頭脳の記憶
26インチの自転車には自動変速機がついていました。上京するまでそれは私の相棒でした。嬉しくて、遠くの店から家まで乗って帰りました
1速、2速、3速......
速度が上がると勝手にギヤが切り替わるのが楽しくて、ときどき動作を間違えるのが愛おしくて
チック症と心因性頻尿を患った頃から、私はピアノ室の防音ガラスを殴るようになりました。いけないスピードに溺れはじめました。そうしている時、すべてを忘れられる気がしました
ある夏の夜、人もまばらな夜の大通り。万博で一掃されたはずの段ボールハウスすれすれを、いつものようにかっ飛んでいました
どうやらガードレールにぶつかってしまったようで、気が付くと私はアスファルトの上にいました。都会の匂いをまとった老人が心配そうに顔をのぞき込んでいました
1速、2速、3速......
壊れるのは私だけでよかったのに、相棒は頭脳を失いました
それから相棒はもっとスピードを出せるようになりました
「おれみたいに壊れてみせろよ、相棒」