから全裸で恥ずかしい思いをする羽目になるにゃ」
「でも練習用のライトはジャージ姿だったにゃ」
 質問する陸。アルファはそれに答える。
「あれは全員同じ顔にして手間を省く代わりに、服装をつけられただけ。でも本番ではそうはいかないにゃ。全員同じ顔の人間達が歩いてたら怖すぎるにゃ。一人一人の性格やイメージに合わせて変身できるようにした分、服装まではつけられなかったにゃ。だから、これを飲んで。この大きいサプリメントは、洋服・下着サプリメント。必ずこれを飲んでからライトを体に当てる事。そうすれば変身する時、一人一人に合ったイメージの洋服を着た姿で変身してるにゃ。一方こっちの小さいサプリメントは、マナーやトイレの使い方、戦いの方法、訓練で習得した内容を万が一忘れても大丈夫なように、これを飲めばそれを思い出せる効果があるにゃ。両方のサプリを今から飲んでもらうにゃ」
 全員に水が配られ、サプリメントを一気に飲み干す。さあ、これでライトを当てて人間の姿に・・・と思った時、VIPが到着した。
 ごん太の部屋のドアが開き、美しい猫が入ってきた。お付きの猫は全員帰らせたらしい。アリスが入ってきた。ちなみに猫語は世界共通なので、言葉通じる。
「こちらがアリスお嬢様や」
 ごん太がうやうやしく紹介すると、アリスは笑った。
「やだあ、そんなに堅苦しくなくていいにゃ!私の事は友達みたいに呼んでくれればいいから。今回は無理を言ってしまって本当にごめんなさいにゃ。パパから、試作品は完全ではないから効果が一日持たない可能性もある事とか、全部聞いたにゃ。でも、どうしても一度日本に行ってみたくって。私の飼い主の、人間のお嬢様も何度も日本へ行ってるから、日本の話を聞くたびに正直羨ましかったのにゃ」
 意外とフレンドリーなアリスに一同はびっくり!絶対、わがままお嬢様だと思ってたにゃ・・・と全員が内心で思った。
「人間としていろいろ観光したいのにゃ。もちろん、観光にかかる費用は、私が全部支払うにゃ。人間のクレジットカードをパパに用意してもらったから、あと日本円も少し。日本全国回りたいけど、時間ももったいないから、人間用のプライベートジェットも用意してもらったのにゃ!そんな堅苦しくなくていいから、皆今日は友達みたいに一緒に観光しようにゃ!どう?!」
 全員が顔を見合わせる。ごん太を見ると、予想外な顔をしていた。アルファもびっくりしている。またたびは穏やかに微笑み、
「まあ、人間の姿なら、普段猫が食べられない食材も沢山食べられるし、今日は沢山楽しんでおいでにゃ」
 という訳で、護衛の任務の筈が、突如として楽しい日帰り旅行になったのだった。
 ・・・・・・・・・え、本当に?!アリスとの日帰り旅行、一体どうなる?!
                                   次回に続く

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