寄辺

そしたらベンジー、鼓膜をグレッチで破って

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そしたらベンジー、鼓膜をグレッチで破って

最近の記事

私たちに喪服は似合わない

サングラスをかけて歩いとるよ。いつかのあんたみたいに。 私はおばあちゃん子だった。両親が共働きで、家にいることの多い祖母によく預けられていた。 物心ついた頃から、私は絵を描いたり、歌をうたうのが好きだった。弟とぬいぐるみで即興演劇をするのも好きだった。その延長で文章も書き始めた。最初の観客や読み手は祖母だった。祖母はそうしたものの痕跡を大切に取っておいてくれた。鏡台には今でも私の下手くそな絵が飾ってある。 箏・三絃の師範で、もとは画家になりたかった人だった。服やアクセサリ

    • 彷徨する花

      肩に降りてきた桜の花を届けたいと思いました。 はっきりとわかるのに、何も知らない場所に。 花を持った私は夜を泳ぎました。 たまにプカプカと浮いてみたりして。 まだ遠い気がするけれど、 なるべくはやく着くといい。 そのときはきっと、とても嬉しくて、 とても寂しいに違いないだろうから。

      • 眉毛

        ええ分かっています 虚飾は弱い自分の裏返しだと 泣き言を浮かべている自分が嫌い それを受け入れられないときっと駄目 前半分は多分実現していないけれど 美しく生きて散りたいから 人がいなくなるのを待った休日の渓谷 まだ自分が可愛いらしい 夜、風呂場の鏡の前で 手を滑らせて眉毛が半分消えた 一瞬のこと、音もなく さっきまであった眉毛が消えた やり残した仕事も多い 百均でアイブロウを 眉毛だって足せるんだ まだまだおやりなさいよ、私

        • 彼岸から彼岸へ

          免許証の写真を変えた あいつを撮ったのは春の彼岸だった 季節は巡り秋の彼岸がやってきて、 紅い花の咲いた野、蟋蟀の音の中を歩いて 言葉にすると嘘が本当になるように、 写真に撮ると情が永遠になるようで 免許証の写真を変えた こいつの顔は、好きになれそうな気がする

          小旅行

          昔プレゼントされたメモスタンドを 家の中で旅行させてみた 振動子がついていて ゼンマイ仕掛けで震えて動く なぜメモスタンドが振動するのか それは今の私にも分からない 書いたものは読めないし、 気付いたら紙は消えている 震えながら何処と知れない方向へ そっちへ行くと三和土に落ちるよ

          小旅行

          無窮動

          2016年4月から2年近くバッハカンタータクラブに所属していました。タルコフスキーの『惑星ソラリス』が好きでバッハも大好きでした。受験で上京した時は滞在を長引かせて、来日したゲヴァントハウスのマタイ受難曲をサントリーホールに聴きに行きました 配属されたのは合唱のテノールパートでした。同郷の先輩に声質を褒められて嬉しかったのを覚えています。当時の演奏委員長はチェーンスモーカーなのに高声がとても綺麗でした 自分で企画した演奏会が大失敗したのを機に、私は映画に傾倒していきました

          無窮動

          ばるぼらになりたい

          繁華街の場末、 暗い寝室で本を読んで育った やがて小遣いをブックオフに使うようになった ばるぼらに出会ったのはその時だった 都会が何千万という人間をのみ込んで消化し、 たれ流した排泄物のような女 飲んだくれで グータラで うすぎたなくて 厚かましくて 無責任で 気まぐれで おせっかいで 狂気じみていて......

          ばるぼらになりたい

          古寺炎上

          15年ほど前だったと思う。遠戚の菩提寺が燃やされた 古い木造の伽藍はよく燃えた 火をつけたのは近所に住む引きこもりの男で、 その朝、ライターと新聞紙を持って家を飛び出したらしい 伽藍に残った水分の爆ぜる音がいつまでも聴こえてきた 自坊に帰ってからもその音は頭に残っていた しばらくしてその遠戚は亡くなった 清潔な焼き場では音もなく、その人は骨だけになった 濾過された薄い煙が空へと昇っていった

          古寺炎上

          シンクの虹

          ジョン・キーツは、虹の詩情を破壊したとニュートンを罵りました。原理を解明するのは詩への冒涜だというわけです 三角コーナーから虹がのびていました。何を捨てたのか忘れてしまいましたが、虹みたいに綺麗なものではないと思います 私はなんとなく理由を知ってしまっているから、きっとキーツにはなれません。もちろんニュートンにもなれません 誰かが議論する横で虹の声を聞いて、いつか流れ去るときがきたら見届けて、ときどき思い出すような存在でありたいと思います

          シンクの虹

          頭脳の記憶

          26インチの自転車には自動変速機がついていました。上京するまでそれは私の相棒でした。嬉しくて、遠くの店から家まで乗って帰りました 1速、2速、3速...... 速度が上がると勝手にギヤが切り替わるのが楽しくて、ときどき動作を間違えるのが愛おしくて チック症と心因性頻尿を患った頃から、私はピアノ室の防音ガラスを殴るようになりました。いけないスピードに溺れはじめました。そうしている時、すべてを忘れられる気がしました ある夏の夜、人もまばらな夜の大通り。万博で一掃されたはず

          頭脳の記憶

          海へ

          今日は海へ向かいました 道は知りません 太陽の傾きだけを頼りにしていたら、 海ではないけれど好きな場所に辿り着きました それから大きい道に出たりして、 やっと海を見ることができました 一日は終わりに近づいていて 夕暮れ空があまりにも美しかったです 帰り道も知りません 太陽は沈みました 標識を見たら家から逆方向にいるようです お腹が空いていたのでレストランに入りました 明日は家に向かいます

          カステラ

          私の部屋では壁が余っている 飾り付けしたこともあるけど結局白い壁 多分この状態が好きなんだと思う カステラなんかも端っこが好きだしさ だからこれはカステラの美味しいところ たまには映画でも映したいな デレク・ジャーマンの『ブルー』なんていいかもね

          カステラ

          交信

          金曜日だし山に星でも見に行こうと思ったけど、 気付いたときには風呂に浸かって発泡酒を開けていた 今週はどうだった? 祝日があって曜日の感覚が変だったね まだ木曜日って感じ? そうそう どうして淡麗グリーンラベルなの? 理由なんてないね。缶の色は好きだけど 銭湯はどうだった? いつも通りかな 誰と話してるの? 誰と話してんだっけ

          夢支度

          この時期はうまく眠れない 前の夏はそれで身体をこわしてしまった 不足の蓄積、それって蓄積じゃないよなきっと すり減った部分をそのままにすることすら許されなくて、 何か別のものが勝手に無理をしている気がする 昨夜は枝に留まる鳥の夢を見た 占いだとどういう意味なんだろう シャワー浴びて、 アイロンかけて、 読みかけの小説読んで、 明日が来る前に布団に入れ。私よ

          夢支度

          世界音痴

          紀伊國屋書店がいけ好かない フリーター時代のテナントが新宿紀伊國屋で、 有名書店だからか殿様気質が鼻についた 人間だったらちょっと身構えてしまう性格の奴 多分そこで買ったんじゃないかな 休憩中の暇潰しにはちょうどよかったから 穂村弘の『世界音痴』 世の中に対して疎外感を感じてる歌人のエッセイ集 文体の自虐といい、鋭さといい、 私と同じ土地で思春期を過ごしていることといい、 なんだか心の表面を心地よくやすりがけする本で 時々手に取ってしまう それが紀伊國屋のカバーに包まっ

          世界音痴

          トマト缶礼讃

          今日は財布を忘れてしまった 帰りに色々買おうと思っていたのに 帰りは遅くなってしまったし、 あまりに空腹でコンビニに行くことすら面倒で 暗い戸棚に入っていたものは、 トマトの缶詰、渋い味のワイン なりゆきの材料、なりゆきの調理、なりゆきの食卓 トマト缶そのままの奥深さを知った 塩とバジルとタバスコに乾杯

          トマト缶礼讃