三章 企業と公共
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一章:企業と倫理
二章:私事と公共
三章:企業と公共
四章:道徳と良心
五章:浪漫と算盤
前回は、公共について議論を整理しました。ポイントとしては、「公共」はいわゆる行政の公共サービスだけのことを指すのではなく、広く解放された、共通の利益やその議論の場も「公共」と定義される、ということでした。今回はさらにそこから、企業と「公共」の関係について、主に米国の変化を参考にしながら考えていきたいと思います。
企業倫理の民主化
企業と「公共」の関係について考えるために、一章で述べた「企業倫理の民主化」という軸で、どのような経緯で「私的領域」の活動を担うアクターである企業が、社会の倫理的な要請に応えていくようになってきたのかを少し辿りたいと思います。経済活動のアクターは従来、「私的領域」の「家」を中心に行われていたといえます。もちろん、商業的な組合組織や、ある程度のまとまりをもった職人集団といった組織もありますが、そこでのつながりはあくまでも限られた範囲の人々だったはずです。少なくとも、今の大企業のように、同じ企業に所属していても誰かわからない人がたくさんいる、という状況ではなかったでしょう。それゆえに、そういった組織が与える社会的影響も、現在とは比較にならなかったといえます。では、どこから現在のような企業の原型が出現し、影響力を増していくのでしょうか。
株式会社の出現により影響力が肥大
企業が社会に与える影響を考える際に、1602年のオランダ東インド会社(VOC)設立は外せないでしょう。VOCのような、いわゆる株式会社が出現することによって、企業の社会的な影響力が増加していくことになります。例えばVOCは、株式発行により潤沢に資金を集め、世界中の植民地運営まで行うようになっていたわけです。そして、会社といっても商業活動のみでなく、条約の締結権・軍隊の交戦権・植民地経営権など喜望峰以東における諸種の特権を与えられた勅許会社であり「私的領域」の活動を担うアクターとはいいきれない組織になっていきます。VOCの出現は、企業を従来の形態から大きく変える契機になったといえるのではないでしょうか。
「所有と支配の分離」により株式会社が自己利益の極大化から距離をおいた
次のポイントとして、少し時代は飛んで、1920年代の米国に目を向けてみたいと思います。この時代、米国において近代企業が巨大化し、その社会的影響力が大きくなり株式会社の「所有と支配の分離」が起きました。原因は、第一次世界大戦の物資の輸出によって発展した重工業への投資、戦争帰還兵による消費の拡大などによって、企業の規模拡大と高度技術追求のための必要資本が増大したことにあります。それによって、これまでとは比べ物にならないほど、株式が多数化および分散化しました。その結果、株主の企業支配からの後退と、専門経営者による企業支配の台頭、すなわち「所有と支配の分離」をもたらしました。株主の企業支配からの後退とは、株主は従業員、消費者などと並ぶステークホルダーの一員となったことを意味します。その結果、経営者は株主を含む広くステークホルダーの意思を尊重する必要性が高まっていったと言われています。
「社会的な問題への関心・関与を増大させる装置(テレビ)」の普及
そして、米国において1950年代以降急速に進んだ大量生産・大量消費によって、経済の発展に伴い生活水準が向上すると、人々は物質的な豊かさに加えて精神的な豊かさを求めるようになりました。同時に、教育水準の高まり、テレビの普及による新たなマス・メディアの発達は、人々の社会的な問題への関心・関与を増大させることになりました。黒人差別の撤廃を目指した公民権運動、女性の地位向上、マイノリティの権利獲得、障がい者の権利獲得などの社会運動や消費者運動が大いに盛り上がりを見せた時代です。この中には、ベトナム戦争で使用された枯葉剤とナパーム弾製造中止を求めて、その製造元であるダウ・ケミカル社に対して株主提案を行うといった、株主として投資行動を通じて企業行動を改めさせようとするものもありました。この時代は、消費者と市民の特性が重なり合った時代であり、現在への流れを形作った時代だといえるでしょう。
現在、企業の影響力は、より短期間に、より大きく
では、現在はどのような時代でしょうか。現在は、1つの企業が多くの人を雇い、国境を超えて経済活動を行う社会となっています。例えばGoogleは、2019年3月時点でフルタイム社員が10万2千人、臨時雇用や契約社員は12万人1000人いるそうです。あわせると東京都港区の人口並みに人を雇っているということになります。また、サービス利用としても、検索エンジンだけでなく、ブラウザにメール、マップ、翻訳、Driveなど、多くの人にとってなくてはならないツールになっているといえます。Googleは、1つの企業が世界中の人々に影響を与えているわかりやすい例だといえるでしょう。
また、企業の影響力が増したことと同時に、その成長が速くなったことも、現代社会の特徴の一つではないでしょうか。先ほどのGoogleを例に出せば、Googleの設立は1998年と約20年前です。同様に巨大企業に成長しているFacebookは2004年、Uberは2009年設立です。設立から10年、20年で世界中で社員を雇用し、サービスを提供する企業が出現しています。金融やITの技術発展によって、今後もこの傾向は加速していくと考えています。
現在、「所有と支配の分離」と「社会的な問題への関心・関与を増大させる装置」はより発展している
そして前述した、米国で起こった「所有と支配の分離」と「社会的な問題への関心・関与を増大させる装置」の2点は、現在においてより強力な形で実現しています。
「所有と支配の分離」が強化されている理由の一つは、VC市場の発展です。2019年のVC・CVCによる国内投資金額は2162億円で、2018年から58.9%上昇しました。もう一つの理由はスタートアップの起業コストの低下です。製造業が中心の時代は、どのような規模にせよ、初期の設備投資が必要でした。それが近年では、誰もが持っているノートパソコンやスマホがあれば、何かしらサービスを提供できるチャンスがでてきています。加えて、日本では2006年からスタートしたいわゆる新会社法によって、必要最低限の資本金も1円からとなりました。これにより、大企業になる前から、所有権を切り出すことを前提とした起業がより普及しています。
続いて、「社会的な問題への関心・関与を増大させる装置」の発展です。これはつまるところ、SNSの普及によって情報発信・受取の双方が非常にしやすい環境になったということです。自分たちのオウンドメディアやSNSによる発信が行いやすくなりました。そして、ここで注目したいことは、企業側が社会からのメッセージを受け取りやすくなったということです。そのメッセージはインターネット上で行われることで、多くの人に可視化されることになります。現在は「炎上」という形で強調されがちですが、ポジティヴな面に目を向ければ、人々の社会的な問題への関心が増加すると同時に、影響力が強化されたことで、企業と社会の双方向のコミュニケーションが可能になったといえるのではないでしょうか。
このように時代を経て、企業倫理は徐々に民主化されてきたと考えられます。
わたしが望んだ形で会社経営ができる恵まれた時代
企業倫理がより民主化された現代において、企業もより公的領域を担うことができる環境になったといえるのではないでしょうか。もちろん、企業が営利活動を放棄するということではありません。ただ企業も、より多くの人の利益について積極的に考え、発信し、行動していくことが重要な環境になったといえると思います。なにより、このような環境下では、スタートアップ側から積極的に社会に情報を発信し、応援してもらえるサービスや価値観を提供する。そして社会の側からさらに積極的に応援してもらう、このサイクルこそが、会社経営にとって重要になってくると考えています。一章でも述べたように、少なくとも私はこのような環境下では、公的領域について企業も考えていくことが、経営そのものを持続可能にしていく条件の1つだと考えています。
「社会に貢献できるビジネスをしたい」という望みが、奇跡的に実践しやすい時代に生まれたことは、とても恵まれていると感じています。
次回は、ファンファーレがどのような態度で社会と向き合うかを整理したいと思います。
参考文献
加賀田和弘(2006)「企業の社会的責任(CSR) :その歴史的展開と今日的課題」関学総政研論, Vol.7, pp.43-65.
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