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落語台本『あのときのツマです』

今年も『新作落語台本・脚本大賞』の発表がありました。

昨年は二次審査まで進んでいたことや、
今年書いた作品が自分なりに、
「まぁ、ええんちゃう?(だいぶいい)」
と思っていたことから、それはそれはニヤニヤしながら果報を待っていたのですが……

サクラチル。


まぁ秋やし?
そもそも桜咲いてへんし?
散る桜もあらへんし?

……と、やさぐれささくれ凹みモードに突入したところでなぁんも変わらんので、気持ちの切り替えのためにもnoteにて供養します。チーン。

『あのときのツマです』


男「私はあのとき助けて頂いた鶴でございます。姿を見られたなら、私はここを去らねばなりません……あれ、寝ちゃったの? ここからがいいとこなのに。なぁ、まだ寝るなよ。おーい」
息子「もー、お父さんうるさい。寝かせてよ」
男「だってお前がいいとこで寝るんだもん。そりゃ起こすだろ」
息子「起こされてまで聴きたくないっ」
男「ええ? 最後どうなるか知りたくなんない?」
息子「なんない。もし気になったらネットで調べるし」
男「ネットぉ?」
息子「【鶴の恩返し オチ】でググれば出てくるでしょ」
男「そんな身も蓋もない……」
息子「話が分かれば同じじゃん」
男「そういうのよくないと思うなぁ。やっぱり昔話はちゃんと口伝えで聞いたほうが――寝ちゃったよ。あーあ、せっかく夢グループで日本昔話全集買ったのに……しょうがない、メルカリで売るか」
チャイム「ピンポーン」
男「何だよこんな時間に。はーい」
ツマ「夜分遅くに申し訳ありません」
男「わ、すごい美人……じゃなくて、どちら様でしょうか」
ツマ「ご無沙汰しております。ツマです」
男「へっ? 今、なんて?」
ツマ「ツマです」
男「……聞き間違いかな。妻、って聞こえた気がするんだけど」
ツマ「合ってます。ツマです」
男「妻って誰の?」
ツマ「もちろん、あなたの」
男「いやいやいや! 何言ってるんですか? あなたは僕の妻じゃありませんよ」
ツマ「信じられないのも無理ありません。すっかり見た目が変わってしまいましたから」
男「まさか……元カノ?」
ツマ「違います。ツマです」
男「だから妻じゃないですって」
ツマ「立ち話も何ですし、中でお話ししましょうか」
男「それ、こっちが言うことだと思うんですけど」
ツマ「そうですか? ではどうぞ」
男「いや言いませんよ? それに、見ず知らずの人を中に入れるのは」
ツマ「大丈夫、私はあなたのことをよく知ってますから」
男「なんか怖……やっぱり元カノ?」
ツマ「ツマです」
男「噛み合わないなぁ」
ツマ「いえ、よく噛んでくれました」
男「噛んだ? 何を?」
ツマ「私を」
男「あ、あなたを? 僕が?」
ツマ「はい」
男「そ、それってコンプライアンス的に大丈夫なやつですか?」
ツマ「では、今ここで確かめて――」
男「わー! ダメダメ、こんなトコご近所さんに見られたらどうすんの! と、とにかく中入って!」
ツマ「ありがとうございます」
男「カミさんが夜勤の日でよかったよ。鉢合わせでもしてたら殺されてるよ? 主に俺が。でも、この状況がバレてもヤバいよな……」
ツマ「座ってもよろしいですか」
男「全く、こっちの気も知らないで……はい、どーぞ」
ツマ「ありがとうございます」
男「それで、今日は何の御用で? 昔のことを訴えに来たんですか?」
ツマ「ペペロンチーノ」
男「はい?」
ツマ「大根餅、にんにくチーズ焼き、炊き込みご飯」
男「ちょちょちょ、今度は何?」
ツマ「何って、あなたが作った料理じゃないですか」
男「俺が? ペペロンチーノに大根餅、にんにくチーズ焼き……ホントだ、最近作った晩飯じゃん。な、なんで知ってんの?」
ツマ「材料は何を使われました?」
男「材料? そんなの、カミさんがSDGsに変なハマり方したせいで、捨てるはずだった刺身のツマをどうにかしろって言われただけ――ん? ツマ?」
ツマ「はい!」 
男「も、もしかして、あのときの?」
ツマ「ツマです!」
男「いやいや、そんなはずないよ」
ツマ「あ、大根のツマです」
男「そこは問題じゃないんだよ」
ツマ「ひどい、私の大事なアイデンティティなのに」
男「じゃなくて、俺が言いたいのはこんな昔話みたいなことは有り得ないってことだよ。これじゃまるで鶴の恩返しじゃないか」
ツマ「いえ、ツマの恩返しです」
男「うまいこと言わなくていいよ」
ツマ「いいえ、本当のことです。私、恩返しに来たんです」
男「ええっ? なんでまた」
ツマ「だってあなたは、本来なら捨てられる運命だった私を救ってくれたんですもの」
男「救ったなんて、そんな大げさな」
ツマ「だって、私の家族なんて刺身から出た水気を吸うだけ吸わされて、無残に捨てられたんですよ?」
男「そんな悪意のある言い方しなくても」
ツマ「失意のどん底にいた私をあなたは普通に食べるだけでは飽き足らず、新たな料理として生まれ変わらせてくれました」
男「飽き足らずっていうか、そのまんまじゃすぐ飽きるから味変のつもりで色々作っただけなんだけど」
ツマ「坊ちゃん、それに奥様も喜んで食べてくださって」
男「まぁ、カミさんは特に喜んでたな。これぞSDGsだわーなんて訳分かんないこと言ってさ」
ツマ「皆さんが美味しい美味しいと喜んで食べてくださったことは、私の人生最高の思い出です」
男「なんだろう、ここまで感激されちゃうと悪い気しないなぁ」
ツマ「つきましては、恩人であるあなたに恩返しをさせて頂きたく」
男「ええ? そんな大したことしてないけど」
ツマ「いえいえ、大恩人ですから」
男「そこまで言われちゃ……じゃあ、恩返ししてもらっちゃおうかな」
ツマ「では、あちらのお部屋をお借り出来ますか?」
男「へ?」
ツマ「ありがとうございます。私がいいと言うまで絶対にドアを開けないでくださいね」
男「あ、なんか恩返しっぽい! やっぱこのくだりってマストなんだね」
ツマ「ショリショリショリ……」
男「あ、何か音が聞こえてきたぞ」
ツマ「ショリショリショリ……」
男「……そういや、鶴の恩返しだと自分の羽根を抜いて着物を織るんだよな」
ツマ「サクッ、サクッ、サクッ」
男「ってことは、ツマの恩返しって……自分の身を削ってツマ作ろうとしてる!? ちょっと、それはマズイって!」
ツマ「食べる前から不味いだなんて、サクッ」
男「そういう意味じゃないから! ねぇ、もう開けるよ!?」
ツマ「ダメです、サクッ」
男「そのサクッやめて、怖いから!」
ツマ「姿を見られたなら、私はここから立ち去らねばなりません」
男「いい、立ち去ってくれていい! もう開けるぞ。いち、にの、さん――」
息子「ちょっとお父さん、お父さんってば!」
男「……あれ? ツマは?」
息子「何言ってんの? お母さんは仕事でしょ」
男「いや、そっちじゃなくて」
息子「まったく、僕より先に寝ないでよね」
男「え、お父さん寝てた?」
息子「爆睡だよ」
男「それじゃ、あれは夢か?」
息子「知らないよそんなの」
男「そっか……ツマの恩返しなんてバカげた話、あるわけないか」
息子「鶴の恩返し?」
男「いや、ツマの恩返し」
息子「何それ」
男「大根のさ、ツマってあるだろ? あれが人間の姿になって恩返しに来たんだよ」
息子「お父さん、疲れてるんだね。可哀想に……」
男「おいおい、そんな哀れむような目で見るんじゃないよ」
息子「ごめんごめん。それで、どんな恩返ししてもらったの?」
男「それが……いいとこで起きちゃったもんで、分からないんだよな」
息子「なぁんだ。じゃあ【ツマの恩返し オチ】でググッてみれば?」
男「ええ?」
息子「大抵のことはググれば出てくるからね」
男「バカ言うんじゃないよ。そんなので出てくるわけないだろ」
息子「あ、言ったね? じゃあもしググッて出てきたらどうする?」
男「そんときゃお前の股の下クグッてやるよ」

<完>


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