#8 銀河の犬と水玉~曼珠沙華の伝言~
糖尿病
ある年の夏。
お盆休み直前からジュビ子に異変が見られた。
とにかく水を飲みすぎる。
ハアハアとバテてる様子で元気がない。
でもご飯も食べるし散歩も行く。
病院がお盆休みに入る前に連れて行くと、血液検査で血糖値の高さから糖尿病だと言われる。
これから一生、インスリン注射を朝晩打たなければならないと説明され、お盆休みを先生がジュビ子の為だけに開けてくれるので、インスリン注射の量を安定させる為に毎日血液検査に2回来るように、、と、休み返上で診てくれる事になった。
私は一生注射?しかも私が打つの?
こんな小さな体に毎日2回も?針を刺すの?
口が聞けないから、前より痛いとか、痺れるとかも言えないのに?
と愕然とした。
お盆休みの一週間でインスリン注射の容量は安定してきて、家では私が注射を打ち、痛がりながらも嫌がりながらも、効果があるのはわかるのか、ジュビ子はご飯を食べてから一時間後に注射をする事になっていた。
吐いたら注射は中止にする為一時間開ける必要があった。
その一時間をキッカリ体内時計で見事に当てまくっていた。
一時間後には外にいても家に入ってきてくれて自ら「注射だよー」と教えてくれた。
しかし二週間が過ぎる頃には一時間後には注射されるとわかって逃げるようになっていた。
そして一ヶ月もたたない頃、注射を打つと具合が悪そうにしている様子が見えた。
慌てて病院に相談すると
「そんな馬鹿な!なんで?」と「糖尿病が治ったみたいだ。注射を中止して、検査だけを続けてみて、大丈夫そうならもう注射はいらないよ。そんなはずないんだけど。一生治らないはずなんだけど。」と先生は不思議がっていた。
奇跡のような出来事に、先生にお盆休みを返上させたのになんだったんだと言われた時には本当に申し訳なかったけれど、治って良かった!注射をしないで済むようになって良かった!と
心から嬉しかった。
そしてこれを機会に、ホルモンのバランスで悪影響していたのかもしれないから、避妊手術をしてしまいましょう、という事になった。
避妊手術
痩せっぽちで「食べさせていないのか?」と思われそうな程に細かったジュビ子は、中型犬にして20kgのちょっとしたデブ子ちゃんになってしまっていた。
身体の負担を考えると良くないのだけれど、やはりちょっと丸い位がかわいいと思ってしまっていて、そんなに深刻にダイエットをさせなかったのが悔やまれた。
脂肪が多いジュビ子は、避妊手術も大変で、時間も大幅にかかり、器具で取り出せずに先生が何十年ぶりかで手を突っ込んだよ!と仰っていた、大手術となってしまった。
お昼に麻酔をかける所まで付き添い、ジュビ子は麻酔に抵抗してギリギリまで立ち続け、突然倒れ込んだ。
迎えに来るからね、と声をかけ、手術に入るジュビ子を見送った。
病院は夕方まで閉められる為に家で待機していた。
お昼から夕方までジュビ子がいないだけなのに、部屋はお葬式のような空気だった。
電気がついているのに、ひたすら暗い。
家族も会話は何一つなく、ジュビ子まだか?とそればかり。
ジュビ子がいないと暗いなぁ……
誰もがそう呟いてジュビ子の帰りを待っていた。
午後1番に迎えに行き、やっとジュビ子に対面出来た時には目から涙が止まらないのか涙やけのように痕がついててやつれたような顔でヨロヨロと奥から歩いてきた。
ジュビ子、あらあらあら……
私は頑張ったね!お疲れ様!お利口だね!とすぐに言えずに、そのヨロヨロと歩くジュビ子が心配になり「大丈夫?」という声をかけるのもお医者さんに失礼な気がして、あらあら……とずっと言っていた。
聞いてない。
急にこんな事して置いて行きやがって!
ジュビ子は恨めしそうな顔で私を見ていた。
ごめんね。おうちに帰ろうね。
ジュビ子の取り出した子宮を見せてもらった。
中からいくつもの袋になった状態のものが出てきた。
放っておいたら子宮の病気になってる所だった。
今手術して良かったと。
本当はもっと早くに出来ていたら、若い方が子宮の病気になるリスクも低い。
飼い主というのは、命の選択も、手術の選択も、全て責任があるのに、どれがジュビ子にとってベストなのか、考えすぎて迷って答えを出すのに遅れてしまうことがある。
それではいけないのに。
今、手術をまた先延ばしにしていたら、大変な病気になる所だった。
家に帰ってからもジュビ子は静かに怒っていた。
怒っていたというより、どこかションボリして見えた。
傷口も痛そうだった。
静かに「放っておいてよ」なムードを漂わせていた。
けれど、その夜は心配で、ジュビ子のお部屋の横に布団を敷いて、隣で寝ることにした。
夜中になって痛むのか、ジュビ子が唸って目を覚ました。
目を開けて私を見つけると身体を寄せてきた。
手術着を着たジュビ子の、触っても痛くなさそうな所をそっとなでなですると、落ち着くのか目を閉じてまた眠った。
手を止めるとまた起きてジッと私を覗いてくるので、ジュビ子が寝息をたてるまで撫で続けた。
ここにいるよ。大丈夫だよ。
そう言いながら、撫で続けた。
頑張ったね。お利口さんだったね。
私は夕方言ってあげられなかった言葉を何度も何度もジュビ子に言った。
おやすみの儀式と大きなワン
そして翌日からは私も新しい仕事先へ出勤だったので、夜はまた私の部屋で寝ることにした。
二階へ行こうとすると、「今日は一緒に寝てくれないの?」という顔をしたけれど、「ジュビ子、今日は部屋で寝るけど、何かあったらわん!って吠えるんだよ。すぐに来るからね」
と言っておやすみの儀式をして二階へ行った。
おやすみの儀式というのは、おでこ同士をくっつけて、
「ジュビちゃん今日もありがとう」と念波を送り鼻同士をくっつけて挨拶し、頭をなでなでしながら
「おやすみね。また明日ね」と言うのだった。
おでこには第三の目があるとも言われるように魂の出入りがされる場所とも聞いた。
ならば、私の魂の叫び「ジュビ子かわいい!ジュビ子大好き!」はおでこをくっつけた方がダイレクトに届くのではないだろうか?
そしてジュビ子の気持ちも、おでこから流れてくる念波で、感じることが出来るのではないだろうか?
という中二病の私が考え出したものである。
不安そうな顔をしている時は必ず
「何かあったらわん!って呼ぶんだよ。誰かしら起きてくるからね。ちゃんと呼ぶんだよ。起こしていいんだからね。」と言う事も忘れずに。
そう話してからは、夜中にオシッコがしたくて外に出して欲しい時や、猫の鳴き声が聞こえて外に行きたい時など、わん!と吠えて伝えるようになった。
最初は聞こえないほど遠慮がちに小さなワンだった。
咳のような小さなワンに気づけるのは近くの部屋で寝ている父親だった。
父親が起きてきて、雨戸をあける音で私が気づいて降りてくるとジュビ子は既に外に出ている。
ジュビ子が戻ってきたら
「ジュビ子、もっと大きな声で呼んでいいんだよ。遠慮しなくていいんだよ」と伝えた。
それから暫く小さなワンが続いていたけれど、ハッキリと二階に聞こえるような大きなワンと吠えるようになった。
ジュビ子はやはり言葉をしっかり聞いて理解しているのだった。
なんてお利口なの!
もちろん私の親バカは加速した。
その日はワンは聞こえなかったものの、
夜中に気になって様子を見に来たら、ジュビ子の部屋に入らず私のクッションを枕にして寝ていた。
私の匂いが必要だったんだ。
ぐっすり寝ているのに抱きしめて起こしたい衝動にかられた。
我慢するのが大変だった。
1人じゃ心細い夜だったんだね。
まだ痛みがあるんだね。
ごめんね。今日も一緒に隣で眠れば良かったよ。
1人で頑張らせてごめんね。
大きなワンを我慢させてごめんね。
術後は問題なくスムーズに抜糸まで迎えた。