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遡上

「シャケが食べたい!!」
ぼくは叫んで、えいやっと家を飛び出した。外はもう薄暗くなっていて、空には星がまたたき始めていた。風が冷たくて気持ちよかった。

「あ、シャケ」

しばらく歩いてから気がついた。ぼくの足下を黒い影が通り過ぎていった。それは、まぎれもなくシャケだった。

シャケの塩焼きがアスファルトの上を泳いでいた。手づかみで食べた。皮は苦手だ。

次の日の朝、ぼくが教室に入ると、「おはよう!」という声がいくつも飛んできた。いつもより元気があるような気がした。みんなが笑顔だ。そのせいで空気まで軽くなっているように感じる。なんだか不思議な気分だ。今日はどんな日になるんだろう。今日は卵焼きが空を飛んでいる。授業中、おなかが減ってきた。卵焼きをつまむ。早く給食にならないかなと思っていると、机の中から音が聞こえてきた。見ると、そこにはシャウエッセンが踊り狂っていた。

『今日の昼休みに校庭に来てくれ』と、モールス信号を送っている。これは命令だ! 給食を食べ終えるとすぐに校庭に向かった。そこにはもうみんなが集まっていた。どうやら、ぼくが最後らしい。「どういうこと? どうして急に呼び出したりなんかしたんだよ?」ぼくが聞くと、彼らは神妙な顔つきで話し始めた。

「あのさ、実は昨日の晩に、俺らの家のポストにこれが入ってたんだよね」と言って取り出したのは、シャケの皮。パリパリに焼けた、皮。ぼくがポストに入れたのだ。夜、アスファルトを泳ぐシャケを食べて、こっそりみんなの家のポストに入れてきたのだ。

ぼくは黙り込んだ。しばらくして誰かが言った。

「これ、お前の仕業だよな?」「どうしてこんなことをするんだ!?」「いい加減にしろよ!」「謝るぐらいできないのか?」口々に言う彼らを、じっと見つめる。彼らの表情を見続ける。怒っている人もいれば、呆れた顔をしている人もいるし、悲しげな顔をしている人もいる。七面鳥のにらめっこだ。その顔の中に嘘はない。

だからぼくは、深刻そうに彼らに告げることにした。

「シャケの……シャケのためなんだ」

そう言って頭を下げる。すると、みんなの緊張が緩んだ。

「何だよそれー」

「わけわかんねー」

「ふざけんなって」

笑い声が響く。それでもぼくは頭を下げ続けた。そして最後にこう言った。

「ごめんなさい」

街路樹にローストビーフが巻き付いている。
もう、夏が終わる。

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